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第一章【少年よ冒険者になれ】

52・魔力の調整と新しい杖。

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 王都南の平原にて、連日多くの魔物が討伐されていた。それらは魔法による攻撃で倒されており、風の刃にて切り裂かれたり、土の魔法で骨を砕かれたり、炎で焼かれたりと、様々な対処が試されていた。その魔法の主はリプリィ。今までは大きなエネルギーの塊やレーザーのような閃光魔法ぐらいしか扱えていなかったが、新しい歯によって魔力の変換がかなり自由にできるようになり、火・土・水・風など、どれも高い精度で使えるようになっていた。
 まだ彼女の中に内在する魔力量から考えると変換効率は発展途上だが、これなら騎士団に入れてもらうこともできるレベルにまで達している。テレスもこの上達ぶりには開いた口が塞がらない状態だった。それも、歯を変えてからの数日で、日ごと精度が上がっていくのだ。これが才能といえばそれまでだが、少し羨ましく思ってしまうのも仕方がないことだった。

「テレスさん、魔法の曲げ方を教えてほしいです!」

 目を輝かせて質問に来る姿は、以前の自信のない少女からの大きな成長を感じさせる。また、魔法に対する研究心も芽生えたようで、テレスは連日質問攻めにあっている。ただ、魔法を曲げたり遠隔操作したりと、細かい操作はあまり得意ではないらしい。こればかりはテレスの専売特許といったところか。さらに言えば、回復魔法は殆ど使えなかった。テレスも丁寧に教えたが、感覚が全く掴めないらしい。人にはある程度属性というものがある。それがテレスにとってはオーラとなって見えるわけだが、リプリィには回復魔法を使う才能は欠けているらしい。つまり、完全な攻撃魔法型の魔法使いなのである。これは非常に残念なことではあるが、自分の長所を知ることは大きな成長に繋がりやすい。なんでもそれなりにできるよりも、一つのことが突出しているほうがこの世界では有用なのだ。
 それからも様々な方法で魔物を攻撃したり、木や岩を粉砕したり、川の一部を凍らせてみたりと、考え付く魔法の練習を行った。結果は良好で、以前と比べるとかなり魔力操作に進歩がみられた。

「うん。これならフェリアお嬢様への魔法も上手くいく可能性が出てきたよ」
「本当ですか!? よかったぁ……」

 安堵したのか、目の端に涙をためる。だが、もちろんこれで全てが上手くいくわけではない。フェリアがかかっている消滅病は未知の病気なのだ。あの世界に今一度行けたところで、手掛かり一つさえ掴めるかはわからない。それでも、これまでテレスはあの世界への探求心が消えたことはなかった。あのブルクハルトの業火に焼かれても、気持ちが全く折れなかった要因の一つにこれがある。そしてその気持ちは、虚構の森でのクロノースとの出会いで更に強くなった。正直、クロノースの試練の内容は殆ど覚えていないが、自身の無意識下に微かに残っている記憶の断片のようなものが彼をそうさせているのだ。

「いやー、今日の戦いはすごくやりやすかったね!」
「そうね、ちょっと暇すぎてつまらなかったくらいよ」

 宿の食堂で美味しい料理に舌鼓を打ちながら弾む会話は、やはりリプリィの成長についての内容が多くを占めている。

「すいません、皆さん。付き合ってもらって」
「いやいや、これは必要な練習期間だったからね。それに、リプリィの魔法が上達したおかげでこうして美味しい料理も食べられているんだし」

 事実、魔法の練習ついでに冒険者管理所からの依頼を次々にこなしていった。おかげで冒険者としての評価も順調に上がり、今よりも少し難しい依頼を受けることも可能になった。まだまだ上には上がいるが、少しずつ信頼と実績を積み重ねていくしかない。そして、多くの依頼を成功させたことで、こうして少しお高い料理を楽しむことができている。冒険して、戦って、採取して、そして上手い飯を食う。これは冒険者としての醍醐味の一つだろう。

「じゃあ、明日はレンダ先生のところで差し……いや、歯の強度が下がっていないか確認してもらって、そのあとお待ちかねの新しい杖を受け取りに行こう」

 あれから、差し歯というワードはこのパーティ内で禁止になっている。

「すごい! ここまで長かったけど、ついに消滅病の真相がわかるのね!」
「あれ? そんなに長かったっけ?」
「長かったわよ! えーと……どのくらい時間が経ったのかはわからないけど」

 そう、北の騎士団で依頼を受けてから、実は二か月も経っていない。だが、毎日あまりにも濃い経験をしている少年たちにとっては一日、一週間があまりにも長く感じるのだ。思い出に残る瞬間が多くあれば、記憶はすぐに埋まってしまう写真のフォルダのようになってしまう。そして、それはこれからも続くのだろう。

 翌日、予定通りレンダに歯の検査をしてもらった。歯の強度は問題ないようだ。これからトーニャの元へ向かうが、レンダも学校に話をつけて同行してくれることになった。テレスとレンダ。二人も魔力の流れを見ることが得意な人材がいれば、杖の調整もかなりはかどるだろう。なぜこんなに肩入れしてくれるのかはよくわからないが、レンダに気に入られておいてよかったと心底感じるテレスであった。

「そういえばテレス君。君は身体強化の魔法は使えるかい?」

 唐突なレンダの質問に、テレスは少し答えに迷う。

「一応使えますが、僕はやっぱり魔力自体は弱くて。なかなか上手くいかないんですよ」
「ふーむ」

 レンダは少し考え込む。

「こういうのは君の方が得意だと思うのだけれど、魔力がどうやって体を巡っているか知ってるかな?」
「えーと……あまり考えたことがありませんでした」

 そういうのも無理はない。魔力は自然と体を巡っているものであり、手から魔法を放つときはアバウトに手に魔力を集める。魔力操作をしたいときは集中してイメージを膨らませる。つまりは、かなり感覚的なものなのだ。

「最近の研究でわかってきたんだけれど、魔力は人の場合、魔力管というのを通って巡るらしいんだよ。血管が血を運ぶようにね」

 テレスはハッとする。以前ムカデを倒したときに、アリスが放った毒が木の枝のようにムカデを浸食していった。ムカデは毒に強く、アリスの毒の侵入と体内でせめぎあっていたことから、オーラの色合いがはっきりしていてわかりやすかったのだ。

「テレス君の魔力を見る力があれば、そのあたりがもっとはっきりすると思うんだよ」
「つまり、その研究をお手伝いさせてもらえるということですか?」
「ああ、それもあるんだけどね。ほら、もっと強くなれるんじゃないかな。テレス君」

 この唐突な話の要点がようやく見えてきた。テレスの特徴は魔力が弱いが力の流れを見ることができ、魔力の操作も得意。つまりは魔力の流れを理解したうえで魔力操作をすれば、もっと魔法を上手く使えるということになる。これは非常に画期的な考えだった。

「天才です! レンダ先生は天才です!!」

 テレスは大事なことなので二回言った。それほどまでにこの考え方は新しかったのだ。テレスは細かい魔法の操作をするが、今までこういった考えには至らなかった。正直、どんどん力をつけていく仲間たちに少し負い目も感じていたのだ。レンダの考えはまさに渡りに船であった。
 因みに「先生、天才」というワードとテレスの希望に満ち溢れた尊敬のまなざしにより、レンダが気絶し痙攣けいれんまで起こした。彼女にとってこの三コンボは絶品すぎたようだ。レンダの回復を待つ為、出発は予定よりも遅れることとなった。

 レンダが意識を取り戻し、トーニャのところへ向かう道中、アリスはテレスの横顔をまじまじと見つめる。

「テレス、なんだか嬉しそうだね」
「え、そうかな~」

 実際、テレスの顔は緩みっぱなしであった。新しい杖もこれから手に入る上、自分自身が強くなれる方法についても光が見えてきたのだ。最初は凸凹でこぼこだったこのパーティが、随分と逞しくなってきたと自覚する。リーダーとしては嬉しくて仕方がないのだ。
 そんなテレスを見て、アリスもほっとする。この頃のテレスは他の人からみればいつも通りだが、アリスから見ると少し顔つきがおかしかった。久しぶりに緩んだテレスの顔を見ることが出来、心底安堵した。

 扉の前に立つと、いつも以上の奇声と金属同士が激しくぶつかりあう音が聞こえてくる。

「あら、絶好調みたいね、トーニャ」

 レンダはさすが古くからの知り合いらしく、トーニャのことをよくわかっているらしい。だが、奇声の大きさが好不調のバロメーターなのは他の皆にとって恐ろしく思えたが、誰も突っ込むことはしなかった。

「入ってきな」

 相変わらず、この騒音の中で扉の外の気配がわかるらしい。別に悪いことをしたわけでもないのに、レンダ以外の面々はおずおずと中に入る。

「杖だろう。さっき完成した」
「さっすがトーニャ。予定通りね」
「レンダとは違うって」
「ひどい! 最近の私は先生でお姉さんなんだからね」

 会話が成り立っているのかわからないが、二人は楽しそうにしている。テレスたちのほうは、アリスがすでにうずうずと落ち着きがなくなり、ボードはお腹をさすり、リプリィは緊張している。確かに、この杖はこれまでの冒険の結晶というべき存在なので、それなりに皆そわそわしている。

「ああ、すまない。お待ちかねの杖だね。気に入ってくれるといいけど」

 そういって出してくれた杖は、素晴らしい出来だった。山羊の角が持ち手になり、細かい装飾……というよりも文字がピンク色で描かれている。これはピンクダイヤリキッドだろう。そして先端には固い金属に守られて、ブル―ローズストーンが花束のメインのように輝いている。テレスはさっそく透原鏡とうげんきょうをかけ、杖を調査する。
 想像以上であった。フェリックス男爵からもらった杖も魔力増幅と魔力制御を補佐する力があったが、同じオーラがその比ではない。特に魔力制御に関係しているとみられる白いオーラは、かなり高密度で眩しいほどだ。

「どうだい?」

 感想が待ちきれないらしく、トーニャも少しそわそわしている。

「……絶品です。これ以上なんの注文もつけようがないくらい」
「絶好調のトーニャがつくったなら、納得の出来ね」
「ええ、これなら、今できる最大限のパフォーマンスができそうです」

 固唾をのんで見守っていたアリスとリプリィも、ようやく笑顔になり、手を取り合って喜び合う。お腹が減って集中力が切れ始めたボードも、そんな皆を見て空気を読んで嬉しそうにしている。

「よし、それじゃあ早速、この杖を試しにいこう!」
「おー!!!」
「その前に。腹ごしらえしよう。ちょっとした、パーティを」

 相変わらずのボードであったが、ここは彼に乗って、皆で食事をとることにした。
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