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玲司れいじ、お前のところでこの子の面倒を見てあげなさい」

 まだ少し寒さを感じる三月末、突然マンションに来た親父が、小さな鞄ひとつ持った少年を置いていった。
 おどおどとした視線と、宜しくお願いします、と消えるような声。
 そのびくびくした態度に似合わぬ小綺麗な整った幼い顔と、カラーの着けられた細い首、その見た目と雰囲気ですぐにわかる、それは間違いなく俺の嫌悪するオメガだった。


 ◇◇◇

 先日一応打診というか話はあった。
 知人の息子をお前の部屋に置いてほしいと。
 何故だ、実家に置いたらいいと返すと、お前と歳が近い子だから丁度いいだろう、という理由と、オメガだからだという適当な返答。
 なるほど、歳云々は言い訳で、単に親父のとこにオメガを何人も置いて嫉妬だ諍いだと起きないようにか、という糞みたいな理由を察する。
 俺のオメガ嫌いを知っていて、一人暮らしの学費と生活費をちらつかせ、とにかくお前の部屋に置くように、と念を押された。

 仕事として、家政婦のような料理洗濯掃除をさせるようにと。まあつまり給料は親父が出すということ。
 そんなに可愛がるなら何も俺のところじゃなくてもいいだろうに、と思う。家庭持ちの兄のところはともかく、姉のところでは駄目なんだろうか。
 仕事といっても、オメガには約三ヶ月に一度、ヒート……発情期がある、その間はどうするんだ、と訊くと、お前は鬼か、それくらい休ませてやれ、一週間くらいお前でもどうにか出来るだろうと呆れられた。ああ、そんなことまで気を遣って頂いて、オメガ様には楽な職場ですね、と嫌味ったらしく考えてしまう。
 その場で、俺は嫌だ、姉貴にでも頼んでくれ、とそう断った、筈だった。

 数日後には業者の手でベッドと机が運ばれ、簡素ながら彼の部屋が作られてしまった。
 そしてその更に数日後に親父が少年を連れてきた。冗談じゃない、オメガと同じ屋根の下暮らすなんて。

 斯くして俺のオメガ追い出し作戦は封を切って落とされたのである。


 ◇◇◇

 取り敢えずリビングに座らせ、冷えたアイスコーヒーを目の前に出す。家政婦相手に何で俺がもてなしてんだろう。
  ありがとうございます、とまた消そうな声に、もっとはっきり声を出せ、とそんなことまで苛ついてしまう。
 やっぱりオメガは嫌いだ、性格的に生理的に合わない、俺から断れないなら彼にここは嫌だと出て行ってもらうしかない。そうすりゃ親父も諦めるだろう。

 名前は確か、りん、そう親父が呼んでた。
 俯いたまま動かない凜にどうぞとグラスを指すと、おずおずと手を伸ばして、ストローに口をつける。
 舐めるくらいの量だったと思う、ほんの少し、眉がぴくりと動いて、ああこの子はコーヒーだか苦いものが苦手なんだな、と思った。まあ追い出したい俺としてはそこでミルクやシロップを出す気もなく、グラスを置いた凜に笑顔を向けてやる。

「幾つ?」
「じゅうはち……です」
「高校出たばっかか」
「はい……」
「大学は?」
「い、行けない、です」
「親何してんの、売られた?」
「え、あ、う、売られ……いや、そんな」

 流石に親父もこんな子を金で買う訳がないのを知ってる。ただの嫌がらせだ。
 早く俺のことを嫌な奴だって思って出てってくれと思いながら。

「さ、佐伯さえきのおじさん、は、おと……父とお知り合い、だったみたいで、昔は良くしてもらっていて……」
「会社でも倒産した?リストラとか借金とか?」
「……では、なくて……その、両親はもう、ぼくが小学生の時に亡くなってて」
「へえ……?」

 オメガ嫌いとはいえ、俺だって血も涙もある人間だ、少しくらいはしまった、と思った。思ったけれど、表情には出さない。
 油断をするな、コイツらに同情して、心を許すんじゃない。
 アイツらはそうやってアルファに取り入るのが上手いんだ、絆されるんじゃない。

「……それから、親戚のお家にお世話になってたんですけど……高校、卒業したから、そこを出て働かないとって……でも、仕事、なかなか……見つからなくて」
「遺産とかは?」

 ふるふると首を横に振る。
 成程、これはあれだな、そのお世話になってた親戚に金を吸われてたパターンだな……
 要領も悪そうだし、まあそんなところだろう。

「それを親父が助けてきたって訳」
「そう……です」
「夜職就けばいいじゃん、オメガ多いでしょ」
「……そう、言われた、んです、けど……」

 ぎゅう、と細い指が服の裾を掴む。オメガの割に擦れてない子なのか、演技なのか、それともまだ御伽噺のような運命の相手にでも夢を見ているのか。
 誰にそう言われたのだろうか、その親戚か、高校の関係者か。

 オメガにもそれなりに優秀な奴はいる。親父の会社にも。勿論大学にだって、成績の良い奴はいる。そうわかってはいるけれど。
 けれど目の前のか細い少年にはそういう雰囲気は一切ない。
 親戚の家でも学校でもそれなりの扱いを受け、小さく小さくなって生きてきたのかもしれない。
 俺がここで追い出したら、それこそ夜職にしか就けないだろうとは思う。綺麗な顔立ちはしている、それだけで客は暫くつくだろう。初々しい反応を好む奴だって多い。
 ちり、と胸は痛むが、同情している場合ではない。
 俺だってこんなよく知らないオメガに自分の人生を壊されるのは嫌だ。

 将来は同じアルファかベータと結婚し、なんなら独身でいいとさえ思っている。
 親父の会社は兄が継ぐのは決まっているし、俺は適当な役職か子会社でも構わないと思っている、今のところは。
 それなりに仕事や勉強も出来る方だし、アルファ一家の中でも容姿に恵まれた自覚はある。
 ただ向上心はそこまで強くなく、上を目指したい訳ではない、自由に生きたい。
 オメガに縛られるのなんかごめんだった。
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