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13.草薙の剣編
第88話(1185年12月) 草薙の剣
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蕨姫の屋敷の庭
熊若の針剣から飛び出した針が蕨姫に突き刺さろうとしたそのとき、大きな影がかばうように立ちふさがった。針が深々と突き刺さる。
だが、大きな影は何事もなかったように蕨姫に近づいていった。
月明りに赤いキャミソールがきらめく。
「チュンチュン!」
チュンチュンは針を抜いて捨てた後、敗れたキャミソールからハミ出たお腹を悲しそうにポリポリとかいていた。左手には気を失った小夜を抱いている。
再び構える熊若を無視して、チュンチュンは紙を蕨姫に渡す。
紙を見た蕨姫の顔がぱっと輝いた。
「熊若様! 巴様! 剣をおろしてください! 草薙の剣の場所をお教えいたしますわ!」
「それって……」
「スサノオ様がわたしを妻にすると書いてあります。そして、熊若様にすべてを話すようにと――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
草薙の剣の場所について話した後、蕨姫と熊若の表情は対照的だった。
「わたしは自分のために草薙の剣を使いましたが、スサノオ様は人のためにお使いになる。なんて素晴らしい方なんでしょう。ますますお慕いいたしますわ」
熊若は沈んだ声でチュンチュンに問いかける。
「僕が蕨姫を襲わなければ、この手紙をチュンチュンが使うことはなかった。そうだろう? 僕の行動が法眼様の婚姻を決めたんだね……」
巴御前が熊若をなぐさめるように言う。
「熊若殿、考えすぎないほうが良い。スサノオ様は南宋で婚姻して聞き出すつもりだったのかもしれない。それと、今夜のことは4人の秘密にしましょう」
巴御前は覆面が外れた小夜を見る。
「いえ、6人ね。弁慶殿にも話しておきましょう」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日、出雲大社・大宮司の鴨長明から貴一と蕨姫の婚約が発表されると、出雲中が祝賀ムードに沸き立った。昨日の引き続きタダ酒が振舞われ、大神楽が1日延長されたような賑わいだった。
蕨姫を乗せて出港する港にも大勢の民がお祝いと見送りに集まっていた。
港から少し離れた丘で旅装した熊若が船を見ている。
「裏切者」
小夜が熊若を睨みつける。
「他に方法が無かった」
「全部聞いたわ。スサノオ様が婚姻することで剣の場所を聞き出したって。でも、それって蓮華を救うことになるのかしら」
「法眼様は善意で――」
「偽善よ。蓮華を助けるようでいて、蓮華の心を傷つける行為だわ。スサノオ様は自分で救おうとしない。蓮華と向き合っていない。逃げているのよ!」
「法眼様はどうだっていい! 僕が蓮華ちゃんを救う! 心もだ!」
小夜が驚いた顔で熊若を見る。
「熊若君、もしかして――」
小夜の言葉には応えず、熊若は馬に飛び乗ると走り去った。
――蓮華のこと、お願いします。
小夜は熊若の姿が見えなくなっても頭を下げていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1カ月後、霧の神社境内に熊若はいた。手には絹布に包まれた草薙の剣を持っている。
ザッ、ザッ。玉砂利を踏む音がすると、安倍国道が包帯に全身を包まれた女とともに現れた。
「それが、草薙の剣か。見せてみよ」
熊若は片方の手で針剣を構える。口はハッカを染み込ませた布で覆っていた。
「蓮華ちゃんはどこだ?」
「何を言っておる、ここに――」
ウギャッ! という悲鳴とともに女が倒れる。眉間に針が刺さり、ほどけた包帯から見えた顔は蓮華とは別人だった。
針剣を振り下ろした熊若が言う。
「蓮華ちゃんはどこだ?」
「倉の中に閉じ込めている。ここから逃げたのでな。愚かな女だ。逃げてから3日後に陰陽師が捕えたときには衰弱しきっていた」
「どういうことだ!」
「百号は霧無しだと長くは生きられぬ。だから解放したところで、霧の神社から出ることはできない」
「治すんだ!」
「フハハハ! 頼む相手を間違えてないか。私は医者ではない。陰陽師だ。治すなど考えたことすら無い。さあ、そなたが約定を守る番だ。草薙の剣を渡せ」
「渡せない、治す方法を考えろ」
「困った男だ」
チリン、国道が鈴を鳴らすと、陰陽師と強化人間である因幡衆が太刀や斧を手に現れた。
「約定を破ったのはそなただ。遠慮はせぬぞ」
国道はゆっくりと手を挙げる。下した時が攻撃の合図だ。
「いいや、遠慮してもらう」
熊若は針剣を納めると、絹布から草薙の剣を取り出して構えた――
熊若の針剣から飛び出した針が蕨姫に突き刺さろうとしたそのとき、大きな影がかばうように立ちふさがった。針が深々と突き刺さる。
だが、大きな影は何事もなかったように蕨姫に近づいていった。
月明りに赤いキャミソールがきらめく。
「チュンチュン!」
チュンチュンは針を抜いて捨てた後、敗れたキャミソールからハミ出たお腹を悲しそうにポリポリとかいていた。左手には気を失った小夜を抱いている。
再び構える熊若を無視して、チュンチュンは紙を蕨姫に渡す。
紙を見た蕨姫の顔がぱっと輝いた。
「熊若様! 巴様! 剣をおろしてください! 草薙の剣の場所をお教えいたしますわ!」
「それって……」
「スサノオ様がわたしを妻にすると書いてあります。そして、熊若様にすべてを話すようにと――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
草薙の剣の場所について話した後、蕨姫と熊若の表情は対照的だった。
「わたしは自分のために草薙の剣を使いましたが、スサノオ様は人のためにお使いになる。なんて素晴らしい方なんでしょう。ますますお慕いいたしますわ」
熊若は沈んだ声でチュンチュンに問いかける。
「僕が蕨姫を襲わなければ、この手紙をチュンチュンが使うことはなかった。そうだろう? 僕の行動が法眼様の婚姻を決めたんだね……」
巴御前が熊若をなぐさめるように言う。
「熊若殿、考えすぎないほうが良い。スサノオ様は南宋で婚姻して聞き出すつもりだったのかもしれない。それと、今夜のことは4人の秘密にしましょう」
巴御前は覆面が外れた小夜を見る。
「いえ、6人ね。弁慶殿にも話しておきましょう」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日、出雲大社・大宮司の鴨長明から貴一と蕨姫の婚約が発表されると、出雲中が祝賀ムードに沸き立った。昨日の引き続きタダ酒が振舞われ、大神楽が1日延長されたような賑わいだった。
蕨姫を乗せて出港する港にも大勢の民がお祝いと見送りに集まっていた。
港から少し離れた丘で旅装した熊若が船を見ている。
「裏切者」
小夜が熊若を睨みつける。
「他に方法が無かった」
「全部聞いたわ。スサノオ様が婚姻することで剣の場所を聞き出したって。でも、それって蓮華を救うことになるのかしら」
「法眼様は善意で――」
「偽善よ。蓮華を助けるようでいて、蓮華の心を傷つける行為だわ。スサノオ様は自分で救おうとしない。蓮華と向き合っていない。逃げているのよ!」
「法眼様はどうだっていい! 僕が蓮華ちゃんを救う! 心もだ!」
小夜が驚いた顔で熊若を見る。
「熊若君、もしかして――」
小夜の言葉には応えず、熊若は馬に飛び乗ると走り去った。
――蓮華のこと、お願いします。
小夜は熊若の姿が見えなくなっても頭を下げていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1カ月後、霧の神社境内に熊若はいた。手には絹布に包まれた草薙の剣を持っている。
ザッ、ザッ。玉砂利を踏む音がすると、安倍国道が包帯に全身を包まれた女とともに現れた。
「それが、草薙の剣か。見せてみよ」
熊若は片方の手で針剣を構える。口はハッカを染み込ませた布で覆っていた。
「蓮華ちゃんはどこだ?」
「何を言っておる、ここに――」
ウギャッ! という悲鳴とともに女が倒れる。眉間に針が刺さり、ほどけた包帯から見えた顔は蓮華とは別人だった。
針剣を振り下ろした熊若が言う。
「蓮華ちゃんはどこだ?」
「倉の中に閉じ込めている。ここから逃げたのでな。愚かな女だ。逃げてから3日後に陰陽師が捕えたときには衰弱しきっていた」
「どういうことだ!」
「百号は霧無しだと長くは生きられぬ。だから解放したところで、霧の神社から出ることはできない」
「治すんだ!」
「フハハハ! 頼む相手を間違えてないか。私は医者ではない。陰陽師だ。治すなど考えたことすら無い。さあ、そなたが約定を守る番だ。草薙の剣を渡せ」
「渡せない、治す方法を考えろ」
「困った男だ」
チリン、国道が鈴を鳴らすと、陰陽師と強化人間である因幡衆が太刀や斧を手に現れた。
「約定を破ったのはそなただ。遠慮はせぬぞ」
国道はゆっくりと手を挙げる。下した時が攻撃の合図だ。
「いいや、遠慮してもらう」
熊若は針剣を納めると、絹布から草薙の剣を取り出して構えた――
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