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1.京都修行編

第10話(1174年1月) 裏切り者

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 年が明けてから京が騒がしくなった。貴一が協力したことで、劇的に改善していたはずの治安が再び悪化し始めたのだ。ただし、凶悪事件を起こしている犯人グル-プは一つと言われていた。手口は鮮やかで、かつ残忍だった。静かにやってきて、家人を惨殺し、風のように去っていく。検非違使けびいし(警察)が到着するころには、現場にはすでに賊はおらず、ときには財物を残して逃げているのが特徴だった。

 貴一も検非違使の別動隊として、熊若組の出動回数を増やしたのだが、賊を捕らえることはおろか、影を見つけることすらできなかった。
 今日も貴一は平時忠に呼び出され叱責された。給料泥棒扱いされて、落ち込んだ貴一はそのまま鞍馬寺に帰る気が起こらず、友人の中原広元の屋敷に酒を持って立ち寄った。


「検非違使の駄犬が尻尾を下げて何の用だ」

「罵詈雑言は時忠様だけでお腹いっぱいだ。今日もそこまで言うか、っていうぐらい罵られたよ。治安の悪化は朝廷内で大きな問題になっているのか? 広元はその辺り詳しいだろ」

 広元は貴一を見ようともせず、巻物を広げて書物を読み続けている。
 いつものことなので、貴一も気にすることも無く杯に酒を注ぐ。

「朝廷の公卿たちはむしろ笑っている。天が調子に乗った平家を懲らしめていると」

「どういうことだ」

「検非違使は隠しているが、襲われているのは平家一門だけだ。だから、時忠殿が責められているとしたら、朝廷ではなく平家一門からだ」

「ふーん、それで時忠様は焦っているのか――しかし、賊の姿がさっぱり捕らえられない。俺らが見回るときには賊が出てこないんだよ。まったくツイてない」

 広元の書物をめくる手が止まった。

「果たして、運かな――」

「じゃあ、何だっていうのさ」

「見回りの情報が洩れているから、見つけられない。簡単な道理だ。裏切者を探せ。検非違使の中かそれとも――」

「俺の弟子の中に! ありえない! 弟子は飢えていない。賊をする必要など、どこにも無い!」

「興奮するな。賊を見つけられないというから、見つけ方を教えただけのこと。おのれがそう思うのなら、それで構わない」

 広元は貴一と争おうとはしなかった。話は薬草と開墾についての内容に変わり、互いに意見を交わして、中原邸を後にした。

――賊はなぜ公家の屋敷ではなく、武者である平家の屋敷をわざわざ狙うのか?

 鞍馬寺に帰る道中、貴一はずっと考えていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 春になっても賊は捕まらなかった。街では天狗や妖怪、源氏の亡霊の仕業に違いないという噂が流れていた。
 そんな中、広元から貴一に連絡がきた。時忠は面子を捨て、検非違使や貴一ではなく、秘密裏に平家一門の武者を使うことを決めたそうだ。

――時忠様の忍耐もここまでか。まあ、そりゃそうだよな。だが、なぜそのことを俺に隠す。広元と同じく、身内からの情報漏洩の疑いを持ったのか? もし、本当に弟子の中に裏切り者がいたとしたら……。

 貴一は弟子たちに出雲に行くと嘘をついて、京の夜回りをすることにした。証拠が無いのに弟子を疑うことは、貴一にはできなかった。

 平家の屋敷は鴨川の東岸にある六波羅に集中している。
 貴一は気配を消して辺りを歩く。武術を極めた貴一にとっては難しいことではなかった。

――各屋敷の塀の内側から気を感じる。追うのが難しいのなら、待ち伏せで、ってことか。

 二日後。月がほとんど欠けた夜に貴一は賊を見つけることができた。

――十人ぐらいか。烏天狗からすてんぐの仮面に黒の装束。中二っぽくて俺は好きだぞ。だが、これでは弟子かどうかわからない。

 賊は平家の屋敷の前で周辺を確認すると、一人が指示を出し、三人と七人の二手に分かれた。頭らしき男は三人のほうへ加わった。

――行くのなら頭のほうか。しかし、あれは陽動っぽいな。危険なのは……。

 貴一は七人組の後を追うことにした。

 しばらくすると、離れたところで騒ぎが起こった。屋敷内から、逃がすな!という声がいくつも聞こえてくる。七人組が声がする逆側から侵入した。貴一も後ろから静かにつけていく。

 賊を追っていたはずなのに、背後から襲われた形となった武士たちは混乱した。倍以上の数で待ち伏せていた武士が次々と討たれていく。剣術の腕も賊のほうが圧倒的に上だった。そのことが貴一の心を暗くする。

――あーあ、弟子確定じゃん。俺の教えた技を使っているじゃん。もう、がっかりだよ。

 屋敷内から鐘を鳴らす音が聞こえた。

――他の屋敷の武士がわらわら湧いてくるぞ。どうすんだよ、お前ら?

 鐘の音に賊たちは明らかに動揺していた。次々、頭らしき男のもとに集まって相談し始めている。
 貴一は賊に近づくと、大声で叫んだ。

「師匠の言うことは――」

「「「絶対!!」」」

「やはり、お前らか。頭は誰だ? まあ、検討はついてるけどね」

 貴一は石礫いしつぶてを飛ばして、仮面を割った。

遮那王しゃなおうよ。お前の負けだ。調子に乗って周辺の偵察を怠るから危機に陥る。そういうのを油断大敵って言うんだよ。遮那王、不測の事態が起こったらどうしろと教えた?」

「すぐに行動に移せ、と」

「そうだ。すぐに逃げるぞ。お前たちをぶん殴るのは鞍馬寺に戻ってからだ。おい、仮面を貸せ。お前はこの布で顔を覆うんだ。武器はそれがいいな。寄越せ」

 弟子から仮面と大薙刀を受け取ると、貴一は塀の外に飛び出した。

「俺が包囲を突破する。殿しんがりもするから、戦わずに鞍馬寺と逆方向に1日間逃げろ。その後に寺に戻れ。いいな!」

 外に出ると、武士たちが集まっていた。
 一人で突っ込んでくる貴一を見て、武士たちは笑っていた。

「賊め、正気か?」
「悪あがきだな」

 貴一は大薙刀を横に一振りする。五人の首が舞い上がった。

「あなどったときが、死亡フラグだ。百人程度で止まらないんだな、俺は」

 武士が次々と襲い掛かるが、貴一は物ともしない。包囲を突き抜けると、遮那王たちを逃がすことに成功した。

――ふん、みな怖気づいてきたな。これなら追ってくるものもいないだろう。俺もそろそろ逃げるとするか?

「化け物か!」
「妖魔の類じゃ」
「博士! 博士!」

――ん? 博士?

 暗闇からゆっくりと白装束に黒烏帽子の男が現れた。鈴の音がどこからか聞こえてくる。

「平家の方々、ご安心なされよ。すでに結界をほどこしました。じき、天狗は封じこめられるでしょう」

「お前は、陰陽博士の安倍国道あべのくにみち!」

「妖魔じみた戦闘ができる男など、この京でただ一人しかおらぬ。鬼一きいち、いや鬼一号よ。我が実験の失敗作め」

「どっちが鬼だ。魔に魂を売った陰陽師に言われたくねーよ」

「裏切り者と語る気はない。死体になったそなたとゆっくり話すとしよう」

「なんだと、インチキ野郎!――あ、あれれ」

 貴一の頭の中がぼんやりしてきた。足元にうっすら煙が漂っている。

――マズイな、すでに術を仕掛けられていた。あー、痛いのはヤダなあ。だけど、このままじゃ死ぬ。

「ちくしょう! 覚えてろ!」

 貴一は雑腕に小刀を刺した。痛みで頭の中のもやが晴れる。
 走って敵の一角を蹴散らすと、鴨川に飛び込んだ。
 後ろから、聞こえる阿部国道を称賛する武士の声が聞こえた――。

――くそダサい捨て台詞を吐いてしまった。あー腹が立つ。痛ててて、まだ頭がすっきりしないな。国道のやつ、思いっきりヤバイ草を炊きやがって。

 鴨川で流されながら貴一は気を失った――。
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