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第一章

残酷な誘導

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「マーリナスの様子がおかしい?」

「はい。昨日帰ってきたときにはもう……。職場でなにかあったかのかと思って」

 備品の書類を手渡しながら顔を曇らせたアレクに視線を落として、ロナルドは思案するようにあごに手を当てる。

 思い当たることはひとつしかない。

 おそらくロナルドの頭をよぎった案をマーリナスも思いついたのだろう。ロナルドはその案を口には出さなかったが、だからといってマーリナスが気づかない理由もない。

「……あいつは警備隊長だからな。当然考えつくか」

 だがアレクの様子をみる限りマーリナスはその案をアレクには伝えなかったのだろう。それもまあ、当然だが。

「モーリッシュ・ドットバーグの件について、裏はとれたよ。あいつはいまこの国にいる」

「捕まえられそうですか?」

「少し問題があってね。マーリナスはそれで悩んでいるんだよ」

「その問題というのは……僕が聞いても大丈夫ですか?」

 警備隊の秘匿部分を懸念してそうたずねたアレクにロナルドは優しい瞳を向ける。

「別に構わないよ。単純な話だ。あいつがこの国にいることはわかっているが、居場所がわからないってことさ。もちろん地下街にいるのは間違いないだろうけどね」

「居場所……」

 これは「問題」だ。どうすればモーリッシュの居所を突き止められるのか。

 用意された「答え」を教えるつもりなど、ロナルドにはさらさらなかったが。

「モーリッシュは人身売買の闇商人です。バロンは彼の上客でしたしバロンの釈放を見計らったようにこの国に現れたことを踏まえれば、今回の商売相手はバロンの可能性が高いです。バロンの屋敷で見張っていたらどうでしょうか」

 及第点、といったところだな。などとロナルドは心で笑う。

 アレクは地下街で見つかったが、この国の人間ではない。情勢がわからなければ解けない問題もある。それでもその発想までたどり着いたことは十分に称賛に値するが。

 だから少しだけヒントだ。

「見張るか。だがいつ現れるかわからないモーリッシュをいつまでも待つわけにいかない。見慣れない不審者が屋敷のまわりをうろついていたら、地下街のことだ。すぐにバロンの耳に入るだろう」

 アレクはじっとデスクに視線を落として思案にふけり、ロイムの言葉を思い出していた。

『地下街ってのは皆われ関せぬって顔をしながら、猫が一匹死んでも翌日には全員がその死因を知っているようなところだ。情報が命を守るすべなのさ』

 情報がすべて――

 地下街の情報は隅々まで流れる。大物であればあるほど、その入手速度は早い。

 警備隊が地下街に入ったと情報が流れれば、モーリッシュは即座にこの国を逃げるに違いない。

 なら発想は逆だ。甘い餌をつるしてモーリッシュを引き寄せるしかない。

 モーリッシュが食いつく情報といえば――

 そこまで考えてアレクはハッとする。

「人身売買の生業を利用すれば。今回の取り引き相手がバロンなら、モーリッシュが狙うのはバロンが好む年頃の子供です。でも……」

「警備隊の入隊は十八からと決まっていてね。残念ながら警備隊にはその年頃の人間はいないんだよ」

 自分は残酷だろうか。ロナルドはおのれに問いかける。
 
 きっとマーリナスも同じことを考えて葛藤したに違いない。

 アレクに仕事を任せてるようになってひと月。

 ほぼ毎日のようにアレクのもとを訪れていたロナルドには、アレクが心優しい人間であることがわかっていた。そして聡明なその頭脳があれば、おそらく。

「おとりが必要なんですね。だけど警備隊にはそれをできる人間がいない。まさか民間人に任せるわけにもいかないし、おそらく白羽の矢が立ったのは保護区でしょう。だけどマーリナスはそれを認めないはずです」

(マーリナス、悪いな。恨むなら恨め。謝って済むのなら、いくらでも謝ってやる)

 再びアレクが口を開き、ロナルドはそっと目を閉じた。

「僕がおとりになります。一度モーリッシュの目には止まっているし、僕が地下街にいけば噂はきっとすぐ広がる。自分でいうのもなんですが、バレリアの呪いをもつ僕をモーリッシュが放っておくことはないと思います」

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