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第五章
唯一無二のきみへ
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「アレク。おまえたちは今夜、ここから逃げるんだ」
アレクは一瞬なにをいわれたのか理解できなかった。
突然騎士がやってきて家の前に立ち、帰ってきたマーリナスの様子から、ただ事ではないと思っていたけど。
――逃げる?
あたまの中で茫然とその言葉を反芻する。
逃げるって……それって、この国を出ろってことだよね?
アレクがスタローン王国に来てから、はや半年。よくやくこの国の生活にも慣れてきたところだ。
アレクと違って、自由に外出できる家政婦代わりのケルトは、市場の売り子さんともだいぶ仲がよくなって、今日だって良い肉を格安で譲ってもらえたと嬉しそうに話していたのに。
当たり前に享受してきた日常が、音を立てて崩れていく気がした。
「なぜ、ですか? 急にどうして……」
あまりのショックにかすれた声がでた。
小刻みに揺れ動くアレクの眼差しとは違い、マーリナスの瞳は揺るがない。言葉すら真っ直ぐで、それが余計にアレクを不安にさせた。
「国王からお達しがあった。明日、わたしと一緒に王宮へ出向くようにと」
「僕も……ですか?」
「そうだ。表向きはきみが偽の紋章を見破ったことを称えるためだ。しかし、それだけが目的ではないだろう」
「どういう…意味ですか」
なんとなく答えは分かっていた。聞くべきではないと警報が鳴る。目を逸らしたくて仕方がない現実。震える声で問いかけたアレクに、マーリナスは悲しげに目を伏せる。
マーリナスとて、出来ることなら言いたくなかった。
言ってしまえば終わってしまう。それが分かっているからこそ、すぐに言葉を繋げずにいる。激しい葛藤が胸の内で火の粉をを散らしていた。
だが、伝えなければ。
マーリナスは口を開く。
一呼吸したそばから、胸に鋭い痛みが走った。まるで刃に貫かれたような痛みが。それからむりやり目を背け、声を絞りだした。
「恐らく国王は、公衆の面前でおまえの正体を明かすつもりだ」
アレクは目を丸くする。
ショックのあまり、息をすることすら忘れしまった。
僕の、正体。
なぜ国王がそれを知っているのか。
いや、対面していない以上は確信が持てないはず。それを確認するために呼び寄せたということなのか。だけどそこまでするには、何か根拠となるものが……
「記録装置を没収された。あれを聞かれたらすぐに分かるだろう」
「記録装置……」
アレクはハッとする。ロナルドが隠し持っていた魔道具。あれには取引の一部始終が録音されていたはずだ。もしかして……
「僕の……魔法まで記憶されていたんですか」
「そうだ」
間髪入れずに答えたマーリナスの言葉に、ひやりとしたとしたものが心臓を貫いた。
あれを聞かれたら、もう言い訳が立たない。一国の王たる者で、あの魔法がどのようものか知らぬ人間はいないのだから。
アレクは青ざめる。
決して自分が生きているとバレてはいけないのに。
ずっと難しい顔をして話しを聞いていたケルトは、大きくため息をついてみせた。
「それなら逃げるしかないですよ。お顔を見られたら一発でアレク様だってわかりますし、なによりその呪いがあるのに謁見なんて出来るわけありません」
「ケルトの言うとおりだ。死んだとされた王子が生きているということは、本来なら吉報に他ならない。しかし、わたしもそこを懸念している。取り返しのつかない事が起きる前に、おまえはこの国を出るべきだ」
やっとマーリナスの言わんとしたことを理解したアレクは、ゴクリを喉を鳴らした。それに反して、ケルトは嬉しそうに顔を輝かせる。
「そうですよ。危険なことは避けるべきです。早速準備してきます!」
嬉々として部屋を飛び出して行った。
閉ざされたドアの音。残されたアレクとマーリナスの間には重々しい空気が流れる。
マーリナスの言ってることはもっともだ。それはわかる。わかるけど……
「マーリナスは……どうするんですか」
「わたしはこの国の警備隊長だ。国を捨てることは出来ない」
震える声で問いかけたアレクに、マーリナスは迷いなく答えた。
当然といえば当然の答え。だけどアレクにとって、それは心臓を裂かれるほどの痛みを伴う。だって、それって。
「お別れ……っていうことですか?」
「そう…なるな」
「これから先、一緒に痛みを分け合おうって約束したのに?」
互いの罪を。痛みを半分に。それが出来るのはマーリナスしかいないのに。苦しくなった胸元をギュッと握りしめたアレクの目から涙が溢れる。
マーリナスも同じ痛みを胸に抱えてアレクを見つめる。
それを強く望んだのはマーリナスだった。自分から言い出したことをみずから覆すしかないこの現状に、自責の念が襲う。謝って済む問題ではない。
でも、頼むから。
「泣くな」
マーリナスは折れそうなほど強く、アレクを抱きしめた。
胸に顔を埋めて肩を震わせるアレクにかける言葉が見つからない。
どれほどこうして抱きしめ合っても、二人の未来は大きく分かれしてしまった。これ以上心を繋ぐのは酷いうものだろう。
だから伝えなければならない。
この、言葉を。
「さよならだ」
苦痛に歪んだ顔を伏せて、マーリナスはアレクの肩をそっと押す。
体を震わせるアレクが痛々しくて、胸が裂けるようだった。頬を伝う涙を指で優しく拭い、マーリナスは最後の口づけを与える。触れ合う唇は、わずかに震えていた。
悲しみと懺悔と、
どうかこの先もアレクに幸せが訪れますようにと願いをこめて。
マーリナスの思いを乗せた口づけをアレクは涙を流して受け止める。
それがおまえのためなのだと、言葉が伝わってくるようで。アレクはそれ以上何も言うことが出来なかった。
アレクは一瞬なにをいわれたのか理解できなかった。
突然騎士がやってきて家の前に立ち、帰ってきたマーリナスの様子から、ただ事ではないと思っていたけど。
――逃げる?
あたまの中で茫然とその言葉を反芻する。
逃げるって……それって、この国を出ろってことだよね?
アレクがスタローン王国に来てから、はや半年。よくやくこの国の生活にも慣れてきたところだ。
アレクと違って、自由に外出できる家政婦代わりのケルトは、市場の売り子さんともだいぶ仲がよくなって、今日だって良い肉を格安で譲ってもらえたと嬉しそうに話していたのに。
当たり前に享受してきた日常が、音を立てて崩れていく気がした。
「なぜ、ですか? 急にどうして……」
あまりのショックにかすれた声がでた。
小刻みに揺れ動くアレクの眼差しとは違い、マーリナスの瞳は揺るがない。言葉すら真っ直ぐで、それが余計にアレクを不安にさせた。
「国王からお達しがあった。明日、わたしと一緒に王宮へ出向くようにと」
「僕も……ですか?」
「そうだ。表向きはきみが偽の紋章を見破ったことを称えるためだ。しかし、それだけが目的ではないだろう」
「どういう…意味ですか」
なんとなく答えは分かっていた。聞くべきではないと警報が鳴る。目を逸らしたくて仕方がない現実。震える声で問いかけたアレクに、マーリナスは悲しげに目を伏せる。
マーリナスとて、出来ることなら言いたくなかった。
言ってしまえば終わってしまう。それが分かっているからこそ、すぐに言葉を繋げずにいる。激しい葛藤が胸の内で火の粉をを散らしていた。
だが、伝えなければ。
マーリナスは口を開く。
一呼吸したそばから、胸に鋭い痛みが走った。まるで刃に貫かれたような痛みが。それからむりやり目を背け、声を絞りだした。
「恐らく国王は、公衆の面前でおまえの正体を明かすつもりだ」
アレクは目を丸くする。
ショックのあまり、息をすることすら忘れしまった。
僕の、正体。
なぜ国王がそれを知っているのか。
いや、対面していない以上は確信が持てないはず。それを確認するために呼び寄せたということなのか。だけどそこまでするには、何か根拠となるものが……
「記録装置を没収された。あれを聞かれたらすぐに分かるだろう」
「記録装置……」
アレクはハッとする。ロナルドが隠し持っていた魔道具。あれには取引の一部始終が録音されていたはずだ。もしかして……
「僕の……魔法まで記憶されていたんですか」
「そうだ」
間髪入れずに答えたマーリナスの言葉に、ひやりとしたとしたものが心臓を貫いた。
あれを聞かれたら、もう言い訳が立たない。一国の王たる者で、あの魔法がどのようものか知らぬ人間はいないのだから。
アレクは青ざめる。
決して自分が生きているとバレてはいけないのに。
ずっと難しい顔をして話しを聞いていたケルトは、大きくため息をついてみせた。
「それなら逃げるしかないですよ。お顔を見られたら一発でアレク様だってわかりますし、なによりその呪いがあるのに謁見なんて出来るわけありません」
「ケルトの言うとおりだ。死んだとされた王子が生きているということは、本来なら吉報に他ならない。しかし、わたしもそこを懸念している。取り返しのつかない事が起きる前に、おまえはこの国を出るべきだ」
やっとマーリナスの言わんとしたことを理解したアレクは、ゴクリを喉を鳴らした。それに反して、ケルトは嬉しそうに顔を輝かせる。
「そうですよ。危険なことは避けるべきです。早速準備してきます!」
嬉々として部屋を飛び出して行った。
閉ざされたドアの音。残されたアレクとマーリナスの間には重々しい空気が流れる。
マーリナスの言ってることはもっともだ。それはわかる。わかるけど……
「マーリナスは……どうするんですか」
「わたしはこの国の警備隊長だ。国を捨てることは出来ない」
震える声で問いかけたアレクに、マーリナスは迷いなく答えた。
当然といえば当然の答え。だけどアレクにとって、それは心臓を裂かれるほどの痛みを伴う。だって、それって。
「お別れ……っていうことですか?」
「そう…なるな」
「これから先、一緒に痛みを分け合おうって約束したのに?」
互いの罪を。痛みを半分に。それが出来るのはマーリナスしかいないのに。苦しくなった胸元をギュッと握りしめたアレクの目から涙が溢れる。
マーリナスも同じ痛みを胸に抱えてアレクを見つめる。
それを強く望んだのはマーリナスだった。自分から言い出したことをみずから覆すしかないこの現状に、自責の念が襲う。謝って済む問題ではない。
でも、頼むから。
「泣くな」
マーリナスは折れそうなほど強く、アレクを抱きしめた。
胸に顔を埋めて肩を震わせるアレクにかける言葉が見つからない。
どれほどこうして抱きしめ合っても、二人の未来は大きく分かれしてしまった。これ以上心を繋ぐのは酷いうものだろう。
だから伝えなければならない。
この、言葉を。
「さよならだ」
苦痛に歪んだ顔を伏せて、マーリナスはアレクの肩をそっと押す。
体を震わせるアレクが痛々しくて、胸が裂けるようだった。頬を伝う涙を指で優しく拭い、マーリナスは最後の口づけを与える。触れ合う唇は、わずかに震えていた。
悲しみと懺悔と、
どうかこの先もアレクに幸せが訪れますようにと願いをこめて。
マーリナスの思いを乗せた口づけをアレクは涙を流して受け止める。
それがおまえのためなのだと、言葉が伝わってくるようで。アレクはそれ以上何も言うことが出来なかった。
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