アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

文字の大きさ
121 / 146
第五章

残された時間

しおりを挟む
 オクルール大臣と薬師ホーキンス、医療棟で目覚めたばかりのエレノア。

 そしてゴドリュースを初めとして、聴取記録や報告書の類いをかき集めた総督率いる騎士団は、一瞥もせずに警備隊駐屯地を後にした。        

 騎士団はマーリナスが総督を案内している時間を見計らって、隊長室に押し入っていたのである。

 戸棚は倒れ、机の引き出しは引っ張り出されたまま。その他の重要書類などは足の踏み場もないほど床に散乱し、まるで強盗にでも遭ったような惨状だけが残っていた。

 当然の顔をして騎士団と肩を並べたニック。捕らえられたロナルドの後ろ姿。

 目に焼き付いたそれらの光景は、マーリナスの心を深く抉る。

 夕日が地平線へ吸い込まれ、夜の吐息がしっとりと部屋を満たし始める。

 薄暗くなった部屋の中で、しばらくその惨状を眺めていたマーリナスは、落ちていた書類を手に取った。それはするりと手から滑り落ち、ゆらゆらと宙を彷徨って再び別の紙の上に重なった。

 その時にはもう、マーリナスの姿は部屋になく、パタンと閉じたドアの音だけが、静まり返った部屋に置き去りにされていた――

 マーリナスは夜道を駆ける。夜空と同じ色の髪を煽られる風に乱して。

 周囲の喧騒など耳に入ってこなかった。早めに酒をあおった酔っ払いも、商店から呼びかける声も。駆けるたびに刻まれる鼓動と、短く切れる呼吸だけが耳をつく。

 角を曲がった先に、見慣れた門構えが小さく見えた。気がはやり、駆ける足を速める。少しずつ門が近づいてくると、門を挟むようにしてふたつ人影が見えた。

 マーリナスは走りながら綺麗な眉を寄せる。

 近づくほどに鮮明になったその影は、騎士だった。槍を地面に突き立てて、甲冑の上から赤いマントを流している。

 いったん足を止めて息を整えたマーリナスは、乱れた前髪を掻き上げた。それから焦りを気取られぬように、普段と変わらぬ表情を作りあげ、騎士の前に足を進めた。

「ここはわたしの自宅ですが、何かご用でも」

「第一警備隊長、マーリナス・シュベルツァだな。我々は騎士団長の命により、明日の朝までこちらの警護に当たることとなった。我らのことは気にせず、家に入るといい」

「警護の必要性はないと思われますが」

「それを判断するのは、きみではなく騎士団長だ。さあ、さっさと中に入れ」

 マーリナスはすっと目を細める。物は言い様だ。警護といえば響きがいいが、要は見張りである。明日の朝には騎士団が迎えにくる。それまで逃亡しないように、監視するつもりなのだろう。

 門をくぐって中庭を抜け、ドアを開く。頭上で備え付けの呼び鈴がカランと音を立てる。

 部屋の灯りがドアの隙間から漏れて、笑顔を咲かせてこちらを振り返ったアレクが見えた。

「マーリナス! お帰りなさい!」

 迷わず胸に飛び込んできたアレクを力一杯抱きしめて。ほんのりと甘い香りが漂うアレクの肩に額を落としたマーリナスは、ほっと胸を撫で下ろす。

「無事か、アレク」

「あの人たちは誰なのですか? ついさっき突然現れて――」

「しっ。アレク、ケルトを連れてこい。大事な話がある」

 そっとアレクの体を離したマーリナスの目は、いつになく真剣なものだった。 

 その目を見て、アレクは悟る。
 何かあったんだ。
 多くを言わずとも、アレクにはそれがしっかりと伝わった。

「わかりました。ケルトを呼んできます」

 疑問ひとつ口に出さず、アレクは二階へ駆け上がる。その背中を見つめるマーリナスの瞳は悲しげに揺れ動く。

 残された時間はあとわずか。

 未来というのは実に予測不可能だ。自分の望む未来など、生きているうちに叶うことはないのかもしれない。そんな陰鬱とした思いが、あたまをよぎる。

 それでもひとは選ばなければならない。どれほど悲しく、理不尽でも。命ある限り、立ち止まることは許されないのだから。

 そう分かっていても、望まない選択を余儀なくされるということは、痛みを伴うものだ。

 ついこの間、再会できたばかりだというのに、なぜ運命はこうも残酷なのだろうか。

 守りたいと願うほど危険に晒さなくてはならず、大切にしようとするほど遠ざけねばならないとは。

 事後処理に追われて駐屯地に缶詰状態となったマーリナスが、アレクと会うのは実に五日ぶりのこと。

 聞きたいことは山ほどあったし、話したいことも沢山ある。

 それなのに、久しぶりに会って話す内容がこれだとは。

 マーリナスは自嘲の笑みをこぼす。

 それでも伝えなくてはならない。アレクの身を守るためには、それが一番正しい選択となるのだから。

 階段を駆け下りてくるアレクとケルトに静かな眼差しを向けるマーリナスは、ゆっくりと息を吐き出した。
 
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...