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第二章
大事な宝物
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「まったく。バロンもまだ支払いが済んでないっていうのに、大事な商品をこんな風にされちゃたまらないね。よしみで融通を利かせてるけどさ、今夜は料金を上乗せしないとね」
松明を灯しながら暗いトンネルを歩むモーリッシュがひとりでぶつぶつと呟いているのを聞きながら、その後方でベインはそっと眉を寄せた。
抱きかかえたアレクの体から放たれる熱は衣服を通しても伝わってくる。
バロンの隠れ部屋につくまでにはまだ少しかかる。何度か腕からずれ落ちそうになるアレクを抱え直しながら、ベインは憐れな子供だと思わざるをえなかった。
バロンの異常ともいえる性癖は同じ地下街に住む連中ならば誰しもが知るところであり、表沙汰にしないまでも、そういった性癖を持ち合わせる人間は貴族の中にも多くいる。
こういう見栄えのいい子供はそういった連中にとってはまたとないご馳走であり、そこらの宝石よりも高値がつくのだが。
ベインはあいにく、そんな性癖は持ち合わせていなかった。
身売りされる子供に同情などしたことはないが、はっきりいってそういう連中には反吐のでる思いをしていたのだ。
「おい、大丈夫か」
再びずり落ちそうになったアレクを抱え直し、前を行くモーリッシュには聞こえないように小さな声でそう問いかける。だがアレクはぐったりとしたまま反応を返さない。
まさか死んだんじゃないだろうな――
性病で亡くなる子供をごまんと見てきたベインは一抹の不安にかられ、思わずアレクに視線を落とした。
そのときだ。
うっすらと開かれた紫色の瞳がベインの瞳をとらえた。
◇
ベインは驚きのあまり目を見張る。
目隠しをしていたはずだ。なぜ目が開いて――
アレクの瞳を覆っていたはずの目隠しが額の上にずり上がっているのを見て、ベインは瞬時になにが起きたのか悟った。何度もずり落ちそうになるアレクを抱え直したとき、目隠しが体にこすれてずれてしまったのだ。
だが、しまったと思ったときにはもう遅い。
アレクには熱でぼやけた視界の中に、自分を見つめる目があったことを明確に意識することはできなかった。それでもバレリアの呪いはアレクの意識とは関係なく発動する。
アレクを見つめるベインの瞳の中にゆらゆらと紫色の輝きが揺らめき、夢でもみているような恍惚とした表情を作りあげた。
割れそうなほど痛むあたまと、かすむ視界。ふわふわと浮くような体感。
アレクがその言葉を口にしたのは、そんな夢心地の中の潜在意識だったのかもしれない。
「助け……て」
その言葉の意味はなんだったのか。
頭痛や熱といったものが苦しかったのか、バロンのもとに行きたくないという本心だったのか、それともマーリナスに向けられたものだったのか。
アレク自身でさえわからなかったその言葉の意味を、ベインは即座に解釈した。アレクを抱えたまま、くるりときびすを返して颯爽と走りだす。
背後から突然聞こえたその足音に驚き振り返ったモーリッシュは、アレクを連れ去るベインの後ろ姿をとらえ唖然として目を見開いた。
「おいっ! どこに行くんだい!? ベイン!」
後方で叫ぶモーリッシュに返事を返さず、ベインは懸命に駆ける。
この遺跡のすべてを網羅しているわけではない。だが、バロンの屋敷に通じる道もこの遺跡を利用して造られた裏金のある隠し金庫の場所も、長年モーリッシュの護衛として勤めていたベインにはわかっていた。
遠く、遠く。誰にも見つからない場所へ。
(――これは俺の大事な宝物)
あわてたモーリッシュが走って追いかけてきているが、もともと体力もなく頭脳戦や交渉に特化した闇商人。息切れも激しく早々に体は悲鳴をあげて、ふらつきながら小石につまずき地面に盛大に転がった。
そんなモーリッシュにちらりと視線を流し、ベインはさらに加速してトンネルを駆け抜ける。
右へ左へ。上へ下へ。巨大な生き物の体内でも駆けずり回るかのように、ベインは息が切れるまで駆け続ける。
そして目当ての場所に到着すると、アレクをそっと地面に寝かせて目の前に現れた鋼鉄の扉のドアを押し開けた。
「ここならきっと大丈夫だろう」
そこはこの遺跡を利用して造られた隠し金庫のうちのひとつ。
バロンもモーリッシュも用心深く、ただでさえひとの出入りがないこの遺跡内にいくつか偽物の金庫を造っていた。そこには当然隠し財産などは入っておらず、場所によっては鍵すらかけられていないことをベインは知っていたのである。
開かれた隠し金庫は人ひとりくらい余裕で入れるほどのスペースがある。
いくつも造られた隠し金庫。造った本人たちでさえ偽物の場所などとうに忘れているに違いない。
ベインはその中にアレクを移動させると、うっとりとした視線を向けてから重い扉を閉め、自分は扉の前に座り込んだ。
「ここなら誰もおまえを傷つけないからな」
大事な宝物を誰の目にもつかない場所に隠すというその習性は、長年悪事を働いてきたベインならではの考え方であったかもしれない。
そうしてアレクは幸か不幸かバロンと二度目の夜を過ごさずにすんだが、真っ暗闇の金庫の中に閉じ込められてしまったのである。
松明を灯しながら暗いトンネルを歩むモーリッシュがひとりでぶつぶつと呟いているのを聞きながら、その後方でベインはそっと眉を寄せた。
抱きかかえたアレクの体から放たれる熱は衣服を通しても伝わってくる。
バロンの隠れ部屋につくまでにはまだ少しかかる。何度か腕からずれ落ちそうになるアレクを抱え直しながら、ベインは憐れな子供だと思わざるをえなかった。
バロンの異常ともいえる性癖は同じ地下街に住む連中ならば誰しもが知るところであり、表沙汰にしないまでも、そういった性癖を持ち合わせる人間は貴族の中にも多くいる。
こういう見栄えのいい子供はそういった連中にとってはまたとないご馳走であり、そこらの宝石よりも高値がつくのだが。
ベインはあいにく、そんな性癖は持ち合わせていなかった。
身売りされる子供に同情などしたことはないが、はっきりいってそういう連中には反吐のでる思いをしていたのだ。
「おい、大丈夫か」
再びずり落ちそうになったアレクを抱え直し、前を行くモーリッシュには聞こえないように小さな声でそう問いかける。だがアレクはぐったりとしたまま反応を返さない。
まさか死んだんじゃないだろうな――
性病で亡くなる子供をごまんと見てきたベインは一抹の不安にかられ、思わずアレクに視線を落とした。
そのときだ。
うっすらと開かれた紫色の瞳がベインの瞳をとらえた。
◇
ベインは驚きのあまり目を見張る。
目隠しをしていたはずだ。なぜ目が開いて――
アレクの瞳を覆っていたはずの目隠しが額の上にずり上がっているのを見て、ベインは瞬時になにが起きたのか悟った。何度もずり落ちそうになるアレクを抱え直したとき、目隠しが体にこすれてずれてしまったのだ。
だが、しまったと思ったときにはもう遅い。
アレクには熱でぼやけた視界の中に、自分を見つめる目があったことを明確に意識することはできなかった。それでもバレリアの呪いはアレクの意識とは関係なく発動する。
アレクを見つめるベインの瞳の中にゆらゆらと紫色の輝きが揺らめき、夢でもみているような恍惚とした表情を作りあげた。
割れそうなほど痛むあたまと、かすむ視界。ふわふわと浮くような体感。
アレクがその言葉を口にしたのは、そんな夢心地の中の潜在意識だったのかもしれない。
「助け……て」
その言葉の意味はなんだったのか。
頭痛や熱といったものが苦しかったのか、バロンのもとに行きたくないという本心だったのか、それともマーリナスに向けられたものだったのか。
アレク自身でさえわからなかったその言葉の意味を、ベインは即座に解釈した。アレクを抱えたまま、くるりときびすを返して颯爽と走りだす。
背後から突然聞こえたその足音に驚き振り返ったモーリッシュは、アレクを連れ去るベインの後ろ姿をとらえ唖然として目を見開いた。
「おいっ! どこに行くんだい!? ベイン!」
後方で叫ぶモーリッシュに返事を返さず、ベインは懸命に駆ける。
この遺跡のすべてを網羅しているわけではない。だが、バロンの屋敷に通じる道もこの遺跡を利用して造られた裏金のある隠し金庫の場所も、長年モーリッシュの護衛として勤めていたベインにはわかっていた。
遠く、遠く。誰にも見つからない場所へ。
(――これは俺の大事な宝物)
あわてたモーリッシュが走って追いかけてきているが、もともと体力もなく頭脳戦や交渉に特化した闇商人。息切れも激しく早々に体は悲鳴をあげて、ふらつきながら小石につまずき地面に盛大に転がった。
そんなモーリッシュにちらりと視線を流し、ベインはさらに加速してトンネルを駆け抜ける。
右へ左へ。上へ下へ。巨大な生き物の体内でも駆けずり回るかのように、ベインは息が切れるまで駆け続ける。
そして目当ての場所に到着すると、アレクをそっと地面に寝かせて目の前に現れた鋼鉄の扉のドアを押し開けた。
「ここならきっと大丈夫だろう」
そこはこの遺跡を利用して造られた隠し金庫のうちのひとつ。
バロンもモーリッシュも用心深く、ただでさえひとの出入りがないこの遺跡内にいくつか偽物の金庫を造っていた。そこには当然隠し財産などは入っておらず、場所によっては鍵すらかけられていないことをベインは知っていたのである。
開かれた隠し金庫は人ひとりくらい余裕で入れるほどのスペースがある。
いくつも造られた隠し金庫。造った本人たちでさえ偽物の場所などとうに忘れているに違いない。
ベインはその中にアレクを移動させると、うっとりとした視線を向けてから重い扉を閉め、自分は扉の前に座り込んだ。
「ここなら誰もおまえを傷つけないからな」
大事な宝物を誰の目にもつかない場所に隠すというその習性は、長年悪事を働いてきたベインならではの考え方であったかもしれない。
そうしてアレクは幸か不幸かバロンと二度目の夜を過ごさずにすんだが、真っ暗闇の金庫の中に閉じ込められてしまったのである。
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