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2.出雲統一編

第17話(1175年7月) これが青春ってやつ?

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 出雲大社・巨大神殿の欄干

「ククク、民をみな貴族にでもするつもりですか? 我らとて稗や粟を混ぜた雑穀米しか食べられないのに」

「そうだよ。米だけを腹いっぱい食べることを想像してみろ」

 鴨長明はゴクリと唾を飲んだ。

「どうだ。それだけで幸せな気分になるだろ」

「しかし、そうなると9万人で18万石を耕すぐらいにしないといけませんが?」

「そのために牛馬を買うんだよ。後は知識だな。人や獣の糞は肥料になるはずなんだ。ただ、作り方がわからない。でも宋人ならきっと知っている――次に降伏した僧や神職の扱いだが、今何人ぐらいいる?」

「1000人ほどかと。逆に兵となる僧兵や神人は戦いで1500人まで減りました」

「長明が優秀だと認める100人を残して、後は開拓民になるか国を出るか選ばせろ。兵も500人まで減らし、残りを開拓に回す。米の輸出も禁止ね。財政は鉄で賄う」

「500人で国を守れますか?」

「そこで、鉄心の出番だ。まだ誰も見たことがない最新の武器を作る。火縄銃といってな、鉄の筒に鉛の玉を入れて飛ばす武器だ。ほら、吹き矢は人の息で矢を飛ばすだろ? 息の代わりに火薬の爆発で鉛玉を飛ばすんだ」

「火薬って何だ?」

「ほら、火をつけるとボッ!と燃える粉だよ。知ってるだろ、長明」

「いいえ、見たことも聞いたこともありません。陰陽師だけの術では?」

 長明は首をかしげた。

――マジかよー。まだ文明ってそこまで進んでないの。大航海時代前って本当クソだなあ。

「じゃあ、あれだ。5メートルの槍と簡単な盾を作ってくれ。とりま、農家に1つずつ。5000組な」

「何がとりまだ。無茶を言いおって。5メートルの槍など聞いたことがないわ」

「よし、方針は決まった。俺は出雲内にいる僧兵の残党を掃討しにいく。鉄心、捕らえた奴は鉱山に送ってやるから期待して待ってて」

「その程度で帳尻が合うと思うなよ」

 鉄心はそう言うと、残っているつまみを全部、口の中に詰め込んだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その後、基本方針に従い政策は進んでいったが、出雲大社の人員整理で抵抗にあった。降伏した僧と神職はほとんど出雲国外を出ることを選んだのだが、30人ほどの巫女だけは行く当てがなく、取り残されていた。神人兵も農民になることを嫌がった。戦いを勝ち抜いていくうち、彼らは戦士としての誇りを持つようになったからだ。

 そこで、貴一は神人兵と話し、1500人体制を維持することにする代わりに、部隊を3つに分けることにした。治安維持、灌漑事業、傭兵事業を半年ごとに交代する。傭兵事業は隣国の石見(島根県西部)、伯耆(鳥取県東部)の寺社に売り込みに行った。寺社同士の紛争があった場合の応援に行くという約束で、年間の保守料をもらうのだ。出雲を統一した軍ということで、受注は難しくなかった。

 巫女たちの処置が難航した。鴨長明が説得に失敗し、貴一に押し付けられた格好になっていた。今日も巫女たちは貴一を取り囲んで訴えてくる。

「スサノオ様聞いてください! 長明様は『遊女になったら良いではないか』なんて、言うんですよ。ひどくないですか!」

――うう、少女特有の声の高さが頭に響く。

「そ、そうだな。まだ、子供なのにヒドイよねー」

「はぁ? 馬鹿になさらないでください。私たちは一人前の大人です」

――フォローしたつもりなんだけど……。

「だったら、遊女じゃなくてお嫁さんになったらどうかな?」

「そういう子は、もう長明様が縁談相手を見つけて、ここにはいません」

「じゃあ、どうしたいんだよ……」

「私たちは舞いを続けたいのです!」

――くそう、長明のやつ、めんどくさい娘たちを押し付けやがって。

「舞いを見てください。そうすれば考えも変わります」

――古典芸能って苦手なんだよねー。なぜか眠くなっちゃう。

「支援していただければ、必死で稽古して日の本一の神楽舞いを踊ってみせます!」

――日本一! なにそれ、青春じゃん! 女子が部活で頑張るやつじゃん! 踊り? ラブライブみたいじゃん!

 貴一の胸に熱いものがこみ上げてきた。厳しい声で言う。

「全国制覇への道は甘くないぞ! 毎日特訓についてこれるか!」

「「「ハイッ!」」」

――おい、俺は何を言っている。何に酔っている?

「ありがとうございます! スサノオ様」

「いや、あの、その……。君、名前は?」

蓮華れんげと申します」

「よし、蓮華を神楽隊の隊長に任命する。じゃあ!」

 少女たちの喜びの声から逃げるように、貴一は走り去った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 いつの間にか、貴一は朝練に参加させられるようになった。仕事が忙しいと断っていたのだが、蓮華に『仕事前の朝なら大丈夫でしょう』と強引に連れていかれるのだ。
 神楽隊の少女たちは、ぶっちゃけ可愛い。化粧もせず、黒髪に白装束で踊る姿は、否が応でも透明感を増す。いっしょにいて嫌なわけがない。

――みんな、キラキラしてんなあ。

「スサノオ様、何をニヤニヤしているのですか」

 貴一の横で全体の動きを見ていた蓮華が口を尖らせる。彼女は抜群に踊りが上手い。キレッキレだ。この時代の舞いは激しくはないが、彼女の場合、静と動の見せ方が群を抜いている。だから、神楽隊のコーチ役も兼ねている。

「そんなことはない! よし今日は足の運びについてだ」

 貴一はごまかすように強く言った。そして、彼女たちの踊りについて、武術的視点から無駄な動きを注意して直させる。
 楽器も稽古させるようにした。リズム隊の鼓や鉦に、メロディー隊の琵琶と笛だ。
 曲に合わせて踊りを合わせる少女たちを見ながら、貴一の頭は別のことを考えていた。

――楽器でリズムをとれば、素人の槍隊でも集団戦闘が可能かも。

 肩を扇子で叩かれ、貴一は振り向いた。
 長明が蔑むような笑いを浮かべていた。

「ククク、朝の早いうちから、コソコソとお楽しみのようで」

「スサノオ様はそんな方じゃない!」

 蓮華が目を吊り上げて抗議をすると、

「「「そうよ、そうよ!」」」
「引っ込みなさいよ!」
「邪魔しないで!」

 少女たちからキャンキャン声が上がった。

「踊り馬鹿が大宮司の私に向かって何という無礼な。全国制覇などと言っているようですが、こんな小娘どもに、できるわけがありません。金の無駄。解散です! 解散!」

「できるもん!」

「まあまあ蓮華も落ち着いて。なあ長明、しばらく様子を見て判断してくれないか。稽古の結果が出るまでには時間がかかるし――」

「なら期限を決めましょう。3年以内に全国制覇できなかったら解散です」

「いいでしょう。やってみせるわ! ねえ、みんな!」

「「「うん!」」」

――えっ、何? この熱い展開。

 睨みあう長明と蓮華の間で、貴一はワクワクし始めていた――。
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