転生したら魔女狩りの世界だった件。嫌なので全力で抗います〜絶望少女と魔王達〜

なないろすらいむ

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五章 文明の魔王編

第2話 女のいない都市

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ビル風が吹き抜け、錆びついた看板を揺らす。
 その音は、死に絶えた都市の嗚咽のように、一行の耳にこびりついた。
 
「……行こう」
 
 ミツキは、言いようのない悪寒を振り払うように、街の中心部を指差した。
 
「あそこ――あの赤い光が明滅している宮殿。あそこからだけ、微かに『人の気配』がするの」
 
「人の気配?」
 
 エリシェヴァが、信じられないという顔で問い返す。
 これほどの廃墟に、まともな人間が生き残っているとは到底思えなかったからだ。
 
「うん。でも……なんだか、すごく静かなの。とりあえず、確かめに行こう」
 
 一行は警戒を強めながら、瓦礫が散乱する大通りを抜け、街の中心部へと歩みを進めた。
 
 
 ――――
 
 
 やがて、彼女たちの目の前に、その巨大な建造物が全貌を現した。
 
 『赤の宮殿』。
 
 それは、周囲の朽ち果てた摩天楼とは一線を画す、圧倒的な威圧感を放っていた。
 古代の神殿を思わせる重厚な石造りの基部に、未来的な黒い金属の装甲が幾重にも覆い被さっている。
 外壁には血管のように赤い光のラインが走り、まるで巨大な心臓が鼓動するように、ズウン、ズウンと低い駆動音を響かせていた。
 
 この死に絶えた都市で、唯一「生きている」場所。
 
「……あ!」
 
 先頭を歩いていたライラが、宮殿の巨大なゲートの前で足を止め、声を上げた。
 
「ミツキさん! 見てください! 人が、人がいます!」
 
「えっ!?」
 
 ライラが指差した先。
 宮殿へと続く広場に、数多くの人影があった。
 十人、二十人ではない。百人はいるだろうか。
 彼らは宮殿の入り口を取り囲むように、整然と並んでいた。
 
「本当だ……! 生き残った人たちがいたんですね!」
 
 セレスティアが顔を輝かせ、駆け出そうとする。
 お父様もあの中にいるかもしれない――そんな期待が、彼女の足を速める。
 
「待て、セレスティア!」
 
 ルークが慌てて彼女の腕を掴み、制止した。
 
「……様子がおかしい」
 
 ルークの隻眼が、広場の人々を鋭く観察する。
 
「彼らは……微動だにしていない。これだけ近づいても、僕たちの方を見ようともしないぞ」
 
 言われてみれば、確かに異様だった。
 彼らはただ、宮殿の扉の方を向いて立ち尽くしている。
 話し声もなければ、身動き一つしない。まるで、精巧な彫像のようだ。
 
「……行ってみよう。でも、警戒は解かないで」
 
 ミツキが剣の柄に手をかけたまま、慎重に距離を詰める。
 近づくにつれ、彼らの姿がはっきりと見えてきた。
 
 彼らが纏っているのは、ボロボロに朽ちかけた衣服だった。
 かつては上質な研究白衣や、軍服、あるいは煌びやかなドレスだったであろう布切れ。
 肌は土気色で、痩せこけているが、確かに呼吸はしている。生きている人間だ。
 
「あの、すみません!」
 
 ミツキが、一番近くにいた男性に声をかけた。
 
「あたしたち、気がついたらこの街にいて……ここはどこなんですか?」
 
 返事はなかった。
 男性は、虚空を見つめたまま、瞬き一つしない。
 
「……もしもし?」
 
 ミツキが恐る恐る、男性の肩に触れる。
 その瞬間。
 
 ギギッ。
 
 錆びついた蝶番のような音を立てて、男性の首がゆっくりとミツキの方へ回った。
 
「ひっ……!」
 
 ライラが息を呑む。
 男性の瞳には、色がなかった。
 白目が濁り、瞳孔が開いたまま固定されている。そこには、ミツキの姿など映っていない。
 そして、乾燥してひび割れた唇が、嫌悪を露わにして歪んだ。
 
「……触ルナ……」
 
 掠れた、枯れ木が擦れるような声。
 
「……触ルナ……穢レ……。不浄ナル……女……」
 
「え……?」
 
 ミツキが呆気にとられる。
 
「……女……」「……子供……」「……穢レ……」
 
 一人が口を開いたのをきっかけに、広場にいた百人近くの人々が、一斉にこちらを向き、ブツブツと呟き始めた。
 その瞳に宿っているのは、歓迎でも好奇心でもない。
 ゴミを見るような、底知れぬ「蔑み」と「嫌悪」だった。
 
「……女ハ……不浄……」「……永遠ヲ……妨ゲル……穢レ……」「……排除……」
 
 ざわり、と群衆が波打つ。
 彼らにとって、女性や子供の姿をしているミツキたちは、それだけで許されざる「敵」であるかのような反応だ。
 
「な、なんなの……? なんでそんな目で見るの……?」
 
 ライラが怯えて後ずさる。
 
「……異常だ」
 
 ルークが剣を抜く。
 
「彼らの精神は、何らかの『狂信』に支配されている。まともな会話は期待できないぞ」
 
 エリシェヴァは、近くでブツブツと呟く男性の腕を素早く掴んだ。
 
「ごめんなさいね」
 
 彼女の掌から淡い緑色の光が流れ込み、男性の体内を巡る――治癒魔法を応用した生体スキャンだ。
 だが、その瞬間。
 
「ッ……!?」
 
 エリシェヴァは短く息を呑み、火傷をしたようにパッと手を離した。
 
「どうしたの、エリシェヴァ?」
 
「……信じられない」
 
 エリシェヴァは、指先に残る異質な感触に戦慄し、青ざめた顔で群衆を見渡した。
 
「彼らの肉体は……『時』が止まってる。
 代謝も循環もしていないのに、生かされている……。老いることも、死ぬことも許されず、何者かの術式によって、この朽ちた肉体に魂を無理やり縫い付けられているわ」
  
「死ぬことも……許されない?」
 
 ライラは、背筋が凍りつくのを感じた。
 
『本当の文明の絶望』
  
 科学が到達した「不死」などではない。これは、誰かが意図的に施した、終わりのない「呪い」だ。
 
「……助けてあげないと」
 
 セレスティアが涙ぐみ、思わず一歩前に出た。
 
「こんなの……あんまりです……!」
 
 その時だった。
 
 ピクリ。
 
 セレスティアが近づいた瞬間、群衆の視線が一斉に彼女に釘付けになった。
 先ほどまでの「蔑み」とは違う。
 もっと激しく、もっとドス黒い感情が、彼らの濁った瞳に灯る。
 
「……ア……?」
 
 先ほどの男性が、鼻をひくつかせた。
 
「……コノ……気配……」
 
 うつろだった彼らの瞳に、急速に狂気が宿る。
 それは、獲物を見つけた獣のような、あるいは不倶戴天の仇敵を見つけた悪霊のような色。
 
「……ラーヴァナ……?」
 
 一人の男が、セレスティアを指差した。
 
「……王ノ……力……。我ラヲ……捨テタ……悪魔ノ……血……!」
 
 セレスティアの銅色の瞳と「無敵」の権能。その魔力の波長が、彼らにとっては憎き王そのものに感じられたのだ。
 
 穢れた女。
 その上、憎き王の力を宿す者。
 彼らの狂信的な回路の中で、セレスティアは「絶対的な排除対象」へと認定された。
 
「……殺セ」
 
 誰かが呟いた。
 
「……殺セ……」「……殺セ!!」「……我ラヲ……永遠ノ地獄ニ……閉ジ込メタ……悪魔ヲ……!!」
 
 彼らは一斉に、手近な瓦礫や鉄パイプを拾い上げた。
 
「ひっ……!?」
 
 セレスティアが悲鳴を上げて後ずさる。
 
「ガアアアアアアッ!!」
 
 人間とは思えない咆哮と共に、百人の「不死者」たちが、セレスティア目掛けて雪崩を打って襲いかかってきた。
 
「セレスティア!」
 
 ルークが叫び、セレスティアの前に立ちはだかる。
 剣を抜き、先頭の男の武器を弾き飛ばす。
 
 だが、男は止まらない。
 武器を失ってもなお、折れた爪で、歯で、ルークに食らいつこうとする。
 
「くっ……! なんて力だ……! 痛覚がないのか!?」
 
「殺せ! 穢レヲ、殺シテ、我ラヲ、救エェェッ!!」
 
 彼らは自分の体が傷つくことも厭わず、ただセレスティアを引き裂くためだけに突進してくる。
 その姿は、暴徒というより、餓鬼の群れだった。
 
「ダメ! ルーク、斬っちゃダメ!」

  ミツキが叫ぶ。
 
「この人たち、武器も持ってない一般人だよ! それに……見て! 斬られても怯まない! 普通じゃないよ!」
 
「分かっている! だが、数が多すぎる!」
 
 エリシェヴァが魔法で蔓を作り出し、数人の足を止めるが、後から後から湧いてくる群衆に押し潰されそうになる。
 ライラはセレスティアの手を引いて必死に逃げようとするが、退路も塞がれつつあった。
 
(どうする……!? 戦えない……でも、このままじゃ……!)
 
 ミツキは、歯を食いしばった。
 
 狂気の権能? ダメだ、あれを使えば、この人たちを「掃除」してしまうし仲間を巻き込んでしまう。
 破壊の権能? 彼らを粉々にするわけにはいかない。
 死の権能?いや、コレもダメだ。
 
 なら――使えるのは、一つだけ。
 
「――止まれ!!」
 
 ミツキの叫びと共に、指が鳴らされた。
 
 キィィィン……。
 
 世界から色が消え、音が消える。
 振り上げられた鉄パイプも、憎悪に歪んだ顔も、飛び散る汗も、すべてが灰色の静寂の中に凍りついた。
 
「はぁっ、はぁっ……!」
 
 ミツキは荒い息を吐きながら、ルークの肩を叩く。
 
「今のうちに! 宮殿の脇に、通用口みたいなのがあった! あそこに逃げ込もう!」
 
 時間停止の世界で、ミツキたちは凍りついた暴徒たちの隙間を縫うように駆け抜けた。
 セレスティアの手を引くルークの手は、震えていた。
 かつての民草に、ここまで憎まれているという事実。それが、セレスティアの心に重くのしかかっているのが分かったからだ。
 
 宮殿の側面にある、小さな搬入口。
 そこに滑り込み、重い鉄扉を閉めた瞬間、ミツキは指を鳴らした。
 
「……解除」
 
 ドガガガガガガッ!!
 
 時が動き出し、外からは暴徒たちが扉を叩く音と、怨嗟の叫び声が響き渡った。
 
「……開ケロォォッ!」「……穢レガァァッ!」「……殺シテヤル……ッ!」
 
 分厚い扉のおかげで、中までは入ってこれないようだ。
 
「助かった……」
 
 ミツキはその場にへたり込んだ。
 薄暗い通路の中、セレスティアは膝を抱え、ガタガタと震えていた。
 
「私……何もしてないのに……。どうして、あんなに……」
 
「セレスティア……」
 
 ルークが痛ましげに彼女の肩に手を置く。
 
 この街の人々は、ラーヴァナを憎んでいる。
 そして、ラーヴァナの力を持つセレスティアもまた、彼らにとっては「悪魔」と同義なのだ。
 
「……行こう」
 
 ミツキは立ち上がり、通路の奥――宮殿の深部を見つめた。
 
「ラーヴァナに会って、文句を言わなきゃ気がすまないよ。こんな酷いこと……絶対に間違ってる」
 
 一行は、外の叫び声を背に、赤く明滅する宮殿の奥深くへと、重い足取りで進んでいった。


 ――――

  
「……はぁ、はぁ……!」
 
 ミツキたちは薄暗い通路にへたり込み、荒い呼吸を整えた。
 宮殿の内部は、外の喧騒が嘘のように静まり返っている。だが、その静寂は安らぎではなく、墓所のような冷たさを孕んでいた。
 
「……大丈夫か、セレスティア」
 
 ルークが気遣わしげに声をかける。
 セレスティアは膝を抱え、青ざめた顔で小さく頷いた。
 
「は、はい……。でも、あの人たちの目が、焼き付いて離れません。あんなに憎まれるなんて……」
 
「気にすることはないわ。彼らは正気じゃない」
 
 エリシェヴァが、自身の乱れた髪を直しながら、冷徹に言い放った。
 
「それより、ここ、外とは少し雰囲気が違うわね」
 
 彼女の言葉通りだった。
 一行が逃げ込んだのは、宮殿の裏手にある回廊のようだったが、その内装は異様としか言いようがなかった。
 
 壁面は、赤砂岩を精緻に彫り込んだ幾何学模様の透かし彫り(ジャリ)で飾られている。それは間違いなく、東方の伝統的な建築様式だ。
 だが、その美しい彫刻の隙間から、無骨な黒いケーブルが何本も這い出し、天井の蛍光灯へと繋がっている。
 
 古代の美と、無機質な機械の醜悪な融合。
 
「……進もう。ここにいても仕方がない」
 
 ミツキが立ち上がる。
 一行は警戒しながら、赤く明滅する照明の下、回廊を奥へと進み始めた。

 歩くにつれ、ミツキはある「違和感」に気づき始めた。
 
 回廊の壁には、かつてのこの国の歴史や、偉人たちを描いたと思われる壁画や肖像画が飾られていた。
 だが、そのどれもが「不自然」なのだ。
 
「……ねえ、見て」
 
 ミツキは、一枚の巨大な集合肖像画の前で足を止めた。
 それは、宮殿の庭園でくつろぐ貴族たちを描いたものらしい。
 しかし――。
 
「みんな顔が……削り取られてる」
 
 ライラが怯えた声を出す。
 絵画の中に描かれた人物のうち、半数近くが、刃物のようなもので顔を削り取られ、黒い塗料で塗りつぶされていたのだ。
 
 残っているのは、白い衣を纏った男性の神官や、兵士、研究者と思われる男たちだけ。
 華やかな衣装を着ていたであろう女性や、足元で遊んでいたはずの子供たちの姿だけが、執拗に、徹底的に破壊されている。
 
「こっちの石像もだ」
 
 ルークが、通路脇に置かれた石像を示す。
 女神や天女を模したと思われる像は、すべて首から上が叩き割られ、四肢が破壊されていた。
 
「……女と子供だけが、いない」
 
 ミツキが呟く。
 さっきの広場での光景がフラッシュバックする。
 
 ――襲ってきた暴徒たちは、全員が「男」だった。
 ――彼らはミツキたちを見て「穢れ」「不浄」と叫んだ。
 
「嫌な符合だわ」
 
 エリシェヴァが、削り取られた肖像画から手を離し、不快そうに顔をしかめた。
 
「外の彼らは、私たちを見て『穢れ』と叫んでいた。……そしてここでは、女性と子供の姿だけが、まるで『存在してはいけないもの』であるかのように消されている」
 
「つまり……偶然じゃないってことか?」
 
 ルークが呻くように問うと、ミツキは青ざめた顔で頷いた。
 
「うん。この街では、女の人や子供は『敵』だったのかもしれない」
 
 セレスティアが息を呑み、口元を押さえる。
 
「そんな……。じゃあ、この街の人は、みんな……」
 
 男たちだけが残り、不死の呪いの中で狂い、果てのない時間を憎悪と共に過ごしている。
 ここは、未来都市などではない。
 
 ――もっとおぞましい、狂信と差別に塗り固められた「男たちの地獄」だったのだ。 
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