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3.奥州編
第23話(1976年7月) 金は兵なり
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貴一たちは蝦夷の集落のある山から出て、平泉の都に戻ってきた。
「だから、力になれないって言ってるだろ、チュンチュン」
『なぜ? 同じ転生者ですのに。うら若き乙女パンダを見捨てるおつもりなの!』
子パンダのチュンチュンの言葉がわかるのは貴一しかいない。熊若や弁慶にはメエー、メエー鳴いている動物と話しているようにしか見えなかった。
――転生者同士の能力らしいけど、端から見たら危ない奴だろうなー。
「俺にはやりたいことがあるんだよ! 民を豊かにして、搾取のない平等な社会を作る。中国に行っているヒマはないの」
『平等な社会を作る? そんなごまかしに騙されるわたくしだと思って?』
「本当だってば。そのために島根県に独立国を作ってる途中」
『男のロマンというものですね――それでは、ギブ・アンド・テイクでどうかしら』
「パンダのギブって何なのさ……可愛さと癒しさをくれるとか?」
子パンダは手で頭をツンツン指し示す。
『違いますわ、お馬鹿さん。知識で国を豊かにしてあげますわ。Fラン大のあなたと違って、一流大学工学部の院生ですのよ。あたくしの手にかかれば、あっという間に産業革命・富国強兵。そうすれば、中国にだってチョイチョイのチョイですわ』
「ほんとかな~。俺を騙してんじゃないの~」
先を進んでいた熊若が馬を止めると、二人の会話を遮るように声をかけてきた。
「法眼様。まもなく平泉御所の前です。あちらで義経様が待っておられます」
「そうみたいだね。弁慶、チュンチュンを預かっていてくれ。俺と熊若で秀衡殿に会ってくる」
ブツブツ言う弁慶を置いて、貴一と熊若は馬から降りると義経の元に近づいて行った。
「遅いぞ、鬼一!」
「あん? 何イラついてんだ義経。時間通りだろうが」
「うるさい! おい門番! この男が出雲国主お鬼一法眼だ。秀衡殿に案内しろ。私はこれで屋敷に帰る」
義経はそう言い捨てると、供を連れてさっさと帰ってしまった。
「なんなんだ、アイツ。カリカリして」
「きっとまた断られたのでしょう」
熊若は気の毒そうな顔をした。
門番の武者がホッとした顔で貴一たちを案内する。義経が待っている間、八つ当たりされていたらしい。
秀衡の部屋に入った貴一は度肝を抜かれた。20畳ほどの広さの部屋はすべて金箔が貼ってあり、中央にはテーブルと椅子があった。部屋の所々に、犀の角、象牙の笛、水牛の角、金の靴、玉でできた仏教の旗飾りの幡、金細工の鶴、銀細工の猫、ガラスの火皿など、これ見よがしに珍しい宝物が飾られている。
――なんかアラブの王族みたい。
「出雲の王よ、ようこそ平泉へ。私が奥州の王、藤原秀衡だ。義経殿から天下無双の強者と聞いている。どうだ? 奥州軍の将軍にならないか」
冗談とも本気ともわからない顔で秀衡は言った。年は50代半ば。四角い顔に大きな鼻と口が印象的だ。中年太りした体はだらしないというより、貫録を感じさせる。貴一は自然と敬語になった。
「ご冗談を。出雲をいつか独立させたい。その方法を奥州に学びに来ました。秀衡殿はどのように国を導いているのかお聞かせ願いたい」
「朝廷には勝てぬ――独立するためには、そこを元に考えねば事を誤る」
「矛盾しているような……。奥州は秀衡殿のものだ。朝廷の力を見事に退けている」
「目を向けさせないようにしているのだ。元々、貴族どもが興味があるのは奥州の金だけだ。人や土地になど気にもかけん。蛮族の住むところと蔑んでいる。奥州の役職に任命されても誰も喜ばぬのがその証拠だ。かといって、独立すれば、昔のように討伐される。奥州は戦場になり、国は疲弊する。では、どうするか?」
秀衡は椅子から立つと両手を広げた。
「見ての通り奥州には富がある。金の採掘と貿易で積み上げたものだ。これを使って、貴族に貢ぐ! 平家に貢ぐ! 大寺社に貢ぐ! 奥州に干渉させないためなら、金などいくらでもくれてやる。都が戦場で金が兵だ。わしは賄賂をもって朝廷と戦っている!」
――いや、胸を張って言ってるけどさあ、賄賂で買った独立ってことでしょ。
「軍を強くして、朝廷と戦ったりは――」
「しない。むしろ軍は縮小して警戒されないようにしている。国の力は貿易と採掘に注ぐべきなのだ――義経殿は気に入らんらしいがな」
「そういえば、さっき怒って出ていきましたね」
「そうだ、会うたびに平家打倒の兵を挙げろ、と迫ってくる。かといって無下に断るわけにもいかん。駄々っ子の扱いは大変だ」
そう言いながらも秀衡は笑っていた。きっとのらりくらりとかわしているのだろう。
「きっぱりと断ってしまえば良いではありませんか」
「逃げられては困る。源氏の名は関東から奥州まで轟いておる。その嫡流の子を平家から保護しているという事実が、奥州藤原家の声望をますます高める」
――余裕ぶっているが、奥州藤原家は10年後には滅んじゃうんだよなあ。一応言っておくか。
「軍の縮小はやめたほうが良いです。戯言と聞き流していただいても構いませんが、数年後に世は乱れます。平家と源氏が激しく争い、源氏が勝ちます。奥州も戦火からは逃げられません」
「ほう、大胆な予言だな。ならば、なおのことそなたに奥州軍の将軍になってもらいたい」
予想通り秀衡は真に受けず笑っていた。
その後、熊若の出雲行きの話をして、秀衡との会談は終わった。
平泉御所から出るとき、熊若が小声で聞いてきた。
「数年後に奥州が戦場になるというのは真ですか?」
――ああ、奥州は熊若の故郷だもんな。余計な心配させちゃったな。
「嘘だよ。秀衡殿が軍事を軽んじるから脅しただけだ。気にするな」
熊若はまだ不安な表情をしていたが、それ以上聞いてはこなかった。
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その後、貴一は奥州を一か月ほど見物して回った。
アエカシから名馬数頭と馬を育てる牧人を貰い受けると、貴一たちは出雲へ向けて出発した。
「だから、力になれないって言ってるだろ、チュンチュン」
『なぜ? 同じ転生者ですのに。うら若き乙女パンダを見捨てるおつもりなの!』
子パンダのチュンチュンの言葉がわかるのは貴一しかいない。熊若や弁慶にはメエー、メエー鳴いている動物と話しているようにしか見えなかった。
――転生者同士の能力らしいけど、端から見たら危ない奴だろうなー。
「俺にはやりたいことがあるんだよ! 民を豊かにして、搾取のない平等な社会を作る。中国に行っているヒマはないの」
『平等な社会を作る? そんなごまかしに騙されるわたくしだと思って?』
「本当だってば。そのために島根県に独立国を作ってる途中」
『男のロマンというものですね――それでは、ギブ・アンド・テイクでどうかしら』
「パンダのギブって何なのさ……可愛さと癒しさをくれるとか?」
子パンダは手で頭をツンツン指し示す。
『違いますわ、お馬鹿さん。知識で国を豊かにしてあげますわ。Fラン大のあなたと違って、一流大学工学部の院生ですのよ。あたくしの手にかかれば、あっという間に産業革命・富国強兵。そうすれば、中国にだってチョイチョイのチョイですわ』
「ほんとかな~。俺を騙してんじゃないの~」
先を進んでいた熊若が馬を止めると、二人の会話を遮るように声をかけてきた。
「法眼様。まもなく平泉御所の前です。あちらで義経様が待っておられます」
「そうみたいだね。弁慶、チュンチュンを預かっていてくれ。俺と熊若で秀衡殿に会ってくる」
ブツブツ言う弁慶を置いて、貴一と熊若は馬から降りると義経の元に近づいて行った。
「遅いぞ、鬼一!」
「あん? 何イラついてんだ義経。時間通りだろうが」
「うるさい! おい門番! この男が出雲国主お鬼一法眼だ。秀衡殿に案内しろ。私はこれで屋敷に帰る」
義経はそう言い捨てると、供を連れてさっさと帰ってしまった。
「なんなんだ、アイツ。カリカリして」
「きっとまた断られたのでしょう」
熊若は気の毒そうな顔をした。
門番の武者がホッとした顔で貴一たちを案内する。義経が待っている間、八つ当たりされていたらしい。
秀衡の部屋に入った貴一は度肝を抜かれた。20畳ほどの広さの部屋はすべて金箔が貼ってあり、中央にはテーブルと椅子があった。部屋の所々に、犀の角、象牙の笛、水牛の角、金の靴、玉でできた仏教の旗飾りの幡、金細工の鶴、銀細工の猫、ガラスの火皿など、これ見よがしに珍しい宝物が飾られている。
――なんかアラブの王族みたい。
「出雲の王よ、ようこそ平泉へ。私が奥州の王、藤原秀衡だ。義経殿から天下無双の強者と聞いている。どうだ? 奥州軍の将軍にならないか」
冗談とも本気ともわからない顔で秀衡は言った。年は50代半ば。四角い顔に大きな鼻と口が印象的だ。中年太りした体はだらしないというより、貫録を感じさせる。貴一は自然と敬語になった。
「ご冗談を。出雲をいつか独立させたい。その方法を奥州に学びに来ました。秀衡殿はどのように国を導いているのかお聞かせ願いたい」
「朝廷には勝てぬ――独立するためには、そこを元に考えねば事を誤る」
「矛盾しているような……。奥州は秀衡殿のものだ。朝廷の力を見事に退けている」
「目を向けさせないようにしているのだ。元々、貴族どもが興味があるのは奥州の金だけだ。人や土地になど気にもかけん。蛮族の住むところと蔑んでいる。奥州の役職に任命されても誰も喜ばぬのがその証拠だ。かといって、独立すれば、昔のように討伐される。奥州は戦場になり、国は疲弊する。では、どうするか?」
秀衡は椅子から立つと両手を広げた。
「見ての通り奥州には富がある。金の採掘と貿易で積み上げたものだ。これを使って、貴族に貢ぐ! 平家に貢ぐ! 大寺社に貢ぐ! 奥州に干渉させないためなら、金などいくらでもくれてやる。都が戦場で金が兵だ。わしは賄賂をもって朝廷と戦っている!」
――いや、胸を張って言ってるけどさあ、賄賂で買った独立ってことでしょ。
「軍を強くして、朝廷と戦ったりは――」
「しない。むしろ軍は縮小して警戒されないようにしている。国の力は貿易と採掘に注ぐべきなのだ――義経殿は気に入らんらしいがな」
「そういえば、さっき怒って出ていきましたね」
「そうだ、会うたびに平家打倒の兵を挙げろ、と迫ってくる。かといって無下に断るわけにもいかん。駄々っ子の扱いは大変だ」
そう言いながらも秀衡は笑っていた。きっとのらりくらりとかわしているのだろう。
「きっぱりと断ってしまえば良いではありませんか」
「逃げられては困る。源氏の名は関東から奥州まで轟いておる。その嫡流の子を平家から保護しているという事実が、奥州藤原家の声望をますます高める」
――余裕ぶっているが、奥州藤原家は10年後には滅んじゃうんだよなあ。一応言っておくか。
「軍の縮小はやめたほうが良いです。戯言と聞き流していただいても構いませんが、数年後に世は乱れます。平家と源氏が激しく争い、源氏が勝ちます。奥州も戦火からは逃げられません」
「ほう、大胆な予言だな。ならば、なおのことそなたに奥州軍の将軍になってもらいたい」
予想通り秀衡は真に受けず笑っていた。
その後、熊若の出雲行きの話をして、秀衡との会談は終わった。
平泉御所から出るとき、熊若が小声で聞いてきた。
「数年後に奥州が戦場になるというのは真ですか?」
――ああ、奥州は熊若の故郷だもんな。余計な心配させちゃったな。
「嘘だよ。秀衡殿が軍事を軽んじるから脅しただけだ。気にするな」
熊若はまだ不安な表情をしていたが、それ以上聞いてはこなかった。
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その後、貴一は奥州を一か月ほど見物して回った。
アエカシから名馬数頭と馬を育てる牧人を貰い受けると、貴一たちは出雲へ向けて出発した。
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