記憶が戻った伯爵令嬢はまだ恋を知らない(完結) レジュール・レジェンディア王国譚 承

詩海猫(8/29書籍発売)

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 リリベルを通してもたらされた報告に、レオン様の宮は俄かに騒がしくなった。
 本来なら私がレオン様に直に言うべきなんだろうけど、今は顔を合わせたくない。
 あの後一瞬扉が開いた時言い争うような兄の声も聞こえたような気がしたが、放っておいた。

 翌朝、綺麗な朝摘みの薔薇の花束が部屋に届けられたが、
「別に窓開けるだけで充分良い香りが漂ってくるのに摘んでこなくても__と考えるのは、私がおかしいのかしら?」
という反応にリリベルが絶句し医師が呼ばれた。
我ながらなんであんな反応になったのか謎だ。
今までの私なら喜んだ。

嬉しくない訳ではないし、レオン様が嫌いになった訳でもない。
なのに、なんでこんなにもやもやするのだろう。

 当然、そんな状態かつ食も進まない私の様子をレオン様も兄も見にきたがったが、
「今は会いたくない」
と私が言うとそれ以上は踏み込んで来なかった。
レオン様の宮なのに。
それから私は部屋から出ずに、追放された場合にする筈だった行動をなんとはなしに頭の中でなぞりながら過ごした。
黒太子の帰国日程も”延期”のまま動きはなかった。

が、私がひき込もって三日後、
「手綱を仮結びしてくる。セイラは王太后おばあさまを頼む」
と言うレオン様からの伝言を受け、ユリウスを伴って王太后様のお見舞いに行った、というか快癒させてきた。
レオン様からそう要請があったからだ。
本来なら、異常な病(例えば毒を盛られたとか呪いによるものとか)でない限りこんな事はしない。

お年によるものやただの風邪など自然治癒するものまで治していたらきりがないし、何より自力で回復しようとする部分がサボッてしまうのでかえって当人の体に良くない。
回復魔法とは病気や怪我を治す(治癒魔法とも呼ばれる。根源は一緒だが貴族のお抱えが回復魔法師、市井で生業とするのが治癒師、みたいな棲みわけが何となく出来ている)が不治の病の人間を治すなんて事は出来ない。

普通は。

なので私のこの能力は一部を除き秘密にされている。
私の力は普通ではないからだ。

不治の病だろうが身体の一部が欠損した人であろうが、息さえあればドラゴンブレスで全身ボロボロの兵士すら、私は元の状態に治せてしまうのだ。
もちろん攻撃魔法よりずっと体力も魔力もくうこの能力は、多用しすぎれば私が倒れる。
それ故、家族と王家(第三王妃とその王子は除く)のみにしか知らされていない。
それをわざわざ行使してくれとレオン様が言ってきたのだ。
多分何か考えがあるのだろう。
前国王が亡くなり、表向き隠棲され王城内では外れとなる離宮でお暮らしの王太后様だが、表に出ないだけでその影響力は隠然としながら保たれている。

それも当然だ、何しろあの方は__「王太后様がセイラ様の伯母君であったとは知りませんでした」
「知っている人は知ってるけれどね、別に隠してはいないし」
そう。
お父様の姉なのだ。
ただ”現王妃の姪”だけで充分インパクトがあるので上乗せする必要もないというか。

私は先程のやり取りを思い返す。

私が王太后宮に着くと、門番がちらと背後のユリウスに目をやった。
私が「彼はレオン様が私につけた護衛です」と告げると門番も宮の中の使用人も無言で丁寧に頭を下げ通された。
扉の中に入ると、
「久しぶりねセイラ。来てくれて嬉しいわ」
とベッドの中から柔らかい老婦人の声がかかった。
「学園入学直後から落ち着かなく過ごしておりましたので、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。お久しぶりです、マリエル伯母様」
マリエル王太后は父の姉で、若くして王家に嫁ぎ今の国王を産んだ前代の第一王妃。
年はひと回り離れているが実の姉弟で、正確には国王も私たち兄妹には伯父であると同時に従兄弟にあたる訳だが、末子のお父様は幼い頃ローズ家の跡取りとして養子に出されているため、実家の家名は王太后と一致しない。
調べればすぐわかる事ではあるが知らない人にはそのまま放置だ(お父様曰く”面倒くさい”からだそうだ)。

実際、ややこしいし?

だからといって断絶してるわけでなく、王太后様は年の離れた弟である父を昔から大層可愛がっていた。
それ故、私や兄の事を半端なく気にかけて下さっていて”人嫌い”で通ってる王太后の私的なお茶会にも度々訪れているだけでなく、「普段は無理でもこの宮にいる間だけは私の事はマリエル伯母様と呼んでちょうだい。いいわね?」と茶目っ気たっぷり言われそう呼ぶことを許されてもいるー。
王妃様も母の姉にあたる実の伯母だがそう呼ぶ事はない。
相手は王妃なのだから当然といえば当然なのだが、王太后様の場合姉弟の数が多い分甥と姪も数多くいるなか、それを許されているのはローズ家の兄妹だけなのだ。
私とお兄様だけがこの方を「マリエル伯母様」と呼ぶ。
「ふふ。貴女をここに寄越すって事はレオンは何かやる気なのね?」
「__おそらく、他の皆様も」
身から出た錆なので同情はしない。
「わかったわ」
マリエル叔母様も笑顔で頷いた。

会話らしい会話はそれだけ、治癒魔法は軽く触れるだけだ。
その間訊かれるまま学園の話などをしてすぐに部屋を辞した。
 ”王太后はまだ病気で臥せったまま”になってる筈だからだ。
長居は不自然だ、病気だと思われてる方が安全につながる___大人の皆様がけりをつけるまでは。

レオン様の口振りからするとすぐにでも動きがある筈……と思ったところに重い振動が建物を襲った。
「セイラ様!」
 ユリウスが急いで庇うように立つ。
「大丈夫よ。今の衝撃は、」
ここに直撃ではない。
多分近くの別の建物に落ちた衝撃だろうと思うが、まるでこの城に隕石(私が知る限り落ちてきた事はないが)でも落ちてきたような?

そう思って窓の外を見て__息をのんだ。
ユリウスも同様だ。

ここから少し離れてはいるが王城内で物見の塔と呼ばれる一番高い場所、その塔が崩れている。
その突き崩した原因であろうドラゴンが崩れた塔の上に乗っている。
色からして火竜だ。
さらにはその塔の下、要するに普通に人が歩いてて当たり前の場所に遠くから見ても巨大なドラゴンがもう一体見える。
色は青白い。という事は、
「ブリザード……ドラゴン?」
見るのは初めてだ。
というかそのドラゴンに至近距離で対峙してる人がいる。
遠くからでも見間違えようがないその雪白の髪は、
「レオン様!!」
その姿を認識した途端、私は走り出していた。



城の中庭にいっそ迷惑(実際甚だしく迷惑極まりない)な存在感で鎮座する氷雪竜。
その目の前には血を流して対峙するこの国の第二王子とその従者。

悪夢のようなその光景に、周りを囲む騎士団も息を呑んで立ち竦む。
いや、塔の上にいる火竜に対応している団員や魔法使い達の発する音や声も聞こえてはいるのだが。

元々年に数回しか確認されないドラゴンの飛来。
それがいきなり二体、突如王城に襲いかかってくるなど聞いた事がない。
もちろん竜影を確認した途端備えの体制を取り、騎士団も兵士も魔法使いも各々の役目を果たしてはいるのだが___この国の王族は総じて魔力が高い。
その中でもレオン王子の魔力はおそらく一番強い。
そのレオンが氷雪竜の一撃をくらって動けずにいる。
氷雪竜はまだ何も吐いてはいないのに、前脚の鉤爪にやられたようだ。
皆凍りついたように動けずにいた。

 その、凍りついた場を破ったのは。
「レオン様っ……!」
 黒髪黒瞳の少女がそう叫び走ってくる姿だった。
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