104 / 146
第四章
抜け出せない泥沼
しおりを挟む
「きみが持ち込んだこの入国許可証だが……誠に驚くべきことに偽物であることが判明した。決して看過すべき事柄ではない。それゆえ、詳しい話をきみの口から聞かせてもらいたいのだ」
詳しい話、といってもニックはアレクとロナルドの会話を聞いていない。途中から割って入ったあげく偽の許可証を手渡され、不法入国者がオクルール官邸に滞在中だと告げられただけだ。
それに通行許可証のことだけを話しても、前後のあらましがわからなければ警備隊の動向に疑念が生じてしまうかもしれない。
そのためニックは一から話すことにした。ゴドリュースに関するホーキンスの証言、それに基づくゲイリー・ヴァレットの捜査。そしてオクルール官邸に辿り着き、その場でこれを発見したのだと。
「ふむ。しかし、なぜ急にホーキンスは口を割ったのかね。きみは不思議に思わんか。それが偽証であると疑問に思わなかったのかね」
「それはわかりません。尋問官も急な態度の変化に疑いを持ったようですが、ひとつひとつ証言の確認を取ったところ全て事実であると判明したのです」
「ほおう……」
ドルシェは興味深そうに目を細める。そのきっかけがなんであったか知りたそうな顔だ。
しかしニックは答えを持ち合わせない。本当なら警備隊の手柄として意気揚々と報告したいのだが、実のところよくわからないのだ。
アレクが副隊長の言伝を告げたらそうなった、としか。
「この通行許可証を見つけたのはロナルド副隊長かね」
「いえ。我々は止めたのですが、確認したいことがあると言いだしたのはアレクです。おそらく彼が見つけたのだと思われます」
ロナルドへの批判を回避すべく、ニックはきっぱりと言い切った。勝手なことをしたのはアレクだ。副隊長は付き添っただけに過ぎない。
「アレクか……この偽装許可証を見破るとは、よほどモンテジュナルに精通している人間のようだな」
そう、なのだろうか。
アレクは地下街で見つかりマーリナス隊長が保護を申し出たと聞いた。本当なら身寄りのない子供は保護区に移送されるはずだが、隊長は優しい人間だ。思うところがあったのだろうと、たいして気に留めていなかった。
アレクに関してはそれ以外ほとんど情報がないが、ロナルド副隊長が補佐として任命するほどなのだから有能な人材なのかもしれない。
だけどアレクが来てから副隊長が少し変わったように思える。ひとつひとつの出来事は些細でも、じわじわと積み重なるその違和感はニックを苛立たせた。
「しかしアレクは元々地下街で発見された身寄りのない子供です。買いかぶりではないでしょうか」
騎士団長までアレクを褒めたことが気に食わなかったニックはつい毒を吐く。
あいつはそんな人間じゃない。ぽんと現れてロナルド副隊長の心に入り込み、警備隊の統率をかき乱した愚か者。
あいつがオクルール官邸に侵入しなければ副隊長だってあんな目に遭わずに済んだのに。
騎士団長は高貴な身分の家柄だ。地下街にいた子供と聞けば嫌悪すると思っていたが、予想に反してドルシェの反応は意外なものだった。
「ほう。この国の地下街にいたのかね?」
「そうです。バロン・メリオスという大罪人に飼われていたのです。そんな子供が他国に精通しているとは考えれませんが」
「確かにそうだな。実に興味深い」
興味深い? ニックは首を傾げる。騎士団長ともあろう者が放浪者に興味を持つのか?
「それで、そのアレクとかいう少年はいまどこに?」
「アレクですか?」
なぜアレクのことを訊ねるんだ? いまはそれどころではないのに。
不審に思いながらもニックは表情を引き締める。正直に答えていいものだろうか。オクルール官邸に捕らわれてしまったなどと。
「実は……官邸からお招きを受けたので、いまは副隊長と一緒に中にいます」
なんとも曖昧な返事だと思ったが、官邸から敵視されていると明確に伝えるのはまずい。大臣の意向に沿ってドルシェ騎士団長が肩を持つと困る。
「きみは招かれなかったのかね」
「これを総督に渡すのがわたしの役目でしたので」
「ふむ。ではきみの役目はここで終わりだな」
「え?」
「捕らえろ」
一瞬、なにをいわれたのかニックには理解できなかった。壁際に並んでいた騎士たちが一斉に動き出し、ニックを拘束するそのときまでは。
「な……っ!?」
「これは本物だ。きみを含める第一警備隊はオクルール大臣官邸に不法侵入を働いたあげく滞在する客人を不法侵入者だと告げた。それは大臣に対する侮辱罪である。音沙汰があるまで牢に入り、反省するといい」
「そんなはずは……! 話を聞いて下さい、騎士団長っ!」
ずるずると連行されながらニックは真っ青になって叫び続けた。だが堅く閉ざされた扉はニックの声を完全に遮断する。
静けさを取り戻した部屋でドルシェは手にした通行許可証を机の上に放り投げた。
「まったく。警備隊なんぞに尻尾をつかませるとはオクルール大臣にも困ったものだ。この借りは右大臣になられた暁にきちんと返して貰いますからな」
詳しい話、といってもニックはアレクとロナルドの会話を聞いていない。途中から割って入ったあげく偽の許可証を手渡され、不法入国者がオクルール官邸に滞在中だと告げられただけだ。
それに通行許可証のことだけを話しても、前後のあらましがわからなければ警備隊の動向に疑念が生じてしまうかもしれない。
そのためニックは一から話すことにした。ゴドリュースに関するホーキンスの証言、それに基づくゲイリー・ヴァレットの捜査。そしてオクルール官邸に辿り着き、その場でこれを発見したのだと。
「ふむ。しかし、なぜ急にホーキンスは口を割ったのかね。きみは不思議に思わんか。それが偽証であると疑問に思わなかったのかね」
「それはわかりません。尋問官も急な態度の変化に疑いを持ったようですが、ひとつひとつ証言の確認を取ったところ全て事実であると判明したのです」
「ほおう……」
ドルシェは興味深そうに目を細める。そのきっかけがなんであったか知りたそうな顔だ。
しかしニックは答えを持ち合わせない。本当なら警備隊の手柄として意気揚々と報告したいのだが、実のところよくわからないのだ。
アレクが副隊長の言伝を告げたらそうなった、としか。
「この通行許可証を見つけたのはロナルド副隊長かね」
「いえ。我々は止めたのですが、確認したいことがあると言いだしたのはアレクです。おそらく彼が見つけたのだと思われます」
ロナルドへの批判を回避すべく、ニックはきっぱりと言い切った。勝手なことをしたのはアレクだ。副隊長は付き添っただけに過ぎない。
「アレクか……この偽装許可証を見破るとは、よほどモンテジュナルに精通している人間のようだな」
そう、なのだろうか。
アレクは地下街で見つかりマーリナス隊長が保護を申し出たと聞いた。本当なら身寄りのない子供は保護区に移送されるはずだが、隊長は優しい人間だ。思うところがあったのだろうと、たいして気に留めていなかった。
アレクに関してはそれ以外ほとんど情報がないが、ロナルド副隊長が補佐として任命するほどなのだから有能な人材なのかもしれない。
だけどアレクが来てから副隊長が少し変わったように思える。ひとつひとつの出来事は些細でも、じわじわと積み重なるその違和感はニックを苛立たせた。
「しかしアレクは元々地下街で発見された身寄りのない子供です。買いかぶりではないでしょうか」
騎士団長までアレクを褒めたことが気に食わなかったニックはつい毒を吐く。
あいつはそんな人間じゃない。ぽんと現れてロナルド副隊長の心に入り込み、警備隊の統率をかき乱した愚か者。
あいつがオクルール官邸に侵入しなければ副隊長だってあんな目に遭わずに済んだのに。
騎士団長は高貴な身分の家柄だ。地下街にいた子供と聞けば嫌悪すると思っていたが、予想に反してドルシェの反応は意外なものだった。
「ほう。この国の地下街にいたのかね?」
「そうです。バロン・メリオスという大罪人に飼われていたのです。そんな子供が他国に精通しているとは考えれませんが」
「確かにそうだな。実に興味深い」
興味深い? ニックは首を傾げる。騎士団長ともあろう者が放浪者に興味を持つのか?
「それで、そのアレクとかいう少年はいまどこに?」
「アレクですか?」
なぜアレクのことを訊ねるんだ? いまはそれどころではないのに。
不審に思いながらもニックは表情を引き締める。正直に答えていいものだろうか。オクルール官邸に捕らわれてしまったなどと。
「実は……官邸からお招きを受けたので、いまは副隊長と一緒に中にいます」
なんとも曖昧な返事だと思ったが、官邸から敵視されていると明確に伝えるのはまずい。大臣の意向に沿ってドルシェ騎士団長が肩を持つと困る。
「きみは招かれなかったのかね」
「これを総督に渡すのがわたしの役目でしたので」
「ふむ。ではきみの役目はここで終わりだな」
「え?」
「捕らえろ」
一瞬、なにをいわれたのかニックには理解できなかった。壁際に並んでいた騎士たちが一斉に動き出し、ニックを拘束するそのときまでは。
「な……っ!?」
「これは本物だ。きみを含める第一警備隊はオクルール大臣官邸に不法侵入を働いたあげく滞在する客人を不法侵入者だと告げた。それは大臣に対する侮辱罪である。音沙汰があるまで牢に入り、反省するといい」
「そんなはずは……! 話を聞いて下さい、騎士団長っ!」
ずるずると連行されながらニックは真っ青になって叫び続けた。だが堅く閉ざされた扉はニックの声を完全に遮断する。
静けさを取り戻した部屋でドルシェは手にした通行許可証を机の上に放り投げた。
「まったく。警備隊なんぞに尻尾をつかませるとはオクルール大臣にも困ったものだ。この借りは右大臣になられた暁にきちんと返して貰いますからな」
1
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる