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4.戦うアイドル編
第30話(1177年7月) 天下一の知恵と舞
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六波羅の平時忠邸を出た貴一は、途中で酒と肴を買うと、四条通りの中原広元の屋敷を訪れた。顔を出すのは3年ぶりだが、時折、文を送って消息は知らせている。
出迎えがないので部屋をのぞくと、いつものごとく座って書物を読んでいた。
――広元が立ってる姿を10年以上、見ていない気がする。
書物を読む手を止めず、こちらを見ずに広元は言った。
「泣く子も黙る大魔王がやってきたな。いや、騒ぐ坊主も黙る大魔王か。はははは」
「誰が大魔王だ。民のためにすっげー頑張ってんのにさー。仏と言ってほしいぐらいだよ」
「他にもあるぞ。神殺しのスサノオ。仏潰しのスサノオ」
「どっちの異名もお断りだ。なあ、広元。出雲国に来いよ。朝廷での昇進は止まったままなんだろ」
巻物を読む広元の手が止まった。
「まあな。みな才能を褒め、助言を求めにはくるが、私を朝議には参加はさせたくないらしい。国を思って書いた提案書も院の議題になったことはない。『後白河院に気に入られれば、側近として政治ができる』。そう言ってくれる者もいるが、気に入られるために和歌や蹴鞠を稽古するぐらいなら、学者として生を終えたほうが有意義だ」
「そんなこと言わずに、俺の国に来いよ。政治ができるぞ!」
「鬼一には『王を民とし、民を王と為す』という平等の信念がある。国を作り、実践しようとしている。素晴らしい。尊敬する。だが、同時に危うさも感じている。国の歴史とは積み上げだ。
民を王にする前に、天皇と民の間にいるものを王にする。ここまで私が許容できる範囲だ。中国のように地方に諸侯も作りたい。国司になっても任期が数年では百年先を見た地方政治は行えぬ」
「俺の考えには、ついていけないってことか?」
「私の政治をしたいだけだ。他意はない。今、時代は変わりつつある。案外、お前のほうが正しいのかもしれぬ。知っているか? すでに民に平等を与えた男のことを」
「ウソだろ? そんな者がいるのか! どこの国だ!」
「この京都だ。それとも黄泉の国と言うべきか。法然という僧が、『南無阿弥陀仏』と念仏をとなえれば、死後は民も平等に往生できると説いている。寺院を建てなくても、寄進をしなくてもだ。私はそんな考えにはついていけぬが、法然は民だけではなく公家の中にも信者を増やしている」
「ああー、死後の平等ってことね。驚かすなよ」
「私は大いに驚いている。おのれは武力で寺社を潰しているが、法然は念仏だけで大寺院を倒すかもしれん。さすがは天下一と言われる知恵と弁舌の持ち主だ」
「おもしろがってないか。広元が楽しそうに話すのを久しぶりに見たぞ」
「そうだ。世の変化はおもしろい」
この日から3日間。貴一は中原邸に泊まった。考えは違うとはいえ、貴一は出雲国に対する広元の意見を聞きたかったし、中国歴史オタの広元と話すのは楽しかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
貴一が鞍馬寺に帰ると、蓮華たちがフォーメーションを変えて練習をしていた。出場する神楽が決まったらしい。八坂神社で催される大神楽祭りの舞台は、正面に向けて踊る神楽殿ではなく、360度から見られる舞殿で行われる。センターステージのようなものだ。スペースの問題で踊るのは10名。他は楽器や舞台演出を手伝い、研修生の一部も参加することにした。
八坂神社は京都有数の神社だけあって、観客のキャパは3000以上ある。神楽隊全員で下見にいったらしく、蓮華を筆頭にみな気合が入っていた。
――ああ、みんなキラキラしてんなー。
貴一と他の兵たちは石臼でゴリゴリと石田散薬を作りながら練習を眺めていた。脚をつった子や捻挫した子に処方するためである。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大神楽祭り当日がやってきた。神社所属の巫女だけではなく、白拍子など新興の芸人にも舞台を開放していた。まあフェスみたいなものだ。午前中から始まった祭りは、食べ物を売る露店も出て、大盛況だった。舞台がよく見える本殿などの周りの建物はVIP席として、貴族にあてられていた。
貴一は神楽隊の出番を出雲大社の格式を持ち出して、八坂神社の巫女が踊る前、大トリ前にしてもらったが、初めのほうが良かったと後悔した。
演目が進んでいくうちに、神楽隊の緊張が増しているのが貴一にも伝わってきたからだ。京の観客は目が肥えているので、舞が下手だったりすると、罵声や嘲笑、中座するなど、露骨に態度で示す。彼女たちは舞台経験の数はどこにも負けないが、すべてホームでのライブでアウェイは始めてだった。
度胸のある蓮華でさえもピリピリしているのを見て、ヤバイと思った貴一は集合をかけた。
「京人はよそ者には厳しい。怖いのはわかる。でも大したことない。みんな忘れたのか? 石見国での戦いを。あのときの敵の目はこんなもんじゃなかったはずだよ。蓮華、あのときはどんな気分で踊ってた?」
「必死でした。舞を失敗しないよう無我夢中で。敵の動きからも目を離しちゃいけないって――」
「それだよ、それ! 必死に踊り、お客がどんな反応をしようと、稽古通りにやればいい。これは、みんなにとっての戦だ。気持ちで負けるな。よし、そろそろ出陣だ。行くぞ! 蓮華、気合掛け!」
「神楽隊~! ガッツだぜ!」
「「「ガッツだぜ!!!」」」
神楽隊の舞台が始まった。
柄が長い赤い旗を振りながら50名の神楽隊が音楽に合わせて2列縦隊で舞殿に向かっていく。そのまま舞台に上らず舞殿を左右から囲み、外から見えないようにした。曲が止まるタイミングに合わせて、旗が降ろされた。舞殿には10人の巫女が現れる。石見国の戦いでも使った演出だ。
狙い通り観客が湧いた。再び曲が始まる。蓮華たちは踊り始めた――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
30分の持ち時間が終わり、喝采の中、神楽隊は降りてきた。今日一番といって良いほどの歓声だ。客との一体感では出雲でのライブにおよばないが、彼女たちの動きもキレキレだった。そして彼女たちの充実した笑顔がライブの出来を証明していた。
――ああ、俺のほうが緊張しちゃったよ。
貴一は大きく息を吐くと、筋肉に強張りを感じるほど力を入れていたことに気付いた。
舞殿では、大トリの八坂神社の巫女たちが舞っていたが、貴一は見るのを止めた。神楽隊に比べれば、一段落ちるデキだ。
――これで、天下一の評判はもらったね。
八坂神社の出番が終わり、宮司による天下一の発表がされようとしたそのとき、境内にいる観客がざわつき始めた。
本殿で座っていた貴族の中から一人の女性が立ち上がり、舞殿に向かっていったのだ。
「あれは静御前じゃないか!」
「神の子だ! 出るのか?」
「天下一の白拍子!」
「まるで浮いているように歩く!」
貴一たちは、急いで見に行くと、舞殿は赤い煙に包まれていた、辺りをいい香りが漂っている。煙が晴れると白拍子が現れた。
「まるで天女のような……」
観客から感嘆の声が上がる。中には拝んでいる者までいた。
静は観客が静まるのを待って、踊り始める。
神楽隊のときは歓声や体の一部を叩いて称賛するものがいたが、静が踊っているときは、みな引き込まれた、人とは思えぬ動きから目を離さないために、観客は全身で集中し、息を吐くのも我慢しているようだった。静の衣が擦れる音さえ聞こえてくるような静寂の中、静の歌声が響く。
静香は10分ほど舞うと、深々と礼をした。
境内が静寂から一転、歓喜で爆発した。そう表現するしかないほどの観客の反応だった。神楽隊の中にも感動で涙を流している子が何人もいた。
そんな中、貴一だけが静を見ていなかった。踊る静の側にいた男が阿部国道だったからだ。
――煙はあいつの仕業だな。だが、陰陽師のトップがなぜ白拍子といっしょにいる? まさか……。
ズキン、体に痛みが走る。貴一は無意識に胸の古傷を触っていた――。
出迎えがないので部屋をのぞくと、いつものごとく座って書物を読んでいた。
――広元が立ってる姿を10年以上、見ていない気がする。
書物を読む手を止めず、こちらを見ずに広元は言った。
「泣く子も黙る大魔王がやってきたな。いや、騒ぐ坊主も黙る大魔王か。はははは」
「誰が大魔王だ。民のためにすっげー頑張ってんのにさー。仏と言ってほしいぐらいだよ」
「他にもあるぞ。神殺しのスサノオ。仏潰しのスサノオ」
「どっちの異名もお断りだ。なあ、広元。出雲国に来いよ。朝廷での昇進は止まったままなんだろ」
巻物を読む広元の手が止まった。
「まあな。みな才能を褒め、助言を求めにはくるが、私を朝議には参加はさせたくないらしい。国を思って書いた提案書も院の議題になったことはない。『後白河院に気に入られれば、側近として政治ができる』。そう言ってくれる者もいるが、気に入られるために和歌や蹴鞠を稽古するぐらいなら、学者として生を終えたほうが有意義だ」
「そんなこと言わずに、俺の国に来いよ。政治ができるぞ!」
「鬼一には『王を民とし、民を王と為す』という平等の信念がある。国を作り、実践しようとしている。素晴らしい。尊敬する。だが、同時に危うさも感じている。国の歴史とは積み上げだ。
民を王にする前に、天皇と民の間にいるものを王にする。ここまで私が許容できる範囲だ。中国のように地方に諸侯も作りたい。国司になっても任期が数年では百年先を見た地方政治は行えぬ」
「俺の考えには、ついていけないってことか?」
「私の政治をしたいだけだ。他意はない。今、時代は変わりつつある。案外、お前のほうが正しいのかもしれぬ。知っているか? すでに民に平等を与えた男のことを」
「ウソだろ? そんな者がいるのか! どこの国だ!」
「この京都だ。それとも黄泉の国と言うべきか。法然という僧が、『南無阿弥陀仏』と念仏をとなえれば、死後は民も平等に往生できると説いている。寺院を建てなくても、寄進をしなくてもだ。私はそんな考えにはついていけぬが、法然は民だけではなく公家の中にも信者を増やしている」
「ああー、死後の平等ってことね。驚かすなよ」
「私は大いに驚いている。おのれは武力で寺社を潰しているが、法然は念仏だけで大寺院を倒すかもしれん。さすがは天下一と言われる知恵と弁舌の持ち主だ」
「おもしろがってないか。広元が楽しそうに話すのを久しぶりに見たぞ」
「そうだ。世の変化はおもしろい」
この日から3日間。貴一は中原邸に泊まった。考えは違うとはいえ、貴一は出雲国に対する広元の意見を聞きたかったし、中国歴史オタの広元と話すのは楽しかった。
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貴一が鞍馬寺に帰ると、蓮華たちがフォーメーションを変えて練習をしていた。出場する神楽が決まったらしい。八坂神社で催される大神楽祭りの舞台は、正面に向けて踊る神楽殿ではなく、360度から見られる舞殿で行われる。センターステージのようなものだ。スペースの問題で踊るのは10名。他は楽器や舞台演出を手伝い、研修生の一部も参加することにした。
八坂神社は京都有数の神社だけあって、観客のキャパは3000以上ある。神楽隊全員で下見にいったらしく、蓮華を筆頭にみな気合が入っていた。
――ああ、みんなキラキラしてんなー。
貴一と他の兵たちは石臼でゴリゴリと石田散薬を作りながら練習を眺めていた。脚をつった子や捻挫した子に処方するためである。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大神楽祭り当日がやってきた。神社所属の巫女だけではなく、白拍子など新興の芸人にも舞台を開放していた。まあフェスみたいなものだ。午前中から始まった祭りは、食べ物を売る露店も出て、大盛況だった。舞台がよく見える本殿などの周りの建物はVIP席として、貴族にあてられていた。
貴一は神楽隊の出番を出雲大社の格式を持ち出して、八坂神社の巫女が踊る前、大トリ前にしてもらったが、初めのほうが良かったと後悔した。
演目が進んでいくうちに、神楽隊の緊張が増しているのが貴一にも伝わってきたからだ。京の観客は目が肥えているので、舞が下手だったりすると、罵声や嘲笑、中座するなど、露骨に態度で示す。彼女たちは舞台経験の数はどこにも負けないが、すべてホームでのライブでアウェイは始めてだった。
度胸のある蓮華でさえもピリピリしているのを見て、ヤバイと思った貴一は集合をかけた。
「京人はよそ者には厳しい。怖いのはわかる。でも大したことない。みんな忘れたのか? 石見国での戦いを。あのときの敵の目はこんなもんじゃなかったはずだよ。蓮華、あのときはどんな気分で踊ってた?」
「必死でした。舞を失敗しないよう無我夢中で。敵の動きからも目を離しちゃいけないって――」
「それだよ、それ! 必死に踊り、お客がどんな反応をしようと、稽古通りにやればいい。これは、みんなにとっての戦だ。気持ちで負けるな。よし、そろそろ出陣だ。行くぞ! 蓮華、気合掛け!」
「神楽隊~! ガッツだぜ!」
「「「ガッツだぜ!!!」」」
神楽隊の舞台が始まった。
柄が長い赤い旗を振りながら50名の神楽隊が音楽に合わせて2列縦隊で舞殿に向かっていく。そのまま舞台に上らず舞殿を左右から囲み、外から見えないようにした。曲が止まるタイミングに合わせて、旗が降ろされた。舞殿には10人の巫女が現れる。石見国の戦いでも使った演出だ。
狙い通り観客が湧いた。再び曲が始まる。蓮華たちは踊り始めた――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
30分の持ち時間が終わり、喝采の中、神楽隊は降りてきた。今日一番といって良いほどの歓声だ。客との一体感では出雲でのライブにおよばないが、彼女たちの動きもキレキレだった。そして彼女たちの充実した笑顔がライブの出来を証明していた。
――ああ、俺のほうが緊張しちゃったよ。
貴一は大きく息を吐くと、筋肉に強張りを感じるほど力を入れていたことに気付いた。
舞殿では、大トリの八坂神社の巫女たちが舞っていたが、貴一は見るのを止めた。神楽隊に比べれば、一段落ちるデキだ。
――これで、天下一の評判はもらったね。
八坂神社の出番が終わり、宮司による天下一の発表がされようとしたそのとき、境内にいる観客がざわつき始めた。
本殿で座っていた貴族の中から一人の女性が立ち上がり、舞殿に向かっていったのだ。
「あれは静御前じゃないか!」
「神の子だ! 出るのか?」
「天下一の白拍子!」
「まるで浮いているように歩く!」
貴一たちは、急いで見に行くと、舞殿は赤い煙に包まれていた、辺りをいい香りが漂っている。煙が晴れると白拍子が現れた。
「まるで天女のような……」
観客から感嘆の声が上がる。中には拝んでいる者までいた。
静は観客が静まるのを待って、踊り始める。
神楽隊のときは歓声や体の一部を叩いて称賛するものがいたが、静が踊っているときは、みな引き込まれた、人とは思えぬ動きから目を離さないために、観客は全身で集中し、息を吐くのも我慢しているようだった。静の衣が擦れる音さえ聞こえてくるような静寂の中、静の歌声が響く。
静香は10分ほど舞うと、深々と礼をした。
境内が静寂から一転、歓喜で爆発した。そう表現するしかないほどの観客の反応だった。神楽隊の中にも感動で涙を流している子が何人もいた。
そんな中、貴一だけが静を見ていなかった。踊る静の側にいた男が阿部国道だったからだ。
――煙はあいつの仕業だな。だが、陰陽師のトップがなぜ白拍子といっしょにいる? まさか……。
ズキン、体に痛みが走る。貴一は無意識に胸の古傷を触っていた――。
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