アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第四章

癒しの息吹

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「ロナルド……ロナルド!」

 アレクは必死に呼びかける。口を塞いでいた布は、過呼吸ぎみになっていたアレクのためにゲイリーが気を利かせて外してくれた。

 ゲイリーが解毒剤を飲ませてくれたのは良かったが一向に反応がない。

 ロナルドのあたまから流れる大量の出血。それはバロンの屋敷で見た、ロイムの死を彷彿とさせる。

 もう自分と関わったひとが目の前で死ぬところなんて見たくない。

 ロナルドは友達だ。呪いを知ってもずっと優しく接してくれた。仕事まで教えてくれた。ホーキンスに呪いをかけたときも笑って許してくれた。ずっと僕の心の痛みに寄り添ってくれたひと。

 そんなひとが目の前で死ぬ?
 そんなことは耐えられない。

 死人のように青ざめたロナルドの顔が恐ろしくて、もうゴドリュースのことなんてどうでもよかった。

 どうにかしてロナルドを助けたい。その一心でアレクのあたまにひとつの手段が浮かぶ。

 長いこと使っていなかったから、うまくできるかどうかもわからない。それでも目に涙を浮かべ必死に言葉を思い浮かべる。

 どうか、助けて。

「癒やしと息吹のサーリアよ。この者の力となれ。癒やしの息吹」

 アレクは言葉を紡いだ。言霊はそよ風となり、ロナルドの体を淡い翠の光で包み込む。

 頭部の傷はみるみるうちに消えてなくなり、間もなくしてロナルドは大きく息を吐いた。

 アレクは固唾を飲んでロナルドを見守る。すると小刻みに震えるまぶたが数度まばたきを繰り返し、薄く目が開いた。琥珀色の瞳に光が宿り、揺らいでいた焦点がまっすぐにアレクを捉える。

「ア……レク」

「ロナルド!」

 アレクは大粒の涙を流しながら満面の笑みを向けた。良かった。本当に良かった……!

 向けられた笑顔にロナルドもつられて小さく笑う。

 しかし無事に生還できたことを喜ぶ二人の傍らで、テーブルを囲んでいた三人の態度は一変する。

「おい……」
「いまのって……」

 ゲイリーはつまんだクッキーを取りこぼし、エレノアは紅茶カップを手にしたままソファから立ち上がる。オクルール大臣は目を丸くした後、鋭い視線をアレクに向けた。

「癒やしの息吹? なんでこの子がその魔法を使えるのよ……」

 その問いはアレクの耳に入っていなかった。オクルールとエレノアの取引は終わり、後は撤収するのみ。そんなときにアレクが行使したこの魔法は、決して誰にでも使えるものではなかったのだ。

 オクルールはソファを立ち、アレクを見下ろした。

「名前は」
「え?」

 突然頭上から降った問いかけにアレクは息を飲む。相手はオクルール大臣だ。目を合わせるわけにいかない。

「おまえの名前はなんという」
「あ……アレクです」
「出身は」
「それは……」

 言いよどんだアレクの前にもうひとつ影が落ちる。

「さっきも思ったんだけど、あなた。見たことがある気がするのよ。顔をあげてちょうだい」

 エレノアだ。アレクは青ざめる。考えなしに魔法を使ってしまったが、失敗だった。まさかここにいる全員がこの魔法を知っていたなんて。だけどそうしなければロナルドが……

 ふたりに見下ろされたアレクは奥歯を噛みしめる。

 (どうしよう!)

「顔をあげろといっているのよ」

 苛立ったエレノアの声が怒気をはらみ、頭上から刺さるほどにピリピリとした空気が流れる。

 そんな中、必死にカーペットに視線を落とし続けるアレクの肩にぽんと手が乗った。

「おいおい……寄ってたかってなんだっていうんだよ。怯えてるじゃねえか」

 かばうように声をかけたゲイリーだったが、本音はやはり違ったらしい。

「ちょっとだけ顔をあげてくれよ、な。ハニー」

 アレクのあご下に細い指をすっと添えて、ゲイリーは押し上げた。

「あ……」

 なされるがまま顔をあげてしまったアレクは小さく声をもらす。慌てて目を逸らしたが、奥歯はカチカチと音を立てた。
 
 アレクをみたエレノアは目を見張る。もともと大きな栗色の瞳はどんぐりのように丸くなり、いまにも転がりそうなほどに。
 
 この顔を前に見たのはいつだったかしら。数年……いえ、もっと前? 

 あの頃より成長して大人びている。愛らしい顔立ちは面影があるけど美しさに輪がかかった。なぜすぐに気がつかなかったの。

 でも間違いない。この男は!

「あなた……!」

「突入――っ!!」

 エレノアの声を、天を突き抜けるほどの号令が打ち消した。

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