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8.源氏の将星編

第62話(1184年12月) 備前の戦い⑤・謎の騎馬隊

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(出雲大社軍神楽隊・蓮華視点)

 機甲隊の裏では、謎の騎馬隊の奇襲により神楽隊の小隊が次々と襲われていた。

「もー、なんで弱いメンバーの小隊ばかり敵に当たるの! ツイてないわ!」

 崩れた小隊の兵が逃げ散ることで、混乱が少しずつ全軍に広がろうとしていた。

「蓮華隊! 前に出るわよ! あんな少数の敵、跳ね返してやるんだから」

 だが敵の騎馬隊は蓮華にはぶつからず、直前で右に曲がると違うメンバーの小隊に向かっていった。足の遅い神楽隊では追いつけない。

「んもう! 憎らしい!――えっ、この香りは?」

 蓮華隊の前列の兵が手をだらりと下げ、槍を地面に落としていた。蓮華の顔色が変わる。

「みんな、聞いて! 甘い香りを嗅がないよう布で顔を抑えるの。眠くなった人は腕に槍を刺してでもいいから痛みを感じて!――伝令! スサノオ様に伝えて! 甘い香りの敵と言えばわかるはず!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(謎の騎馬隊視点)

「おもしろい。濃い赤色がどんどん薄くなっている――もう止めていいぞ、静。みな口に当てている布を外せ。スースーするのもツライだろう」

 蓮華隊を振り返って義経は言った。ミントを入れた覆面を取る。
 弁慶隊が戻ってきて義経に襲い掛かってきたが、静御前がクナイを投げて倒した。

「凄腕だな。護衛の熊若がもうすぐ去ってしまうが、静がいれば安心だ。後はあの走る鉄塊だが――」

「安倍国通様に聞けば、あれが何なのかはわかるやもしれません」

「うむ。陰陽師殿は何でも知っているからな」

 義経は何かに気づいたように遠くを見た。

「凄い気だ――鬼一法眼か? 火柱がこちらに向かってくるようだ」

「殿、あの男は危険です。静でも守り切れる自信はございません」

「――そうか。わかった。源氏軍の逃げる時も稼いだ。戦場から離れよう。陰陽師殿への土産も取りに行かねばならぬからな」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(出雲大社軍・貴一視点)

「逃げ足のはえー野郎ですね。もう見えなくなっちまった」

 楊柳は謎の騎馬隊が消えた方向に手をかざして言った。

――誰だったんだ。安倍か? 静御前か? 

「源氏軍も逃げてしまったね。全軍に伝えろ。備中国へ引き上げる」

「えー、この勢いで備前国を奪っちまいましょうよ」

「今の奴らが夜襲をかけてくるとやっかいだ。それに思ったより負傷者が多い」

 出雲大社軍はカグヅチストーブを回収すると、備中国への帰途についた。

 源氏軍の死傷者は3万のうち1万5000。出雲大社軍は2万のうち3000を失って、備前国での戦いは幕を閉じた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 備前の戦から一カ月後。備中国府庁舎の一室

「平家と戦わないというのであれば、源氏軍に行くぞ」

 貴一に真っ黒に焼けた顔を近づけて話す男は、1181年以来、ずっと反平家の旗を掲げ、ゲリラのように抵抗を続けている伊予の河野通信こうの みちのぶだ。年は28歳。平家に討たれた父の後を継ぎ、海の武士ともいえる伊予水軍を率いている。

 平家の勢力圏である瀬戸内海で、4年近く戦い抜いていることだけとっても、水軍運用の非凡さがうかがえる。貴一もその才能が欲しく、兵糧の援助をしていた。

 貴一は目を下にそらしながら、膳に箸を伸ばす。

「いつもながら、通信殿が持ってくる鯛は美味いねー。やっぱ鯛は瀬戸内だな」

「ごまかすな。平家を倒せば、二度と鯛を食べたくないと思うほど、漁ってきてやる」

「うーん、嫌だってワケじゃないんだ。備前の戦いが終わったら九州の太宰府を攻めるつもりだったし。だけどねえ――」

「煮え切らんな――実は源義経から誘いが来ている。源氏の水軍に加わり、ともに平家を討とうと。働けば伊予国も与えると言ってくれた」

 出雲大社国の民は私有地を持たない。豪族もいない。幹部・軍人も官僚が建前である。だから、貴一は援助をしても領土の確約はしなかった。

「スサノオ殿は気前がいいのかケチなのか? 平家を倒すのか倒さないのか? ハッキリしろ! わしは海の男。わかりづらいのは嫌いだ」

「えーっとね。迷っているワケじゃないんだ」

「もういい! わしは源義経の軍に加わることにする!」

 河野通信は立ち上がると、荒々しく足音を立てて出て行った。

――そりゃ、怒るよなあ。でも正直には話せないよ。軍がゴタゴタしていて攻めるどころじゃないなんてね……。

 国府庁舎の役人が部屋に入ってきた。

「長明様が大広間でお待ちです。すでに、弁慶様、木曽義仲様は来ておられます」

「わかった。今、行くよ……」

 貴一は立ち上がると重い足取りで、長明が待つ広間に向かっていった――。
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