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4.戦うアイドル編
第32話(1177年10月) 因幡の惨劇
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貴一が練兵場で弁慶・熊若や百人隊長候補20名に鬼指導していると、蓮華が神楽隊副隊長の小夜に支えられながらやってきた。怪我をしたのか足をひきずっている。貴一は蓮華のほうを見ずに言った。
「隠れて静御前の舞を稽古したな。小夜ちゃん、何で蓮華を止めなかった。真似をすると危険だから、練習させないでって、言ってあったよね」
「申し訳ありません!」
「小夜を責めないでください! 私が無理を言って――」
「もういい――言ってもわからないなら、見て納得しろ」
貴一はため息をついた。
「弁慶、3日後にここにいる者たちだけで、因幡国(鳥取県東部。伯耆国を挟んで右隣)に潜入する支度をしろ。蓮華と小夜ちゃんもついて来い」
「私たちも行くんですか? 蓮華は足をケガしています」
「だから、連れて行くんだよ」
理解できないという顔をする蓮華と小夜を無視して、貴一は熊若に命じる。
「今から騎馬隊を編成して、因幡国の国府近くまで侵入し、火を放て。できるだけ派手にな。ただし、戦闘は禁止だ。向こうの国司を慌てさせるだけでいい。では、解散! 3日に集合ね!」
そう言い残し、貴一はさっさと帰っていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
3日後、出雲国を発った貴一たちは、伯耆国(鳥取県西部)を通過し、因幡国へ潜入した。そして2日後には因幡国府が望める高台にいた。
「よくやった熊若。正体不明の敵に、相当警戒しているようだ。かなりの兵を集めている」
「2000近くはいます。どうされるおつもりで」
「お前たちを安心させたいと思ってね」
貴一は熊若と百人隊長候補生たちに言うと、今度は蓮華のほうを振り向いて悲しげに言った。
「蓮華、静御前は特別なんだ。あれは人ではない。俺と同じくだ……」
――後は覚悟を決めるだけ。上手くいってくれよ。調合は合っているはず……たぶん!
貴一は願うような表情で、手のひらに持っていた小壺を強く握りしめた。
パキッという音がしたかと思うと、貴一の身体は赤い煙に包まれた。
「小夜ちゃん、これって!」
「うん、静御前のときと同じ香り……」
「じゃあ、行ってくるね。蓮華、今なら異変に気付くはず。そのときは、頼んだぞ」
貴一はゆっくりと2000の兵に向かって歩いて行った――。
貴一を問いただした兵の首が舞い上がるのを合図に惨劇の幕が開いた。敵の集団が戸惑い、侮り、怒り、恐怖と変わっていく。薄い煙をまといながら貴一が太刀を振るう。相変わらず常人離れした動きだ。だが、だんだんと貴一の動きが不規則になっていくのを見て、蓮華は首をかしげた。
しかし、弁慶たちは感嘆の声を上げ始める。
「なんと美しい……」
「天空を舞っているようだ」
静御前のときと同じく感動して涙を流している者もいた。恍惚の表情を浮かべながら、ふらふらと前に出る小夜の肩を蓮華が掴む。
「どうしたの小夜ちゃん! みんなも変よ! あれが美しいっておかしいわ! しっかりして!!!」
蓮華が叫ぶと、みながピクッと反応した。そして、数人が正気に戻った。
われに返った弁慶が熊若に言った。
「これは、どういうことだ。なぜ、鬼一が殺しまくる姿を見て、俺は感動していたのだ……」
「あの赤い煙……。法眼様の術かもしれません。蓮華さんがかからなかったのは、足の痛みのせいだと思います。弁慶殿、まだ術にかかっている兵たちがいます。叩いて術を解きましょう」
二人はぼーっとしている兵たちを張り倒していった。
「蓮華ちゃん、これって――」
頭を押さえながら小夜が言った。
「静御前の舞いのときと同じよ、小夜ちゃん。あれは術だったのよ! 煙を吸わせて、術者の動きに集中させると――」
「人がおかしくなるのだな。見ろ、敵にもぼーっと突っ立っているのが多い」
兵を正気に戻した弁慶が蓮華の側に立った。
それからは全員で貴一の戦いを見ていた。
「熊若、鬼一が強いのはいつものことだが、何か変ではないか?」
「はい、容赦がないというか。心を感じないというか……。法眼様自身も術にかかっているような……」
「あの強さは大将として頼もしいことこの上無い――だが、まずい。武者以外も無差別に殺し始めている……。熊若、小娘を連れて帰れ。鬼一のあんな姿は見なくていい」
「承知しました。弁慶隊は?」
「鬼一が暴れ終わるまで見届ける。あの様子だ。戦い終わったらぶっ倒れるだろう。誰かが連れて帰らにゃあならん」
熊若が蓮華たちを馬に乗せて去っていくと、弁慶は兵に召集をかけた。
「さて、小娘どもはいなくなった。残っているのは百人隊長と百人隊長候補生だけだ。今から大人の話をしよう。わしらの大将は術で大魔王になっておる。あの通り、民を含め誰彼構わず殺す始末だ。
止めようなどと思うな。わしらには無理だ。収まるまで放っておくしかない。だがな、鬼一はわしらの国の英雄だ。現人神スサノオだ。あんな姿は他の者には知られたくはない。みなもそう思わぬか?」
百人隊長たちは大きくうなずいた。弁慶の顔から表情が消える。
「じゃあ今から慈悲を捨てろ。国府から一人として生きて逃がすな……たとえ女子供であろうともだ。行け!」
弁慶は非情な命令を下した。百人隊長たちが散って行く。さらなる惨劇の始まった。
日が昇るころ、因幡国の国府は死者の街になっていた――。
「隠れて静御前の舞を稽古したな。小夜ちゃん、何で蓮華を止めなかった。真似をすると危険だから、練習させないでって、言ってあったよね」
「申し訳ありません!」
「小夜を責めないでください! 私が無理を言って――」
「もういい――言ってもわからないなら、見て納得しろ」
貴一はため息をついた。
「弁慶、3日後にここにいる者たちだけで、因幡国(鳥取県東部。伯耆国を挟んで右隣)に潜入する支度をしろ。蓮華と小夜ちゃんもついて来い」
「私たちも行くんですか? 蓮華は足をケガしています」
「だから、連れて行くんだよ」
理解できないという顔をする蓮華と小夜を無視して、貴一は熊若に命じる。
「今から騎馬隊を編成して、因幡国の国府近くまで侵入し、火を放て。できるだけ派手にな。ただし、戦闘は禁止だ。向こうの国司を慌てさせるだけでいい。では、解散! 3日に集合ね!」
そう言い残し、貴一はさっさと帰っていった。
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3日後、出雲国を発った貴一たちは、伯耆国(鳥取県西部)を通過し、因幡国へ潜入した。そして2日後には因幡国府が望める高台にいた。
「よくやった熊若。正体不明の敵に、相当警戒しているようだ。かなりの兵を集めている」
「2000近くはいます。どうされるおつもりで」
「お前たちを安心させたいと思ってね」
貴一は熊若と百人隊長候補生たちに言うと、今度は蓮華のほうを振り向いて悲しげに言った。
「蓮華、静御前は特別なんだ。あれは人ではない。俺と同じくだ……」
――後は覚悟を決めるだけ。上手くいってくれよ。調合は合っているはず……たぶん!
貴一は願うような表情で、手のひらに持っていた小壺を強く握りしめた。
パキッという音がしたかと思うと、貴一の身体は赤い煙に包まれた。
「小夜ちゃん、これって!」
「うん、静御前のときと同じ香り……」
「じゃあ、行ってくるね。蓮華、今なら異変に気付くはず。そのときは、頼んだぞ」
貴一はゆっくりと2000の兵に向かって歩いて行った――。
貴一を問いただした兵の首が舞い上がるのを合図に惨劇の幕が開いた。敵の集団が戸惑い、侮り、怒り、恐怖と変わっていく。薄い煙をまといながら貴一が太刀を振るう。相変わらず常人離れした動きだ。だが、だんだんと貴一の動きが不規則になっていくのを見て、蓮華は首をかしげた。
しかし、弁慶たちは感嘆の声を上げ始める。
「なんと美しい……」
「天空を舞っているようだ」
静御前のときと同じく感動して涙を流している者もいた。恍惚の表情を浮かべながら、ふらふらと前に出る小夜の肩を蓮華が掴む。
「どうしたの小夜ちゃん! みんなも変よ! あれが美しいっておかしいわ! しっかりして!!!」
蓮華が叫ぶと、みながピクッと反応した。そして、数人が正気に戻った。
われに返った弁慶が熊若に言った。
「これは、どういうことだ。なぜ、鬼一が殺しまくる姿を見て、俺は感動していたのだ……」
「あの赤い煙……。法眼様の術かもしれません。蓮華さんがかからなかったのは、足の痛みのせいだと思います。弁慶殿、まだ術にかかっている兵たちがいます。叩いて術を解きましょう」
二人はぼーっとしている兵たちを張り倒していった。
「蓮華ちゃん、これって――」
頭を押さえながら小夜が言った。
「静御前の舞いのときと同じよ、小夜ちゃん。あれは術だったのよ! 煙を吸わせて、術者の動きに集中させると――」
「人がおかしくなるのだな。見ろ、敵にもぼーっと突っ立っているのが多い」
兵を正気に戻した弁慶が蓮華の側に立った。
それからは全員で貴一の戦いを見ていた。
「熊若、鬼一が強いのはいつものことだが、何か変ではないか?」
「はい、容赦がないというか。心を感じないというか……。法眼様自身も術にかかっているような……」
「あの強さは大将として頼もしいことこの上無い――だが、まずい。武者以外も無差別に殺し始めている……。熊若、小娘を連れて帰れ。鬼一のあんな姿は見なくていい」
「承知しました。弁慶隊は?」
「鬼一が暴れ終わるまで見届ける。あの様子だ。戦い終わったらぶっ倒れるだろう。誰かが連れて帰らにゃあならん」
熊若が蓮華たちを馬に乗せて去っていくと、弁慶は兵に召集をかけた。
「さて、小娘どもはいなくなった。残っているのは百人隊長と百人隊長候補生だけだ。今から大人の話をしよう。わしらの大将は術で大魔王になっておる。あの通り、民を含め誰彼構わず殺す始末だ。
止めようなどと思うな。わしらには無理だ。収まるまで放っておくしかない。だがな、鬼一はわしらの国の英雄だ。現人神スサノオだ。あんな姿は他の者には知られたくはない。みなもそう思わぬか?」
百人隊長たちは大きくうなずいた。弁慶の顔から表情が消える。
「じゃあ今から慈悲を捨てろ。国府から一人として生きて逃がすな……たとえ女子供であろうともだ。行け!」
弁慶は非情な命令を下した。百人隊長たちが散って行く。さらなる惨劇の始まった。
日が昇るころ、因幡国の国府は死者の街になっていた――。
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