アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第二章

二日目の夜

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 ……さま。

 ……クさま。

「アレク様」

「ん……」

 アレクは意識に優しく語りかけるその声に呼び戻され、薄く目を開いた。

 何度かまばたきを繰り返して重いあたまを起こし、ようやくケルトの肩にもたれかかって寝ていたのだと気がつく。

「あ……ごめん。肩、借りちゃったね」

「よいのです。それよりも少しお顔が熱いのではありませんか?」

「そうかな」

 相変わらず手は拘束されたままなので、額に手を当てることもできない。

「額を」

 首を少し前にかたむけて突き出されたケルトの額にアレクはそっと自分の額を押し当てた。

「……! アレク様、お熱がございます!」

 驚いたように目を丸くして叫んだケルトに、アレクは額を離すと小さな笑みを浮かべる。

「少し体がだるいくらいだよ。大丈夫」

「いけません! きちんと休まれなくては!」

「でも……」

 アレクは部屋の中を見渡す。この部屋には樽や木箱などがあちこちに散乱しているだけで、休めそうな場所はどこにもない。

「わたしの膝の上で横になって下さい。少しでも休まねばお体が持ちません!」

「ケルトが大変だよ」

「わたしのことなどお気になさらず。さあ」

 アレクは少し困ったようにケルトを見た後、好意に甘えることにした。ケルトのひざの上にあたまを預けて横たわれば、一瞬で意識がもっていかれそうになる。

 ケルトにああいったものの体はひどく重く、あたまは割れそうなほど痛かった。

 だけどもう少しの辛抱だと自分にいい聞かせる。今夜で二日目の夜。今夜またバロンを足止めすれば、きっとマーリナスが助けにきてくれる。

 アレクはそう信じて疑わなかった。

 さらりと落ちる白金色プラチナブロンドの髪がまぶたにこぼれ、アレクはそっと目を閉じた。それまで少しでも体力を温存しておかなければ。

 そんなアレクの心情とは裏腹に、ケルトの心情は決して穏やかなものではなかった。

 元々従者としてアレクのそばに仕え、あるじとしてひとりの人間として好意と尊敬の念を抱いていたケルトが、そこにバレリアの呪いを受けたことによってその想いはさらに熱く加速し、心に望むのはただひとつ。

『誰にも渡したくない』という強い独占欲だけだったのだから。

 自分の知らない場所で知らない人間と、アレクが居住を同じくしていると聞いただけでも胸が張り裂けそうだったというのに、今は悪人の玩具とされている。

 アレクと唇を重ねるのは自分だけでいい。体を抱くのも自分だけだ。そんな醜い嫉妬がケルトの中で暴れ回っていた。

 ケルトはひざの上に感じるアレクの体温と重みに鼓動がはやまるのを抑えられず、目を閉じるアレクの唇に自身の唇を重ね合わそうと前屈みになった。

 だがそのとき。

「はい。そこまで」

 ぴしゃりとかけられた声にケルトはハッと我に返り、顔をドアに向けた。そこにはターバンをあたまに巻いたモーリッシュと護衛であるベインの姿がある。目隠しをされているためその姿をとらえることはできなかったが、この耳障りな甲高い声。

 ケルトには忘れることができなかった。

「その子は大事な商品なんだよね。どこの馬の骨ともわからないおまえに、タダで触れてもらっちゃ困るんだよ」

「モーリッシュ! このお方は具合が悪いんだ。今夜連れて行くのはやめてくれ!」

「具合が悪い? そんなのは関係ないよ。あいつが欲しがっているのはアレクの瞳と体だからね」

「外道が!」

「ははは。きみは面白いね。この地下街に外道以外のものがいるの? ベイン、ほら連れておいで」

 目隠しをされたまま吠えるケルトには構わず、ベインはアレクの元に寄ると頬を叩いた。

「おい、起きろ。行くぞ」

 叩いた頬は紅潮して湿り気を帯び、確かに異常な熱さを発している。額や首筋にもうっすらと汗をかいているし、ぐったりとして意識もまだ戻らない。これでは歩くこともできないかもしれない。

 ベインはいつも通りアレクに目隠しをはめると、ケルトから引き離し抱きかかえた。

「このまま行きましょう」

「ふん。具合が悪いというのは嘘じゃなかったのかい。それじゃあ仕方がないね。途中で落とすんじゃないよ」

「はい」

「待てっ!」

 ふんと鼻を鳴らして背を向けたモーリッシュに向けたケルトの悲痛な叫び声は虚しく、閉ざされたドアの音にかき消えた。

 ケルトは唇が切れそうなほど強く噛みしめる。

 あのような状態で今夜もまたバロンのもとに連れていかれるのか。一晩戻ってこなかっただけであれほど体調を崩された。アレク様はいったいバロンになにをされているのか。

 今夜で二日目の夜だというのに、警備隊は一体なにをしているのか! 

 いきどおるケルトをなぐさめるものはなにもなく、ただ自身の中で湧き上がる激情にケルトは今夜もまたひとりで耐えるほかないのだった。
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