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6.木曽義仲編

第43話(1183年9月) 鬼一流兵法の奥義

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 因幡国・弁慶が守る山砦

 熊若は弁慶隊と熊若騎馬隊の小隊長が集まるのを待っているとき、鞍馬寺の修業時代を思い出していた。

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 貴一が、遮那王しゃなおうと呼ばれていた義経と熊若に話しかけている。

「お前たちは良く兵法書を学んだ。子供なのに大したもんだよ。免許皆伝の証として、鬼一流の奥義を伝える」

 義経と熊若が正座する。

「戦う前に敵の思い込みを見つけろ。そしてその裏を突け。そうすれば必ず勝てる」

 義経が聞く。

「敵の思い込みが見つからないときは?」

「自分を含めた世の中の思い込みを探すんだ。かのカール・マルクスは言った『全てを疑え』と!」

 決まった、という顔している貴一をよそに、義経が小声で熊若に聞く。

「なあ、熊若。そんな名前、兵法書に書いてあったっけ?」 

「法眼様の心の師匠だよ」

義経が聞く。

「それでも見つからなかった場合は?」

「チッ、しつこいなーお前は。人の奥義にケチをつけるんじゃないよ。思い込みが無ければ作ればいい。諸刃の剣だけどね。作為が見抜かれると、熊若に襲い掛かった赤禿あかかむろのようになる」

 熊若は大きくうなずいた。

 昔、貴一と熊若は時忠直属の密偵部隊・赤禿に襲われたことがあった。赤禿は赤の衣服で統一されているのだが、一人だけ土色の衣服を着ている者がいた。敵は赤色しかいないという思い込みに潜ませた伏兵だった。熊若は注意深く敵を観察したため、敵の策を見抜いて倒すことができた。
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 各小隊長が集まってきた。熊若はもう一度、策を頭の中で整理する。

――義仲軍の自由にさせておくことが、思い込みを作ることになる。

「陽が沈むまでは敵の好きにさせます。これは、反撃のための我慢です。夜には必ず復讐します。今からその作戦を伝えます」

 熊若は棒を持つと地面に線を引き始めた――。

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 夕暮れになると山砦と水田を挟んだ反対の山の麓で、義仲軍が野営の準備を始めた。

「やはり、寺社の神人だ。戦が怖いと見える」

「いや、先日の騎馬武者のこともあります。何か考えているかもしれませぬ」

 傷の手当を終えた、今井兼平かねひらが木曽義仲に忠告する。
 義仲は振り返って積み上げられた稲穂を見る。

「それなら、因幡国の米をすべて奪うのみ。見ろ、この米の多さを。これで頼朝ごときに大きな顔をさせぬ。法皇もわしを認めざるを得ないだろう」

「このような豊かな国が後4つもあると思えば、兵糧の心配とも無縁になります。それにしても、驚くべき国ですな」

 兼平は紙を拡げて言った。
 偵察に調べさせた道が書き込まれているのだが、京の地図かと思うほどに升目上に道が整備されていた。道と道の間隔は1kmほどある。各道の交差したところには鉄の棒が差してあり、本数と置き方で位置がわかるようになっていた。

「あの大きな鉄の塊は、何なのか分かったか?」

 義仲は民を惨殺した後の村をいくつか見て回ったのだが、そこには必ず大きな鉄の塊があった。

「いいえ。民を少しは生かしておくべきでしたな。おそらく大陸からの渡来人が多く住んでいるのではないでしょうか。我らには知らないことばかりです」

「あの砦にいる臆病者を拷問すればわかるだろう。兼平、稲を刈り終わったら、砦を攻めるぞ。その地図を兵に覚えさせておけ。簡単な道だ。馬鹿でもわかる」

 義仲は立ち上がると、巴御前を連れて自分の宿所に向かっていった。


 その夜、野営の警備にあたっている兵が「敵襲!」と叫んだ。
 義仲は寝所でがばりと起きた。だが、慌てることはなかった。巴御前と目を合わせるとにやりと笑う。

「芸が無いな。わしらは暗闇を怖れる平家とは違う」

「はい、夜襲はこちらが得意とするところ」

 義仲軍の対応は早かった。兼平が火矢が降り注ぐなか、軍を叱咤している。

「落ち着け! 敵の数はこちらの半分以下だ! 慌てて神人相手に恥をさらすな! 騎馬隊、いつでも出れるようにしておけ!」

 野営場所には5つの道が繋がっていて、今は中央の3つの道から火矢が飛んできている。兼平は守りを固めさせていたが、兵が押し寄せてくることはなかった。

 鎧を身に着けた義仲がやってきて兼平の横に馬を寄せる。

「臆病な敵らしい。太刀を交わさずに戦わずに砦に帰る気か? だが、そうはさせぬ。兼平と巴は敵がいない左端と右端の道からをそれぞれ兵を率いて砦に向かえ! 左右から包み込むのだ。わしは敵が来ている3つの道を攻め上がる」

 義仲6000、今井兼平2000、巴御前2000の形で兵を分け、左右に回り込む役の兼平と巴御前に騎馬隊を与えた。

「別動隊は他の者にお命じください。わたしは殿のお側で戦いとうございます」

「わがままを申すな。一刻(2時間)ほど離れるだけではないか」

 義仲軍の中から馬のいななきが多く聞こえると、敵兵は退きはじめた。

「さあ、狩りの時間だ! 我が狼よ! 敵を食い殺せ!」
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