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第二章

その地下に眠るもの

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 再び訪れた地下牢は爆破されたドアの破片が散らばったまま、当時となにも変わらないように見えた。

 頬に張りつくひんやりとした空気、どこからともなく滴る水音。一切の光源がなく、むき出しの岩肌で囲まれたそこは地下牢というより洞窟といった方がしっくりくる。

 二人は手分けして地下牢の探索を開始した。

 視界が悪いため松明が照らす範囲を少しずつ探索するしかないのだが、思った以上にこの地下牢は広く、ふたりで探索するには時間がかかりそうだ。

 屋敷内の探索班をここに呼び集めた方が早いかと、マーリナスが思案したときだった。

 ロナルドが口元に指を当てて、ある方向を指し示し合図を出しているのが目に入る。

『静かに。十二時の方向』

 マーリナスは音を立てないようにロナルドが指し示す方向に目を向けた。暗闇の中、そこにはなにも見てとることができない。

 しかし。

 ゴトン……

 岩の奥から物音が聞こえた。

 ふたりはうなずき合うと、足音を殺して音がした岩肌へと歩み寄る。松明が照らすそこには、やはりなにも見当たらなかったが。

 ゴトン……

 再び岩の奥から音が鳴る。

 ふたりは岩肌へ耳を押し当て、息をひそめて聞き耳を立てた。だがそれ以降、音が聴こえてくることはなかった。

「なんだったのでしょうか」

「この奥になにかあるようだな」

 それからふたりは目を凝らして叩いたり押したりしながら、その周辺の壁を飽きるほどさぐってみたのだが。

「なにもないですね。もし隠し通路なら出入口があるのかと思ったのですが」

 大きなため息をついて白旗を振ったロナルドだったが、マーリナスは諦めきれず壁をにらみつける。

 その時だ。

「ん……?」

 ふいに小さな光がマーリナスの目の端をかすめた。

「どうかしましたか」

「あれは……」

 岩肌から目をそらしマーリナスの視線を追ったロナルドは、ああ、と小さく笑う。

「サフェバ虫ですね。ご存知でしょうが、この国の固有種です。花の甘い香りが好きだそうで野山に生息することが多いのですが、こんな場所にまで……」

 音もなく静かに温かなオレンジ色の点滅を繰り返すサフェバ虫。暗闇の中でその小さな光は、より一層輝きを増しているように見える。

 その美しい光に思わず見惚れたふたりの前で、突然その光が消え失せた。

「なんだ?」

 あまりに唐突すぎる光の消滅に首をかしげたマーリナスは、光が点滅していた場所へ足を向けた。

「あれ? いないですね」

 同じくその場に足を向けたロナルドも、照らした地面にサフェバ虫の姿がないことに首をひねる。

「待て」

 それはふたりが調べていた岩肌から五歩ほど離れた距離。周囲の地面は踏み固められ硬く黒ずんでいるのに対し、その一角だけ柔らかな土が盛られているように見える。

 地面をなでれば、ざらざらとした荒い土がたやすく動いた。

「これは……」

 松明をロナルドに手渡し動く土をすべて払いよければ、そこに現れたのは一枚の鉄扉。

 扉の周辺は劣化して崩れ落ちたのか隙間ができており、そこからぱらぱらと土が下にこぼれていく。おそらく先ほどのサフェバ虫はここから出入りしていたのだ。

 マーリナスの口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「見つけたぞ。上から探索班を呼んでこい」

「はっ!」

 ロナルドは嬉しそうな声を上げて階段を駆け上がっていく。その場に残ったマーリナスが扉に手をかければ、下に続く階段が姿を現した。

「待っていろ、アレク。必ず見つけだしてやる」

 そう意気込んだマーリナスだったが、ことはそう上手く運ばなかった。
 
 呼び集めた探索班と共に階段を降りてみたところ、そこには荒削りに作られたトンネルが姿を現した。岩肌がむき出しになっている部分もあるが、トンネルを構成している多くは土で、なにかあれば崩れ落ちてしまいそうである。

「これは……」

「初代王の遺跡ですか……」

 できる限り壁に触れないように注意しながら辺りを見渡すマーリナスに、ロナルドはうなり声をあげる。

「まだこの通路が生きていたとは驚いたな」

「ええ。実在しているだけでも驚くべきことですが、いまもこの通路を活用している人間がいたとは……」

 ふたりは挑むような視線を暗いトンネルの奥へと向けた。明かりひとつない暗闇が穴の奥へ吸い込むように伸びている。

 屋敷の地下に伸びていたその通路は片一方が行き止まりになっており、そこには周囲の地質とはかけ離れた鋼鉄の扉が埋め込まれている。おそらく先ほどの物音はこの扉を開いた時に響いたものだろう。

『初代王の遺跡は地下に眠る』

 それはスタローン王国に住む人間ならば、一度は耳にしたことがある伝承である。

 多くの人間はその伝承が示すのはこの地下街だと思っているだろうが、それは違う。

 伝承が指し示すものは、地下街のさらに地下深くに眠るこの通路。幾重にも枝分かれを繰り返し、上り道や下り坂へと変化しながら完全に方向感覚を狂わせる大迷路である。

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