【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

鯖猫ちかこ

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 ◇◇◇

「んゔ……?」 

 喉の違和感で目覚めた朝。
 ……朝。いや、多分この眩しさはもう昼だ。カーテンの隙間から漏れる程度の光でもわかってしまう。
 重い躰に唸りながら上半身を起こした。特に腰の怠さが尋常ではない。
 暖房はついてる、寒くない。
 ただそのせいでの乾きと、昨晩の……声の出し過ぎだと思う、この喉の違和感の正体は。風邪ではない。
 もう一度、ん、ん、と喉を鳴らして、それから周りを見た。
 ベッドにいるのは自分だけで、当然部屋にいるのも自分だけ。

 ……なんだよ、悠真さん、いないじゃんか、と鼻の奥がつんとした。
 なんだよ、期待させやがって。
 あんな言い方したら……起きた時、悠真さんいてくれるのかなって、思うじゃん。

 あまりの落胆に何もする気がおきなかった。期待していた分だけがっかりしてしまう。
 当然まだ発情期が昨日始まったばかりの躰はあつくて、でもまだ自分で慰めなくても多少平気なのは昨日たくさん触って貰えたからだろう。
 だってまだお腹の奥、何かが入ってるような感覚がある。
 想像するだけできゅうきゅうしてしまうようで、それに引き摺られないようにやらしいことを頭からおいやった。

 後三日か四日、こういうのが続く。
 嫌になっちゃう、こんなの。
 溜息を吐く。そんなことで涙が滲む。
 ……悠真さん、いてほしかったな。嘘吐き。何が今度から気をつける、だよ、もしかして、服、いつもより多いから、それのこと?
 でもあれおれがあげたものだし。つまりおれのものだし。おれのものもを悠真さんに貸しただけだし。だから他の番じゃなくて、おれに渡すのは当たり前だし。

 腕を伸ばして、昨晩悠真さんが畳んで置いた服を取ろうとするけれど、……だめだ、ベッドから降りなきゃ届かない。
 すぐにだってほしいけれど、ベッドから降りる元気まではなかった。
 ……本当に服だけなのかな、今日、仕事終わりに来てくれたりしないかな、電話、お願いしたら来てくれるかな。電話したら。
 ……電話。
 いっぱい聞いた筈なのに、声が聞きたい。
 悠真さんの低くて優しい声。
 ……今何時?丁度昼食の時間だったりしない?電話したら出てくれる?迷惑?仕事中に電話してくんなって感じ?
 いやそうだよね、仕事中に無意味に電話してくる番なんて色ボケ以外の何物でもないよね。
 その通りだもん、声聞きたいだけだもん、色ボケだよ。
 電話、電話、電話、悠真さんの声。
 そう思うと止まらなかった。

 スマホなら手が届くところに充電してある。
 ひったくるように掴むと、時間すらちゃんと確認することもなく、その欲望と怒りのまま電話をかけてしまった。
 コール音はそんなに鳴らなかった。
 すぐに、和音?どうしたの?と柔らかい声が耳に入って、それだけでほっと肩の力が抜けて、一言だけで怒りも消えてしまって……ついでにお腹もずくずくとしてしまった。
 余計なことをしたかもしれない、安心する為に刺激してしまう羽目になるだなんて。

「……ゆーまさん」
『うん?』
「でんわ、大丈夫?今……えっと……用事、うん、その……よ、夜、来る?」
『夜?』
「……仕事、終わってから。今日、だめ?来ない?」

 前ならそんなこと、言えなかった。
 でも今日は期待してしまっていたから、我慢出来なくて、つい。それに、昨日あんなにかわいいかわいい言ったりなんかするものだから、その、調子に乗ってしまったんだと思う。
 昨日、言えて偉いねって言ってたから。
 行為中のそんな言葉、ただの盛り上げる為のものだとわかってる筈なのにね。言われた側はまだ頭がぼおっと舞い上がっちゃってんだよ。

『仕事終わってからってか』
「……うん、」
「まだいるけど」
「ふえっ」
「……かわいい声出しちゃってまあ」
「……!?」

 寝室の扉をがちゃりと開いて入ってきたのは悠真さん。
 びっくりしてスマホを掛け布団の上に落としてしまった。間抜けな声を弄られて尚恥ずかしい。

「な、なん、なんで」
「やー……お腹空いちゃって。昼過ぎよ、もう。和音にも訊いたじゃん、何か食べる?って」
「しらない……」
「まあ寝惚けてるなって思ったけど」

 悠真さんは仕事は休んだよと言いながらベッドに腰掛けると、おれが落としたスマホの画面から通話を切って、二回目らしい、何か食べる?を訊いてきた。
 首を横に振ると、何か食べなきゃ、と更にもう一度何食べる?と重ねる。

「食べたくない……食べられない」
「食欲ない?」
「いつも……あんま、食べらんない、し」
「だからそんな痩せるんだよ、ちゃんと食いな」
「だっ、だって」

 用意していた日持ちするようなものは喉を通らないし、キッチンまで行く元気もない。
 そう返したおれに、何か作ってあげるから、と悠真さんも食い下がるけれど、やっぱり食べる気にならない。

「そうだ、プリン、プリンなら食べられない?あれなら喉、通るでしょ」

 プリン。
 そう言われると……うん、プリンならいける気がする。
 ゼリーより柔らかくて、ヨーグルトより酸味がなくて。
 頷くと、待ってて、と頭を撫でた悠真さんがまた寝室から出ていってしまった。ほんの少し、さみしい。

 またプリン作ってくれたのかな。
 前回、その出来に満足しなかったらしい悠真さんは悔しいからまた作ると言っていた。
 でもおれ、あのプリンも優しい味がして美味しいって、本当に思ったんだけど。
 ……うん、プリン食べたいな。
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