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2.出雲統一編

第15話(1175年6月) 寺社統一戦

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 出雲大社の境内には多くの神人が集まっていた。皆、興奮している。1年前から行われた寺社統一戦の最後の締めくくりともいえる鰐淵寺がくえんじ攻めの衆議が行われるからだ。

 拝殿には出雲大社を支配する出雲国造家いずもこくそうけの面々をはじめ、神職に就いているものが神人を見下ろすようにズラリと並ぶ。その中で小宮司になった鴨長明かものちょうめいが声を上げた。

「寺社による争いを無くすために我らは戦い続け、寺社統一も後一歩のところまできた。我は提案する。最後に残る鰐淵寺を攻め、この出雲国を日本で唯一の寺社争いが起きない国にすることを!」

 神人の中から歓声が上がる。静まるを待ち長明は言葉を続ける。

「出雲大社と鰐淵寺とはずっと友好関係を築いてきた。だからこそ、今まで攻めずにいた。だが、鰐淵寺は本寺の比叡山に応援を頼み、僧兵を増やした。これは何を意味するのか! 我らが血を流し、仲間を失って進めた出雲統一を横から奪おうとしている。神人よ、この卑怯なふるまいを許せるか!」

「許せない!」「倒してしまえ!」 境内は怒号で埋め尽くされた。

「では、問う。鰐淵寺を攻めるか!」

 神人から、「もっとも!尤も!」という賛意の声が沸き上がる。弁慶のいる周りの一角から「いわれ無し!」の反対の声が聞こえたが、大多数で可決された。苦々しい顔をした国造家の面々と弁慶が目で何かを伝えあっていた。


 神人2000が戦支度をして集まると、総大将の貴一はすぐに軍を発した。山を挟んで北東側に鰐淵寺がある。行軍距離にして二日とかからない。鰐淵寺付近の地形は、貴一自らが何度も足を運んで調べている。兵の数を知られたくない貴一は夜に攻めかかれるよう、時間調整して進軍した。

 鰐淵寺がある山のふもとに到着すると、寺がある山の中腹には多くのかがり火がたかれていた。

――守りを固めている。かかってこいといわんばかりだな。まあ、密通者がいるのは知ってたけどさ。

 貴一は閉じられた門の50mほど手前で軍を止めた。お世辞にも布陣と呼べるようなものではない。
まず、握りこぶし大の石を布で巻き付けたものを用意させた。布の端は1メートルほど伸びている。それに油を染み込ませ火をつけると、前にいる屈強な男に渡し、ハンマー投げの要領で回転しながら勢いをつけ、寺の中に放り投げた。貴一が考えた攻撃法である。

「30人が横一列に並び、俺の掛け声を合図に次々と放て!」

 燃える石が門の中に降り注ぐ。

――この攻撃も敵に弓使いが少ないからできんだけどね。

 武士と違い、僧兵・神人の戦いでは弓を使う者は珍しい。飛び道具といってもせいぜい投石ぐらいだ。だから敵の前で余裕をもってこのようなことができるのだ。

 いくつか建物が燃え上がるのを見た貴一は、全軍に突撃を命じた。

「今日の敵は数が多い。捕らえることを考えるな。ひたすら打ちのめせ!」

 おう! 応じた神人たちが突っ込んでいった。
 しかし、門の前に近づいた神人たちから、ギャッという悲鳴が次々に聞こえてきた。

「空堀か? 調べに来たときには無かったはずなのに。やるじゃないか、坊主ども」

 今度は貴一の後ろから、悲鳴が聞こえてきた。振り向くと、

「弁慶が裏切った!」
「逃げ道を塞がれたぞ!」

 軍に動揺が起こった。貴一が大声で叫ぶ。

「静まれ! 俺が行く! 半分は俺に続け。裏切り者を倒す!」

 貴一は軍を分け、弁慶軍500に軍の半分750で攻撃をあてることにした。兵数では勝っているが、山道なので軍を展開できない。弁慶軍とはすぐに決着はつかないだろう。
 そうしているうちに、寺からも僧兵が繰り出してきた。挟み撃たれた形だ。
 寺を攻めていたはずの軍がみるみる押し戻されて、門の外が戦場になっている。

「チッ、僧兵を押しとどめないと、軍が崩壊する」

 貴一は松明を振り回しながら、再び寺側に戻った。
 目の前に僧兵が密集していた。勝機だと思って総攻撃を命じたのだろう。
 貴一は剣先に松明を刺し、高々と掲げて叫ぶ。

「鉄心!」

 すると、勢いづいていた僧兵たちの足が止まり、そこら中から悲鳴が上がりはじめた。
 貴一は後ろの兵に命令する。

「百数えたら、敵に突っ込む! 今のうちに息を整えておけ」


 僧兵が混乱している横の林では、黒い布衣を来た絲原鉄心が配下に指示をしていた。
黒い布衣は鉄師の制服のようなもので、夜の山林では闇に溶け込む。伏兵にはうってつけだった。

「わしらは神人ではない。戦って命など落とすなよ! 鉄玉を100個投げたら全力で逃げるんだ」

 鉄師200人が左右の林から鉄玉を投げていた。貴一の指示で射線がクロスし、十字砲火の形を取っている。石とは違いクルミ大の鉄玉は人を充分に殺せる威力がある。

「くそ! わしらの財産である鉄をこのように使わせるとは。鉄の神に申し訳ないわ。おい、おぬしら。明朝、再びこの場所に集まれ。鉄玉を拾いにくるぞ」

 鉄心はぶつぶつ言いながら鉄を投げていた。

 一方、敵は味わったことない攻撃に明らかにひるんでいた。鉄心たちの攻撃が終わると、貴一は突っ込んでいった。同時に空堀に落ちていた神人の生き残りも呼応して声を上げた。
 今度は僧兵が包囲されたと思い、混乱に陥った。貴一は混乱を拡大させるべく、指揮を取っている僧を片っ端から倒していった。そして門の前に陣取り、寺へ戻ろうとする僧兵を一人も通さなかった。

「山を降りれば追わぬ! だが寺に戻ろうとすれば殺す!」

 燃え盛る炎を背後に叫ぶ貴一の全身は返り血に染まり、まさに大魔王のようだった。僧兵たちは恐れおののき、争うように逃げて行った。

――次は弁慶だな。

 貴一は山へ逃げて行った僧兵への追撃を許さず、寺の中で抵抗する者を掃討するよう命じると、軍の後方へ踵を返した。

 兵の数はこちらが多かったのにも関わらず、味方のほうが押されていた。弁慶が先頭に立ち、大暴れしていたのだろう。周りに転がっている死体の数が弁慶の強さを示している。

「やってくれるじゃないか、弁慶」

「この程度の数で驚くな。おぬしらが降伏するまで殺し続ける」

「それは困る。鰐淵寺は落ちたよ。だから俺たちが降伏することは無い」

「……そんなバカな! 兵は倍以上いたはずだ」

「耳を澄ませてみろ? 寺側から戦いの声が聞こえるか?」

 弁慶の顔色が変わった。貴一は弁慶側の神人たちに声をかける。

「お前たちは出雲国造家の命令に従っただけで、俺に恨みがないことはわかっている。ここで降伏すれば、今までと同じ俺たちの仲間だ」

 貴一の言葉を聞いた神人が次々と武器を捨て始めた。

「鬼一、わしは……」

「弁慶、帰って国造家に伝えろ。裏切られた俺は祟り神となり、憎悪とともに会いに行くと」

――後は長明の仕事だ。

 とまどう弁慶を残して、貴一は鰐淵寺に向かっていった――。
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