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14.奥州の落日編

第93話(1187年4月) 船の行く先

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 南シナ海洋上・大型蒸気船甲板

 貴一は笑顔で寄り添う蕨姫を困り顔で見ていた。

「もう許してくれないか?」

「まだですわ」

 外海に出た後、貴一は罰としてずっと身体をつねられている。

「勝手なことをして、時忠様は怒ってるんじゃないのか?」

「いいえ。わたしが父娘の縁を切って、スサノオ様のところに行くと怒ったら、『ふむ。そのほうが不仲の噂に真実味が出る。良い策かもしれぬな』などと、おっしゃいました。呆れてそれ以上、物を言う気になりませんでしたわ」

――正直というか、無神経というか……。時忠様は昔から、人にどう思われようと意に介しないからなあ。

「まだ、他に隠していることがあるのではないですか?」

 蕨姫はジーッと貴一を見あげている。

「あははは、そんなことないよ」

「お父様も、スサノオ様も策がお好きで、虚実がわかりませぬ。ですからほら――」

 蕨姫は懐から小冊子を取り出す。表題には『張飛でもわかる 孫子の兵法書』と書いてあった。

「蕨も策謀を学びます。そうすればスサノオ様もわたしを妻として認めてくれるでしょ?」

 フラッシュバックのように、貴一の脳裏に蓮華の必死な顔が浮かぶ。

――蓮華は俺をわかろうとして鬼になった……。もう間違いはしない。

 貴一は蕨姫を強く抱きしめた。兵法書が手から落ちる。

「そんなことはしなくていい。神に誓う。きみは俺の妻だ」

 蕨姫の瞳から涙がこぼれる。貴一の体をつねっていた指が離れた――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 2週間後に出雲大社・最大の港である赤間の関についた貴一は、出雲大社最新鋭の蒸気船に乗り換え再び出航した。

「それがしが祖先の地におもむく機会が来るとはな」

 奥州へ向かう船の中で、水軍の頭である安倍高俊あべたかとしが言った。今では出雲水軍は1万の兵を擁し、壇ノ浦のときの平家に引けを取らない規模まで大きくなっていた。

「若狭国から先は源氏の勢力圏内を抜けることになるけど――」

「この船なら振り切れる。義経の逃避行に比べればなんてことはない。楽勝だ」

 この時期、源義経が関所を潜り抜けて、奥州に逃げ込んだという噂が広まっていた。

「スサノオ様も義経に会いにいくのか?」

「違いますわ。安倍様」

 貴一の傍らにいる蕨姫が微笑みながら言った。

「では、奥州藤原家の当主・秀衡か?」

「――いいえ。主人が会いたいのは、静御前ですわ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 1週間後、貴一を乗せた船は奥州の十三湊(青森県五所川原市)に入港した。この港は奥州藤原氏の貿易の拠点として、金国(中国の北半分を支配する)とも、さかんに交流していた。

「高俊はここで金国への航路を調べてくれ。十三湊に出入りしている金国の商人とも懇意になりたい。肥前国で密貿易もやっていたときを思い出してやってみてよ」

 そう、高俊に言い残し貴一は平泉に向かった。

 数日後、平泉に入った貴一は義経の屋敷を簡単に見つけることができた。以前に貴一が義経に会ったときと同じ屋敷だったからだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
 義経屋敷・広間

 静御前が貴一の話を聞いた後、口を開いた。

「霧の作り方ですか――」

「もう原料が切れかかっているらしい。俺もあの神社にいたから原料の作り方は何となくは覚えているんだけど、以前に赤い煙を作って大失敗したから自信がなくってね」

 貴一と蕨姫に向かい合うように義経と静御前が座っている。

「倉にあるいくつかの材料を調合すれば可能です。でも神社で材料を直接見ないことには……」

「霧の神社に行ってくれないか。あそこは草薙の剣が折れたの祟りの場所として、検非違使さえ近づかない。危険はないはずだ」

「ですが、わたしは義経様の側を離れるわけにはいきません」

 静御前は義経の顔を見る。義経は明るい声で応える。

「少しの間なら、私は構わないぞ。秀衡殿も私を守ると言ってくれている」

 静御前が困った顔をした。
 貴一は二人の姿を見て納得する。

「義経、静御前をあまり困らせるな。お前は戦以外のことに関しては鈍い。絶望的に鈍い。特に人間関係がね」

「な、何を言う。私は人の感情が――」

「怒りと恐怖の色が見えるんだろ。熊若に聞いてるよ。なまじそんな力があるから、それ以外の感情に気づかなくなる。静御前は、お前ほど秀衡の言葉を真に受けていない」

「そうなのか、静」

 義経が見ると、静御前は申し訳なさそうにうなずいた。
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