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よんじゅうに

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 こんなに世界にびっくりしたことはなかったかもしれない。
 シャルルと会って、街どころか森も川も、実際に足を踏み入れたのは初めてでびっくりはした。
 映像でしかみたことなかったから。
 でも海とやらはどうだ、想像していたものの何十倍も大きくてびっくりした。これは大きい、でいいのかわからないけれど。
 見渡す限り水でいっぱいの、それしか見えないような。
 びっくりしかずっとしてなくて、見るもの全てに驚くおれにシャルルは何度も笑っていた。

 大きな大きな水溜まりのような海に、魔法のように浮く大きな船。何でこんな重い鉄の塊、沈まないんだろう。
 ただでさえ大きな船にたくさんの荷物とたくさんのニンゲン。不思議なことがたくさんだった。

 思わずすごいねと漏らしてしまったおれに、シャルルは今度入ってみようか、と言う。
 入る!?死ぬ気か!?溺れて死ぬぞ、勇者はともかく、おれは死ぬ。

 驚いて驚いて、まだ驚かすことがあるのかと思ってる間に船は出発して、向こうで手を振る聖女にシャルルも手を振り、おれにも促すものだから仕方なく少しだけ、手を振った。
 シャルルと仲良くしている聖女にはどうにもいい気分はしない。
 でも甘い物をたくさんくれた。あれは美味かった。聖女が考えたり作ったのもあるらしい。すごい。
 いやでも!それはそれ。シャルルと引き剥がせてほんの少し、安心している。

 シャルルの中で、聖女は間違いなく特別だった。
 ふたりでこそこそと話をしてるのもわかってた。
 本当はすごく、邪魔したかったけれど、またシャルルに怒られるかもしれないから止めた。
 離れないよと言ってくれたけど、それが本当でも、聖女も一緒に来たらどうしようって思ってた。
 たまに会う特別な聖女が、いつもいる聖女になってしまったら、シャルルはおれより聖女の近くにいるようになるんじゃないかって。
 おれは一緒に寝るのもくっつくのもだめなのに、聖女ならいいんじゃないかって。手を掴むことすら、最近はちょっと、いやそう。もしかしたら前からいやだったのかもしれないけど。
 そうしたらいつかおれより聖女とばかり一緒にいるんじゃないかって。
 だから来なくて良かった。シャルルの傍にいれるのが、おれで良かった。

 暫く風景を見ながら、シャルルにあれは何、あそこは、あれは魚?と訊いていると、風が強くなってきたから一旦中に入らない?と提案される。
 風が少し強いくらい別に、と思ったのだけれど、鞄を指さされて頷いた。そうか、生まれたばかりのこの子には寒いかもしれない。

「客室綺麗、結構広いもんだね、凄い、ベッドもあるし、時間掛かるなら確かに列車じゃなくて船で良かったかも」

 宿のものよりは少し小さなベッドがふたつ、それとテーブルと椅子、それくらいの簡単な部屋だった。
 列車というのもまだ乗ったことがない、またその内乗ることになるよとシャルルは言っていた。
 よくわからないけれど、長旅には向かないということか。

「ドラゴン大丈夫?」
「あ」

 鞄を覗くと、丸くなって寝ているようだ。
 シャルルは冬眠じゃないよね、と少し心配していたが、少し風が冷たいくらいでは冬眠なんかしないだろう。

 昨日漸く生まれたドラゴンだ。
 一時は卵が孵るのが不安だったけれど、こうやって無事に生まれてきてくれて良かった。かわいくて仕方がない。
 名前をつけないとね、シャルルはそう言っていたけれど、良い名前なんて思い浮かばなかった。
 ニンゲンと違っておれたちは名前なんて執着なかったから。
 でもノエという名前を貰って、呼んで貰えるのが嬉しいと知ってしまった。だからちゃんと名前をつけてあげるべきだ。

「シャルが名前つけて」
「俺?」
「おれもシャルがつけてくれた」
「うーん、勝手が違うんだよなあ」

 きゅうちゃんでいいんじゃない、と言うものだから、何故かと訊くと、きゅうきゅう鳴くから、と言う。
 それはあんまりにも安直ではないか。
 そんなおれの視線に気付いたのか、投げ遣りな訳じゃないよ、と言い訳をする。

「かわいいじゃん、きゅうちゃん」
「その方法だとこの子の仲間は全部きゅうちゃんになるじゃないか」
「会わなさそうじゃん」
「でもあんまりだ」
「あんまりかなあ」
「おれの時みたいにちゃんと考えて」

 シャルルは少し驚いたようにおれを見ると、ノエは名前気に入ってくれた?と尋ねてくる。
 誤魔化す必要もないので頷くと、そっか、と笑って、じゃあ考えとくね、と言った。


 ◇◇◇

「流石王室が手配してくれた客船……食事も豪華だったなあ」
「あの難しい食べ物やだ……」
「まだ練習してなかったもんねえ、ごめんごめん、いや俺は悪くないけど」

 昼食はパンだったから良かった。でも夕食はお城で食べたような、なんだか少しずつ色んなの出てきて、食べるのが難しいやつだった。
 あれはいやだ、食べた気がしない。
 最後に甘い物も出てきたけれど、ちょこっと。全然足りなかった。
 部屋に戻ってから、これは聖女さまに貰ったやつだよ、とシャルルが甘い物を出してくれる。
 そういえば迎えに来た時にくれてたな、と手を伸ばして、そのままふわふわの、なんだろうこれ、ケーキ?でもクリームとか付いてない、甘いけれど。それを掴んで口にする。
 それから、久し振りにシャルルの作ったご飯食べたい、と言うと、絶対俺のよりお店の方が美味しいと思うけど、と驚いたように言う。

「シャルのがおいしい」
「うーん、ただの美化かコース料理がノエに合わないだけだと思うけど……あ、魔力かな、多少混じるから、その差かなあ」

 納得したように頷いて、魔力は別にあげるからいいでしょ、と言う。
 良くない、シャルルのご飯がおいしいって言ってるのに。今は魔力、の話じゃなかった、少なくともおれは。
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