【完結】最後の勇者と元魔王さまはこの世界を知り得るか

鯖猫ちかこ

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 ◇◇◇

 聖女さまが船の手配をするからと言ってくれている間、残り少し、王都の観光なんかを楽しんだ。
 映画のような綺麗な街並み、流行のドレスとやらを来た女性たち、聖女さまの流行らせたというお菓子や食事、ここでしか見られないという綺麗な景色。
 聖女さまに呼ばれてお茶をしたり、王様に頼まれて王子に剣術を教えたり、話し相手になったり。

 宿に戻ればノエと卵の世話。
 ノエはまだ相変わらずで、魔力をあげる時と、街に出た時に手を繋ぐくらいの距離感を保っている。
 夜はたまにすんすん泣いている。が、俺のベッドに潜り込んでくることはなくなった。
 そんな日の罪悪感ときたらもう。
 でもこれはノエの為でもある、心を鬼にしろと耐えた。
 それにしてもそんなに泣く?一緒に寝ないくらいで?それこそ幼児じゃないか。
 そうは思っても藪蛇なので声を掛けることは出来なかった。


 そしてさあ明日出発だ、という夜。
 漸く卵が動いた。

「う、う、生まれる……!」

 慌てて丸まって寝ているノエを叩き起し、側に置いた。
 よく聞くじゃん、初めて目にしたものを親だと思う、なんていうの。刷り込み。
 ドラゴンがそうなるかなんてしらないけど、でももし俺を見て親だなんて思ってしまったらきっとノエは荒れるだろう。
 だからノエに懐いて下さい、俺のことは気にしないでいいから。

 卵が内側から突っつかれるように少しずつ小さい破片が落ちていくのを、ふたりして固唾を飲んで見守っていた。
 手のひらサイズの卵から生まれるドラゴン。小さいだろうことはもう十分わかっている。
 どういう見た目なんだろう、小さな恐竜みたいなものか、蜥蜴みたいなものか、鳥みたいなものか。つるつるしてるのかごつごつしてるのかもふもふしてるのか。

 か細い、きぃ、だか、ちぃ、だか鳴き声がして、隣でノエががんばれがんばれと熱視線を送っている。何その握り締めた拳、応援の仕方すらかわいい。
 驚かせないようにだろうか、声には出さず、ただひたすら無言の応援。
 途中で動きが止まって、あわあわしながら、死んだ?生きてる?魔力、魔力あげたら大丈夫かな、シャル出来る!?と卵と俺を交互に見ながら小声で助けを求めてくる。
 魔力の流れからして、死んではないと思う。
 こういう時って人間が手伝ってあげてもいいものだっけ、卵が孵る瞬間どころか、生き物が生まれる瞬間すら体験したことないからわからない、勝手なことするのもこわい。

「疲れて休憩してるのかも、もうちょっと見ててあげよ」
「うん……」

 まさに手に汗握る状態。俺達は何も出来ないけれど。
 どれくらいそうしていたかわからない、ぱき、と小さい音と同時に、ぴちち、と鳥のような鳴き声と共に小さな頭が覗いた。

「……!」

 生まれた、と声を上げたかったのだろう、慌てて口元を抑えてノエが興奮した様子を見せる。
 鳥みたいだな、と思いながら、俺だって興奮はしている。
 こんなに小さいのに頑張ったなあ。結構掛かったなあ。
 殻を避けて、そっとタオルの上に置いて、それをノエの膝の上に置いてやる。

 きゅうきゅう鳴く小さな躰に、壊れもののように恐る恐ると指を伸ばす。鳥とは違う、嘴ではなく、恐竜や蜥蜴のようなこれまた小さな口が開いて、そのノエの指をぱくっと咥えた。
 歯があるのかどうかは俺からは見えない、でも流石に痛いものではないだろう、ノエの反応からもきっと。感動で震えてる様子。

「生まれたねえ」
「うん……」
「かわい……かわ、か、かわいいか?まだ禿げてるもんな」
「かわいいだろ!」
「あ、はいかわいいです」

 ノエに怒られて訂正をする。
 生まれたばかりはまあこんなものだろう。
 暫くしたらかわいいかもしれない。

「ふふ、宜しくねえ」

 嬉しそうに瞳を細めるノエが小さな小さな頭に頬を寄せる。
 その様子を見て、ドラゴンが生まれる前に変な勘違いを解いておいて良かったなと思う。
 卵が孵るまでの約束。卵が孵るまでしか一緒にいないよという不安を抱えたままだったら、ノエはこんな風には笑ってくれなかったかもしれない。


 ◇◇◇

 ひっどいかお、寝れなかったの?そんなに海が楽しみだった?
 迎えに来た聖女さまは遠慮なしに眉を潜めた。
 そんな遠足を楽しみにしてる小学生じゃあるまいし、そんな理由で寝不足になってる訳じゃない。
 生まれたてのドラゴンが夜中にずうっと鳴いていたものだからなかなか寝つけなかったのだ。
 何の生き物でも赤ちゃんってのは元気で扱いが難しいもんなんだな。

 寝不足でノエも若干テンションがおかしい、いや寝不足のせいだけじゃないかもしれないけれど、聖女さまにずいずいとドラゴンを寄せ、生まれた!かわいいだろ!と報告をしていた。
 仲良くなれたのか、誰でもいいから自慢をしたかったのか。

 うわあ、かわいい、本当に小さなドラゴンなんだ、と聖女さまも破顔した。
 ほんのり毛の生えた、鳥に近いようなドラゴンだった。これくらいなら街中でも目立たない……いや目立つか。
 羽というか翼はあるが、まだ飛ぶことは出来ないようで、肩に乗ったり、卵を入れていた鞄にすっぽりと入ったりするのがかわいい。お陰でまだこの小さな鞄を捨てることが出来ない。

「北の方に行く前に孵ってよかったね」
「ああ、寒いとこだと冬眠とかしちゃうかな」
「どうだろ、しそうだよね」

 そんな会話をしながら、これ差し入れね、と馬鹿みたいな量のお菓子を渡される。明らかにノエ用、餌付け用だ。
 それから、と耳打ちをされて、またこっちに来たらわたしに会いに来てね、と少しだけさみしそうなかおで、でもにっこりと穏やかな笑みを見せて、聖女さまは小指を出した。
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