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4.戦うアイドル編

第25話(1176年10月) 全てを見下す男

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 出雲大社・大神殿

「俺が交渉すれば喧嘩になって、長明が交渉して言い負けるって誰なの?」

「……九条兼実くじょうかねざね様です」

 貴一が舌打ちした。

 九条兼実。藤原摂関家の当主。貴族オブ貴族。階級・血統社会の権化。他の貴族を見下すだけではなく、法皇や天皇にさえも苦々しい顔で嫌味を言う男。時の権力者・平清盛に優しくされても、感謝するどころか「生涯の恥辱」と言い放ち、奥州藤原家からの貢物を、「蛮族からもらう謂れはない」といって送り返す、プライドと傲慢の塊。

 それでいて、議論では相手をとことん追い詰める頭脳を持つ。正論マン(朝廷の常識にとってだが)だから、妥協も許さない。さらには、ムカついた相手の悪口を書いて、後世まで貶めようとする「玉葉」という日記もあるらしい。

「あー、クソ! 九条の顔を思い出してきただけで腹が立ってきた。あいつに頼むなんて死んでも嫌だ! 交渉は止め! 鉄心、炭鉱は攻めとることにする。配下をつれて石炭のある鉱山の場所を調べてくれ」

「待てよ、スサノオ。長門国(山口県北部)の山々まで支配するってことは、間にある石見国(島根県西部)も攻めることになるぞ。途中には平時忠様が管理する銀山もあるが、それも奪うのか?」

 鉄心は不安を顔に見せた。

「いや、銀山だけは無視する。それで、時忠様に俺の意図が伝わるはずだ。敵対するつもりはないってね。長明、時忠様に書状を頼む。当たれば時忠様は俺を無視できない」

「何と書きますか」

「『鹿ケ谷に気をつけろ』。それだけでいい」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 翌日、貴一は弁慶と熊若を自邸に集めると、石見と長門国の東半分を攻めとる方針を説明し、熊若から馬の状況、弁慶から兵の状況を聞いた。600頭の牛馬は、農耕300頭・鉱山200頭・放牧100頭に振り分けられていた。この中から騎馬に向いた馬を熊若に100頭選ばせて、騎馬隊を編成することにした。

「熊若には騎馬隊の隊長として、馬と兵の選抜を任せる。奥州の騎馬兵にも負けないぐらいに鍛えてくれ。
 1400人は歩兵隊として弁慶に指揮を任せる。軍の主力だ。弓と太刀の稽古を地獄のようにやってくれ、見込みの無い奴や怪我をした奴は、荷駄隊に回せばいい」

「おぬしは、どうするのだ」

「鉄心に頼んであった5000本の槍と盾が出来た。これを使って民に集団戦術を教える。民兵だな。訓練中に有望なものがいたら、弁慶の元にバンバン送るからよろしくね。それと遠投のできる民を集めて、以前に試しに作った鉄投げ隊を本格的に作る。火薬ができるまでは、鉄投げ隊がわが軍の秘密兵器だ」

 1年後の目標を皆で確認して解散した。
・騎馬隊 100
・歩兵 2600
・鉄投げ隊 200
・民兵 5000

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 翌朝、出雲大社の境内の隅に行くと、神楽隊の巫女たちがキャッキャ言いながら、駆け寄ってきた。

「スサノオ様。帰ってきたのに、全然顔を出してくれないなんてヒドイですよ!」

 隊長の蓮華れんげが抱き着いてきて文句を言う。顔からはうれしさが溢れていた。周りの巫女が冷やかす。女子高の教員研修もこんな感じだろうか。貴一の顔も自然とデレデレしてしまう。

――ああ、やはりここは癒しの場所だ。

「いやー、ごめん。俺がいない間、長明にいじめられてなかったか?」

「大丈夫です。長明様の冷たさには慣れましたから。それより、他の人々に遊んでいると陰口を言われるのがくやしくて。一々、文句をいう人の前で舞ってみせるわけにもいかないし。以前のように神楽を見せられればいいんですけど、スサノオ様が出雲中の寺社を壊しちゃいましたから……」

 蓮華は恨めしそうな瞳で貴一をチラリと見る。

「神社を増やせって言うんじゃないだろうな? 絶対反対だからな!」

 村人からも神社を増やして欲しいという嘆願が多数来ていた。出雲大社だけではお参りするのにも遠くて大変だし、村に一つぐらい神社が欲しいというのが理由だが、貴一はそれだけは頑として譲らなかった。共産主義計画がぐだぐだになっている今、貴一が革命を実感できている数少ない成果だからだ。
 
「だったら、舞を見せる舞台を作ってください。見物客の反応を見て、私たちはもっと向上したいんです」

「舞台ねえ……」

 長明が怒って反対する顔が頭に浮かぶ。蒸気機関開発に戦争準備と今は予算がいくらあっても足りない。国が運営できているのは長明の才覚があってこそだ。

――長明を説得するためには、何か理由を考えないとな……。

「わかった。舞台を用意する。その代わり、一曲だけ俺の振り付けで踊ってもらうよ」

 貴一は曲を口ずさみながら、巫女たちに演奏と振りを教えた。

「なんで竹の棒を持って舞うんですかー?」
「振付が数個しかないんですけど、単調すぎません?」
「女の子っぽくないんですけどー」
「ガッツってどういう意味ですか?」

 ブーブー、文句を言ってくる巫女に貴一はキレた。

「やかましい! ひよっこのくせに、生意気にアーティスト様を気取るんじゃない!」

 貴一が怒鳴ると、辺りからクスン、クスンと鼻を鳴らす音が聞こえてきた。

――クッ! 散々文句言ってて、こっちが怒ったらすぐ泣くなんてズルイくないか。

「大人げないですよ。敵に軍神って怖れられていた人がカミナリを落したら、泣くに決まってるじゃないですか。このままじゃ、稽古になりません」

「じゃあ、どうすりゃいいのさ」

 貴一はやってれないといった調子で蓮華に言った。

「やる気を出すためにご褒美をください。舞台が成功したら京都に遠征に連れて行くって」

「えー、どうだろ。お金もかかるし……」

 巫女たちの泣き声が大きくなってきた。

「ああ、わかったよ! 連れてく! ただし、民を喜ばせないとダメだからね!」

「ありがとうございます! 約束ですからね、スサノオ様」

「「「やったあ!!」」」

 さっきまで泣いていた巫女たちが歓声を挙げた。

――あれ、まんまと乗せられたかも。

 蓮華がペロリと舌を出した。
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