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ライツァルト・ゼア・ヒガンテ・ジルヴィオ五歳

フェンリルとひよこ

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『······ああ、クソ』

行っちまった。

「······」

腹の近くでモゾモゾ動く金色頭がくすぐってぇ。

『······どうしろと······』

どうやらぐずっているらしい。
困るんだが。

「······わんわん?」
『······犬じゃねえっての······』

青空色の瞳が俺様を見上げる。
全く何があったんだか。

「······わんわん、わんわん······」
『······はぁ』

悲しんでいることは、わかる。
わかる、が。

『あいつ、なんも説明しないで行きやがった······』

昔から本当に変わんねぇ、自分が分かれば分かるだろとでも言うつもりか。
そんなわけが無い。

つまり俺様はなんでこのガキが泣きそうになってるのか、皆目見当もつかねぇってことだ。
誰かに引き渡したいとこだがあいつが入ってきたということは眠らされでもしてんだろう。
それをわざわざ起こすのもあとが面倒······つまりは、静観が正解。

『はぁ······』

俺様は居住まいを正して座り直した。
その拍子に胸の毛にひよこが埋まる。

······本当に、ひよことしか言えない子供だ。

「······ぐす······ん、ふぅ」
『······』

毛並みは濡らさないで欲しいんだが······。

困る。
俺様は子供が苦手だ。

『······はぁ、いい加減泣きやめ······』

仕方なく動かぬ像に徹する。
目が遠くなるぜ。

「······のね、あのね、わんわん······」
『······あ?』

ふと零れた声に反応する。

夜の暗闇の中で、金色がもそもそ動いた。

「······なんでおかあさまはおとうさまがすきなのかなぁ······」

口をつぐむ。
問いかけのような言葉が、ひよこ自身に問われたものであることはよくわかった。
が、あえて俺様自身に問いかけられていると仮定する上で言うなら······。

『そんなこと知らねぇよ······』

俺様自身、両親のことなんて少しもわかりゃしない。



◆◆◆



神狼の群れに、親子は無い。
あるのは個としての矜恃と、全としてのプライド。

番になることに親兄弟は関係ないから、そこらじゅうで新たな番が生まれた。
両親も、そのうちの一つ。

両親は、群れの中でいちばん強い雄の神狼と、いちばん美しい雌の神狼だった。
だから産まれてくる子供には大きな期待を寄せられて、それに見合う優秀な子供を何匹も産んでみせた。

一番上の長男は次女とつがって、次男は他の群れのリーダーに挑んで見事その群れの長となった。
長女は美しく強かったからどんな雄からも求愛を受けた。
他の兄弟も、あるものは番い、あるものは挑み、それぞれの道を歩んで······でも最後に産んだ俺様は、変異種の雄だった。

周りには、殺せ殺せと言われたらしい。
黒なんて不吉だと、どうせろくな子にならないと。

でも両親は育てた。
俺様を育て上げた。

分からなかった。
幼い頃も、今と同じく、両親の心境なんて全く分からなかったんだよ。
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