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少年期
第18話 城塞都市バミルゴ
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それからペンダリオンは仕事のため外出し、数日間戻ってこないらしい。
子どもたちはその間、宿屋に延泊するよう既に手配されており、食事も宿屋の人が持ってきてくれた。せっかくなので城下町にも行ってみたかったが、高価な薬草を宿屋に置いておく気にもなれず、仕方なく彼が帰ってくるのを何日もただひたすら待ち続けていた。
「食べて、寝てばっかりで、太っちゃったかな?」
「お前はもう少し太った方がいいだろう。今のままだと女みたいだ」
カイはベッドで寝転んで相変わらず兵法の本を読みながら、テルウに向かって突っ慳貪に言った。
「もう! カイ冷たい!」
ヒロは三階の窓から人々が行きかう城下町の景色を眺めていたが、ちょうどそこへペンダリオンが荷馬車に乗って帰ってきた。
先日、従えていた男以外に、もう一人白い頭巾じゃない男が荷馬車を操っている。荷馬車にはヒロ達が持っている袋のようなものがあと五つ程積んであり、ペンダリオンと従えている男は宿屋の入口で降りたが、御者は彼らを降ろし、また何処かへ走り去っていった。
その時、ペンダリオンが窓の方を見上げ、窓から城下町を見下ろしているヒロと思いがけず目が合う。
彼は乾いた目をしてヒロをみつめ、そしてヒロも彼の茶色の目をじっと見続けた。
その日の夜、晩御飯を一緒に食べないかとペンダリオンから誘われ、再び彼らと食事を共にすることになった。
彼らの前には相変わらず食べきれない量の食事が並べられたが、ペンダリオンはどれも口にせずひたすら酒を飲み、従えている男は食事も酒も一切口にしない。
「先日の返事を聞かせてもらおうか、ヒロ」
「俺達はこの話を受けることにしました。その代わりこれからは対等だ」
「それはつまり協力者ということか? まあいいだろう。これから君たちにはここよりさらに南にあるバミルゴへ向かってもらう」
「バミルゴ?」
「宗教国家であり、城塞都市バミルゴは現時点でどの国とも国交を断絶している。だからこそ高級な薬草が必要だ。君たちは持参した薬草をその国で売り捌き、残りは我々が提供した薬草を売ってもらう。売り上げた薬草の三分の一が君たちの取り分だ。期間は一か月間。バミルゴに着いたら、大神官アルギナを訪ねるんだ」
「この間は、商売する権利を君たちに与えると言っていたけど、実際にはまだ権利を得てはいないんだ」
パンを齧りながら独り言を呟くカイの指摘に、ペンダリオンは飲んでいるグラスから彼の方に目を向けた。
「君は鋭いね。厳密にいうとそうだな。だがアルギナは許可するよ、きっとね」
その後、ペンダリオンはその乾いた目をカイの右側に座り、食事を食べ続けているテルウへと移した。
テルウはまた一心不乱に食事をしていたが、急にふと思い出したように食べるのをやめて従えている男の方を向いた。
「ところで、なんでそっちの男は、さっきからずっと悲しそうな顔をしているんだ?」
しばらく沈黙が続き、従えている男は凍り付いたように身動きひとつしない。
ペンダリオンがグラスを手に取り、
「君たちと離れるのが寂しいからだよ」
そう言い、笑いながらグラスを高々と掲げた。
次の日、ペンダリオンは昨日の荷馬車と薬草が入った袋を五つ用意した。バミルゴへは荷馬車に乗せて運んでいくという。
子どもたちは持参した薬草を摘み込むと、荷台に乗り込んだ。
御者は昨日ペンダリオン達を乗せてきた小太りで、ふさふさとした顎髭を蓄えた四十代位の男であった。
「では一か月後、また会える日を楽しみにしているよ。ヒロ」
ペンダリオンは別れ際、かすかな笑みを口元に浮かべていたが、目はまったく笑っておらずむしろヒロに挑むような視線を投げかける。そしてヒロも鋭い眼差しで彼を見据えていた。
荷馬車はバミルゴへ向かう街道をひたすら走り続ける。
街道の辺りは濃い緑の低い丘陵が広がっており、民家もぽつぽつ点在していた。
道中、御者は一切話さず途中で宿屋に宿泊して彼らに食事を与えたり、休息を与えたりしながら彼らの世話をした。
「ふぁあ暑い!」
南に向かうにつれ気温はどんどん高くなり、テルウは上半身裸で横になって寝てしまう。
かなり長い時間が経ってから、ある宿屋の前で荷馬車が止まったため、テルウは昼寝から目が覚めた。
彼がぼうっと寝ぼけまなこをこすりながら起き上がると、その宿屋は白い木造の二階建ての建物で、赤い屋根に窓枠は黒く色塗りがされており、入り口には紫の花が飾ってある宿屋が見える。
「明日はバミルゴに到着するから、今日はここで泊まるんだ。この宿屋は湯殿があるから入って身支度を整えろ。神官は人柄も見抜くというからな」
そう言って、御者は三人分の新しい着物を用意した。
「これは?」
「特別な方法で入手したバミルゴの伝統衣装だ。お前たちが異国民だと気づかれないようにするためだ」
三人は言われた通り、宿泊する宿屋の湯殿に入っていた。
湯殿には十人程が一緒に入れる大きな桶状のものが一つ置かれており、他の宿泊客は一切見当たらず彼らしかいない。
「明日はついにバミルゴか。どんなところなんだろう?」
テルウは湯船に頭をつけ、顔全体を上に向けて湯殿の薄汚れた白い天井を見ていた。
「さあな? でも俺達をこんな場所に連れてくるぐらいだから、どうやら普通の国ではなさそうだ」
「それってどういう意味、カイ?」
カイは湯船の縁にもたれかかって気持ちよさそうに浸かっていた。
「単に薬草が売りたいならば自分達でさっさと売りに行けばいい。それをしないで俺たちに行かせるということは、行けない理由が何かあるからだ。それか、もしかすると……」
「何? 何?」
テルウは顔を起こして興味津々という表情でカイの近くに寄ってきた。
「売ることが目的じゃないのさ、なあヒロ?」
「ああ。俺がこの話を受けた本当の理由は、ペンダリオンの事をもっと知りたいと思ったからだ。あの男は俺達を利用しようとしているが、俺達も逆に利用してやるんだ。フォスタで絡んできた男たちは、あの男の顔をみて顔色が変わった。あの男には何か秘密があるんだ」
ヒロはその青い瞳を閉じたまま湯船に浸かっていた。
「二人とも凄い、頼もしい!」
「やっぱりお前、少し太ったかも……」
「そう思う?」
カイは湯船の中でテルウの細くてほとんど掴めない脇腹の肉を引っ張りながら、
「今は、畑仕事もしていないんだから明日からは筋力を上げないとな」と笑った。
「カイはもともと筋力ないだろ。一緒にするな!」
バミルゴの伝統衣装はリネン地の半袖のチュニックに、膝下までの少し裾が広がったブリーチズ。腰の辺りを幅広のリボンで縛り、足元はブーツではなくサンダルを履き、気温の高い南の気候にも対応できるような衣装であった。
三人は青色のバミルゴの衣装を着て、宿屋から荷馬車に乗り込み、数時間も走るとバミルゴが見えてきた。
バミルゴは国中がすべて白く、高い壁で囲まれており、外から国内の様子を窺い知ることはできない。
そんな国への入り口は壁の間にあるたった一つの門だけであった。
自分はここまでだといって、御者は子どもたちと薬草をその入り口近くで降ろした。
そして子どもたちに哀れみの眼差しを向けて、
「あのなあ、俺も三人兄弟だったんだ。お前たちを見ていると思い出しちまって切ないよ。たとえどんなことがあっても必ず生き延びるんだぞ……」
そう言い残し、御者は一目散に荷馬車を走らせ去っていった。
「切ないって……」
テルウは御者が走り去った方角を見て呟いた。
「思っていた以上に甘くないってことだな……」
カイも同じ方角に目をやりながらそう言い、腹をくくった顔をしていた。
やがてバミルゴから水色の軍服を着た兵士が数名、警戒しながら子どもたちの方に歩いてきた。
子どもたちはその間、宿屋に延泊するよう既に手配されており、食事も宿屋の人が持ってきてくれた。せっかくなので城下町にも行ってみたかったが、高価な薬草を宿屋に置いておく気にもなれず、仕方なく彼が帰ってくるのを何日もただひたすら待ち続けていた。
「食べて、寝てばっかりで、太っちゃったかな?」
「お前はもう少し太った方がいいだろう。今のままだと女みたいだ」
カイはベッドで寝転んで相変わらず兵法の本を読みながら、テルウに向かって突っ慳貪に言った。
「もう! カイ冷たい!」
ヒロは三階の窓から人々が行きかう城下町の景色を眺めていたが、ちょうどそこへペンダリオンが荷馬車に乗って帰ってきた。
先日、従えていた男以外に、もう一人白い頭巾じゃない男が荷馬車を操っている。荷馬車にはヒロ達が持っている袋のようなものがあと五つ程積んであり、ペンダリオンと従えている男は宿屋の入口で降りたが、御者は彼らを降ろし、また何処かへ走り去っていった。
その時、ペンダリオンが窓の方を見上げ、窓から城下町を見下ろしているヒロと思いがけず目が合う。
彼は乾いた目をしてヒロをみつめ、そしてヒロも彼の茶色の目をじっと見続けた。
その日の夜、晩御飯を一緒に食べないかとペンダリオンから誘われ、再び彼らと食事を共にすることになった。
彼らの前には相変わらず食べきれない量の食事が並べられたが、ペンダリオンはどれも口にせずひたすら酒を飲み、従えている男は食事も酒も一切口にしない。
「先日の返事を聞かせてもらおうか、ヒロ」
「俺達はこの話を受けることにしました。その代わりこれからは対等だ」
「それはつまり協力者ということか? まあいいだろう。これから君たちにはここよりさらに南にあるバミルゴへ向かってもらう」
「バミルゴ?」
「宗教国家であり、城塞都市バミルゴは現時点でどの国とも国交を断絶している。だからこそ高級な薬草が必要だ。君たちは持参した薬草をその国で売り捌き、残りは我々が提供した薬草を売ってもらう。売り上げた薬草の三分の一が君たちの取り分だ。期間は一か月間。バミルゴに着いたら、大神官アルギナを訪ねるんだ」
「この間は、商売する権利を君たちに与えると言っていたけど、実際にはまだ権利を得てはいないんだ」
パンを齧りながら独り言を呟くカイの指摘に、ペンダリオンは飲んでいるグラスから彼の方に目を向けた。
「君は鋭いね。厳密にいうとそうだな。だがアルギナは許可するよ、きっとね」
その後、ペンダリオンはその乾いた目をカイの右側に座り、食事を食べ続けているテルウへと移した。
テルウはまた一心不乱に食事をしていたが、急にふと思い出したように食べるのをやめて従えている男の方を向いた。
「ところで、なんでそっちの男は、さっきからずっと悲しそうな顔をしているんだ?」
しばらく沈黙が続き、従えている男は凍り付いたように身動きひとつしない。
ペンダリオンがグラスを手に取り、
「君たちと離れるのが寂しいからだよ」
そう言い、笑いながらグラスを高々と掲げた。
次の日、ペンダリオンは昨日の荷馬車と薬草が入った袋を五つ用意した。バミルゴへは荷馬車に乗せて運んでいくという。
子どもたちは持参した薬草を摘み込むと、荷台に乗り込んだ。
御者は昨日ペンダリオン達を乗せてきた小太りで、ふさふさとした顎髭を蓄えた四十代位の男であった。
「では一か月後、また会える日を楽しみにしているよ。ヒロ」
ペンダリオンは別れ際、かすかな笑みを口元に浮かべていたが、目はまったく笑っておらずむしろヒロに挑むような視線を投げかける。そしてヒロも鋭い眼差しで彼を見据えていた。
荷馬車はバミルゴへ向かう街道をひたすら走り続ける。
街道の辺りは濃い緑の低い丘陵が広がっており、民家もぽつぽつ点在していた。
道中、御者は一切話さず途中で宿屋に宿泊して彼らに食事を与えたり、休息を与えたりしながら彼らの世話をした。
「ふぁあ暑い!」
南に向かうにつれ気温はどんどん高くなり、テルウは上半身裸で横になって寝てしまう。
かなり長い時間が経ってから、ある宿屋の前で荷馬車が止まったため、テルウは昼寝から目が覚めた。
彼がぼうっと寝ぼけまなこをこすりながら起き上がると、その宿屋は白い木造の二階建ての建物で、赤い屋根に窓枠は黒く色塗りがされており、入り口には紫の花が飾ってある宿屋が見える。
「明日はバミルゴに到着するから、今日はここで泊まるんだ。この宿屋は湯殿があるから入って身支度を整えろ。神官は人柄も見抜くというからな」
そう言って、御者は三人分の新しい着物を用意した。
「これは?」
「特別な方法で入手したバミルゴの伝統衣装だ。お前たちが異国民だと気づかれないようにするためだ」
三人は言われた通り、宿泊する宿屋の湯殿に入っていた。
湯殿には十人程が一緒に入れる大きな桶状のものが一つ置かれており、他の宿泊客は一切見当たらず彼らしかいない。
「明日はついにバミルゴか。どんなところなんだろう?」
テルウは湯船に頭をつけ、顔全体を上に向けて湯殿の薄汚れた白い天井を見ていた。
「さあな? でも俺達をこんな場所に連れてくるぐらいだから、どうやら普通の国ではなさそうだ」
「それってどういう意味、カイ?」
カイは湯船の縁にもたれかかって気持ちよさそうに浸かっていた。
「単に薬草が売りたいならば自分達でさっさと売りに行けばいい。それをしないで俺たちに行かせるということは、行けない理由が何かあるからだ。それか、もしかすると……」
「何? 何?」
テルウは顔を起こして興味津々という表情でカイの近くに寄ってきた。
「売ることが目的じゃないのさ、なあヒロ?」
「ああ。俺がこの話を受けた本当の理由は、ペンダリオンの事をもっと知りたいと思ったからだ。あの男は俺達を利用しようとしているが、俺達も逆に利用してやるんだ。フォスタで絡んできた男たちは、あの男の顔をみて顔色が変わった。あの男には何か秘密があるんだ」
ヒロはその青い瞳を閉じたまま湯船に浸かっていた。
「二人とも凄い、頼もしい!」
「やっぱりお前、少し太ったかも……」
「そう思う?」
カイは湯船の中でテルウの細くてほとんど掴めない脇腹の肉を引っ張りながら、
「今は、畑仕事もしていないんだから明日からは筋力を上げないとな」と笑った。
「カイはもともと筋力ないだろ。一緒にするな!」
バミルゴの伝統衣装はリネン地の半袖のチュニックに、膝下までの少し裾が広がったブリーチズ。腰の辺りを幅広のリボンで縛り、足元はブーツではなくサンダルを履き、気温の高い南の気候にも対応できるような衣装であった。
三人は青色のバミルゴの衣装を着て、宿屋から荷馬車に乗り込み、数時間も走るとバミルゴが見えてきた。
バミルゴは国中がすべて白く、高い壁で囲まれており、外から国内の様子を窺い知ることはできない。
そんな国への入り口は壁の間にあるたった一つの門だけであった。
自分はここまでだといって、御者は子どもたちと薬草をその入り口近くで降ろした。
そして子どもたちに哀れみの眼差しを向けて、
「あのなあ、俺も三人兄弟だったんだ。お前たちを見ていると思い出しちまって切ないよ。たとえどんなことがあっても必ず生き延びるんだぞ……」
そう言い残し、御者は一目散に荷馬車を走らせ去っていった。
「切ないって……」
テルウは御者が走り去った方角を見て呟いた。
「思っていた以上に甘くないってことだな……」
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