アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第一章

あなたの力に

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 その夜遅く、玄関のドアをくぐったマーリナスをアレクは出迎えた。

 メリザはとっくに自室に戻り、今頃は寝息をたてているだろう。

 明かりも灯さず玄関先でたたずみ、暗闇の中で自分を待ち構えていたアレクにマーリナスは思わず驚きの表情を浮かべる。

「どうした。寝ていなかったのか」

「話があります」

 アレクの紫色の瞳が強く輝いて、まっすぐにマーリナスの瞳をとらえている。

 そこに宿るのはなにかを決意した強い意志だ。マーリナスにはそれがすぐにわかった。だが同時に嫌な予感がマーリナスの胸をざわつかせる。そして、その予感は正しい。

「僕にモーリッシュ・ドットバーグを捕まえるための手伝いをさせてください。僕がおとりになります」

 モーリッシュについてマーリナスはなにもアレクに話さなかった。なにかひとつでも話してしまえば、あの残酷な策略が口からこぼれてしまいそうだったから。

 マーリナスは眉間にしわを寄せてアレクを見つめ、うなるように言葉を紡ぐ。

「ロナルドから聞いたのか」

「彼は関係ありません。モーリッシュは全国で手配されている大悪党です。あいつがいる限り、どこかでまた僕のような犠牲者がでるんです。マーリナスはそれでいいんですか」

 それでいいのかだと? いいはずがない。できることなら、いますぐにでも捕まえたい。当然だろう。そのために警備隊にいるのだ。

 責めるような口調のアレクに対し、そんな反論が口をついて出そうになるのをマーリナスはグッとこらえる。

「僕はいやです。星の数ほどいる悪党の中で、たったひとつの芽を摘むことに意味がないと思いますか? たとえそれが一時期的なものだったとしても、その間被害者は抑えられる。その手伝いを僕もしたいんです。本当はマーリナスもわかっているんでしょう? 今回の件については僕が適任です」

 マーリナスはこぶしを握りしめてアレクの言葉を聞いていた。自分が必死に押し殺した気持ちを代弁するように語るアレクに苛立ちを覚える。

 なぜ自分がその思いから目をそむけ、ねじ伏せたと思うのだ。すべてはおまえのためなのに。

「……悪人は鼻がきく。そのため、付近に多くは警備隊を配置できない。おまえがおとりとなり、モーリッシュが現れたとしてもすぐには捕まえられない」

「はい」

「しばらくは我々の目から離れた場所に連れて行かれるだろう」

「はい」

「その間なにがあっても助けられない」

「自分でなんとかします」

 迷いのない受け答えでアレクは真剣な眼差しをマーリナスに向ける。そして一歩一歩マーリナスに歩み寄り、両手を伸ばしてマーリナスの頬を挟みこむと、紫の瞳を向けてやわらかな微笑みを浮かべた。

「マーリナス。僕のことは心配いりません。僕のために正義をねじ曲げないで」

「アレク……」

「マーリナスが正しいことをできるように、僕にも手伝わせてください」

 アレクはこの答えを導きだしてから、なぜマーリナスは自分に協力を要請しなかったのだろうと考えた。

 おとりとしてアレクが適任であることは、マーリナスとてわかっていたはずだ。

 だけどそれでもアレクに伝えなかったのは、自惚うぬぼれかもしれないが自分のことを思ってくれたからではないのか。

 保護区の子供たちにも協力の要請をためらったマーリナス。

 あのとき、あの場で友を亡くしてしまったアレクを目の前にしていたマーリナスが、再びモーリッシュの手にかかるような危険をアレクに与えることをやすやすと容認できるはずがない。

 だからこそためらい、葛藤したのではないのか。

 そう考えたとき、アレクは嬉しくて涙がこぼれた。

 地下街で拾った出自のわからない子供に、そうまで心を砕いてくれるマーリナス。

 毎日毎日、感謝してもしきれない幸せな日々を与えてくれたマーリナス。

 そのマーリナスの力になれることがあるのなら、ためらう必要などあるだろうか。

 例えばそこで自分の命が尽きたとしても、きっと自分は後悔などしないだろう。

 そう思えばこそ。

「一緒にモーリッシュを捕まえましょう」

 満面の笑みが咲き誇る。気高くも儚い天使の微笑みが、そっとマーリナスの背中を押す。

 この国には地下街の闇を容認する連中で溢れている。いくらその勢力にあらがおうともがいてみても、すぐさま叩き潰されてしまう。そんなマーリナスの味方は実に少数だった。

 だがアレクはいう。力になると、ならせて欲しいのだと。

 それはこんな反吐のでるような世界で生きるマーリナスの心を照らす一条の光となる。

 マーリナスは目を細めてアレクを見つめると体を引き寄せ、力強く抱きしめた。

「すまない」

 アレクの細い肩に顔をうずめ、泣きそうな声でそうつぶやいたマーリナスの背中に腕をまわし、子供をあやすようにぽんぽんと軽く叩きながら、アレクは嬉しそうな笑みを浮かべる。

「あなたの助けになるのなら、それ以上の喜びはありません」

 マーリナスはアレクの肩から顔を離すと、自分を見上げて微笑みを浮かべるアレクにそっと自分の唇を重ね合わせた。
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