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◇どうしてあの人が素晴らしいなんて思ったのか

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いつからだろう。
あの人は絶対だと考えていた。

あの群青の瞳に見つめられると、どんな願いも叶えたくなった。

お嬢が大切で、でもそれよりも奥様を大切にしたい。
優先して、甘やかしたい。

それが自分の役目だって、本気で思ってた。

それが正しいのだ。
だって旦那様も、使用人たちも、お嬢ですら、同じ考えをしているんだから。
自分が変だなんて、考えたこともなかった。

でも。

倒れたお嬢より、奥様を優先する。
熱に苦しむお嬢を看病することもしない。
ひたすらに無関心を貫いて、奥様だけに目を向ける。

お嬢を傷付けて置いて倒れた奥様にだけ動揺する旦那様も。
傷付いた雇い主の娘をあんな暗闇に一人で放置する使用人も。
それらに甘えて自分の娘を忘れ去ったような顔で笑う奥様も。

その輪の中に入りたいと、一瞬でも考えた俺自身を。

気持ち悪いと、そう、思った。



よくよく見てみれば。
この国は歪で歪んで、醜い。
ひたすらに、どこまでも盲目で、狂信的で。

それが正しいことだって、そう思っていた。

だって奥様は俺を助けてくれたんだ。
だからきっと、正しいんだ。

そう、ずっと思っていた。 






夢から覚めたようだった。

「・・・どうして俺は、あんな人に尽くしてたんだ・・・?」

不思議な心地だった。
だって本当にどうでもいいと思ったのだ。
あんなにも大切に、大事に、宝物のように扱ってきた人のことなのに。

いや、そうじゃない。
本来そう扱われるべきは、大の大人のあの女じゃなくて、まだ幼かったお嬢であるべきで。
だってそうじゃないか。

あんなに小さかったのに。
泣き言ひとつ、文句一つ言わない。

使用人たちに冷たくされても、無関心な父親にも、めげることの無い強い人。

ああ、そうだ。

「大丈夫!?」

あの時聞いた、いっそ明るいほどの幼い心配の声は。

「・・・俺は、なんであの人を・・・」

あれは、女神じゃない。

ゾッとした。
あんな、女神の皮を被ったナニカを、なんで崇めていたんだろう。

なんでそばで、見つめられることが出来たんだ?

あんな、全ての意志を刈り取るような瞳で。
どうして、俺は。



酷い吐き気に、うずくまった。
頭がガンガンと痛む。
けれども不思議とモヤが晴れるような気持ちだった。
雁字搦めにされた呪縛が解けて、自由になる。

夢見心地だった。

なんであんなものを愛していたのか。
なんであんなものを信じていたのか。
なんであんなものをお嬢より優先したのか。
なんであんなものをお嬢より大切にしなくてはいけなかったんだ。

そうして、ようやく見えたお美しい聖女の姿に、俺は喉を鳴らしてわらった。
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