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5.源氏旗揚げ編

第35話(1179年12月) 横暴の代償

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 後白河法皇幽閉の報から1カ月。貴一たちの元にも詳しい情報が集まってきた。鹿ケ谷事件以降、緊張関係にあった平清盛と後白河法皇だが、後の安徳天皇が産まれたことにより均衡が崩れ始める。清盛は生後間もなく立太子に定め、周りに平家派しか仕えさせなかった。露骨な朝廷の私物化、後白河外しを行った。
 対する、後白河は清盛の長男・重盛が病で亡くなると、その遺領を取り上げた。
 これに怒った清盛が福原から大軍で上洛したのが、今回のクーデターである。


 出雲大社・本殿

 貴一、鴨長明、弁慶、熊若が集まって作戦会議を開いた。この機にどう乗じるかを決めるためである。
 長明が京からの報告をまとめていた。

「此度の変で、反平家の貴族は朝廷から追放されました。異例の数です。そして空いた席には平家一門が座り、その結果、これまで17カ国だった平家の所領は32カ国に倍増。66カ国ある日本のおよそ半分が平家のものとなりました」

「そんな横暴がまかり通るのか?」

 弁慶があきれて言う。
 熊若が貴一に聞いた。

「これが、法眼様の言われていた革命ですか?」

「違うね。院政を止めて朝廷を乗っ取っただけだ。政治機構は変わっていない。ただの政権闘争だよ。日本の半分しか奪わないのも中途半端だ。どうせ悪名を被るんだから遠慮してもしょうがないのにね。これが平家、いや清盛の器ってことさ。みずから限界を示している」

 長明が反論する。

「限界を考えるのは当然でしょう。スサノオ様はそう言われますが、急に統治国が増えすぎても治めきれずに、混乱を招くだけです。平家の横暴に対して、奈良の興福寺を中心に反平家の気運も高まっております。平家は増えた領地を守るのに苦労するでしょう」

「いや、革命ってのはさ。治めるかどうか考える前に、現状を破壊するもんなんだよ!」

 熊若が貴一の袖を引っ張る。

「ああ、ゴメン。革命の話じゃなかったね。俺たちが考えなきゃならないのは、この状況をどう利用するかだ。長明、出雲大社の周辺国で、新しく平家の所領になった国は?」

「備中国(岡山県西部)、周防国(山口県東南部)、伯耆国(鳥取県西部・中部)。すでに平家の所領である、安芸国・備後国(広島県)を加えると、我が国の周りはすべて平家領となります。このままでは……」

「そうだ。勢力拡大のためには必ず平家と戦わなければいけなくなる。やるなら平家が完全に山陰山陽を掌握する前がいい」

「鬼一よ、こちらの兵は増えたとはいえ1万1000。勝てるか?」

「守りにまわった時点で俺たちの負けだよ。出雲と周防の両端から攻められれば、それこそ兵数が足りない。だが、こちらから先手を取れば、兵数を一方に集中できる」

「スサノオ様の言う通りです。平家が動員できるのは、今なら6万前後。ですが、倍増した所領が落ち着く3年後には、12万前後になるでしょう。そうなれば、万が一にも勝ち目はありません」

 長明の分析に弁慶がうなった。

 話し合いの結果、攻め口は出雲国の右隣の伯耆国(鳥取県西部・中部)に決まった。
 国としては周防国のほうが豊かで港もあったが、平家水軍と戦えるだけの船を出雲大社は持っていない。蒸気船の研究を優先させているからだ。

「よし、雪が解け次第、伯耆国へ攻めこもう。平家軍が来る前なら、敵は3000ほどだ。田植え時期の前までに落とすぞ。弁慶、戦が始まったら寝ているヒマは無いと思え」

「人使いが荒いな。だが、おぬしの地獄のシゴキから解放されるから兵は喜ぶかもしれん」

 そう言って弁慶は笑った。
 ここ一年、貴一はダイエットを兼ねて練兵していたので自然と訓練時間が長くなった。兵にしてみれば、とばっちりもいいとこである。怪我人や脱落者が続出したが、その分、兵たちは精強になった。

 冬の間、貴一は兵の訓練を弁慶と神楽隊に任せると、チュンチュンと鍛冶工場にこもった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 1180年3月。出雲大社は8000の兵で伯耆国へ攻め込んだ。倍以上の兵での奇襲侵攻である。伯耆国府をはじめ、地元豪族・寺社勢力を落とすのに1カ月もかからなかった。
 平家本軍との戦に備え、伯耆国と因幡国の国境近くにある馬ノ山に陣地を築く。

 馬ノ山は北に日本海、西に東郷池からの50m幅の水路がある守りやすい山だ。戦国時代には毛利の吉川元春が6000の兵で羽柴秀吉の3万以上の大軍を迎え撃った山でもある。そのときは吉川が西の水路にかかっている橋を落とし、船の魯を切り落として背水の陣を敷いた。秀吉は吉川軍の士気の高さと、大雪の中の戦闘で損害が出ることを嫌がり、軍を播磨に引いたのだった。

「おい、もう開墾するのか? これから平家と戦うのだろう」

 弁慶が続々と運びこまれる蒸気トラクターを見て貴一に言った。

「戦に使えないかチュンチュンと試行錯誤しているんだけど、どうも上手く行かないんだよ。で、諦めきれないから、こっちに持ってきて考えることにした。ダメだったら開墾に使えばいいしね」


 しかし、田植えが終わった民兵が伯耆国へ戻ってきても平家軍が来る気配は全くなく、貴一たちは拍子抜けした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 伯耆国陥落の報が京に届いた4月。平清盛は出雲大社を討つために兵に動員をかけた。5月には4万の兵が京に集まっていたが、平時忠が「大事の前の小事」と言って、出陣を引き止めた。清盛をはじめ平家一門は時忠を非難したが、翌月には納得することになる。

 6月に後白河法皇の第三皇子である以仁王がの平家追討の令旨を全国の源氏に発したことが発覚したのだ。準備が整う前に追い込まれた以仁王はわずかな兵で挙兵し、あっけなく平家に討たれてしまった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 7月。出雲大社・大神殿の回廊

 貴一は照り付ける太陽の下、京の方向を見つめていた。

――検非違使別当(警視庁長官)は時忠様だ。あの人の目からは誰も逃れられるわけがない。

「スサノオ様、京では福原(神戸)への遷都が決まり、大騒ぎだそうです。そして、とうとう我が国にも以仁王の令旨を持った武士がきました」

 長明の報告を危機ながら貴一は思う。

――ここからの歴史なら知っている。源頼朝が挙兵し、驕る平家は滅ぶ……。

「鬼一、次の侵攻はどうする?」

 大神殿の長階段を上ってきた、弁慶が貴一に声をかける。

「今年の夏は暑くなりそうだね――」

「何を言っている、鬼一」

「たしかに今年の日照りは異常です。梅雨もありませんでした。しかし、心配はいりません。我が国の蒸気揚水ポンプをすべて稼働させ、整備させた水路に水は行き渡るようにしています。新しく獲得した伯耆国以外は……」

「やはり、伯耆国は干ばつになるか……」

「以仁王の令旨に対してはどうされます? お受けしますか」

「俺が以仁王なんかの命令で戦うわけないだろ。長明が適当に応対してくれ。令旨の紙はハイジとペーターにでも食わせればいい」

「スサノオ様、そのヤギですが……」

 出雲のヤギのアダムとイヴであるペーターとハイジは子供を年4倍のペースで増やし、今や1000頭を超えている。牧からも逃げ出し民から苦情が来ていた。

「みんなも食べればいいのに。製鉄師の連中も乳は飲むようになったけど、肉を食う奴はほとんどいない。何か方法を考えなきゃね」

「おい、鬼一。戦は! 動かんのか?」

「ああ。平家領を攻めるのは他で反乱が起こった後だ。がっかりした顔をするなよ。そう遠くない未来に戦はある。それまでは石見国内の石見銀山を落としておいて。鉄心も財源が飛躍的に増えて喜ぶだろう」

 元々、石見国内に飛び地のような形であった石見銀山だ。民兵で囲むだけで簡単に降伏させられる。弁慶は物足りない顔をして大神殿の階段を降りて行った。



 8月。源頼朝が伊豆で挙兵した。

 日本中を巻き込む源平動乱の幕が上がる――。
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