132 / 146
第五章
ロンテ・ミリナス
しおりを挟む「だが安心せよ。我も鬼ではない。その力を証明したのち、そちが余の従者として尽くすと誓うなら、二人に処罰は与えぬ。それは約束しよう」
「本当……ですか」
「国王たる余の言葉を信じぬか、アレク」
大理石の床に視線を落としたまま震える声で問いかけるアレクに、ジュリアスはほくそ笑む。
アレクの耳に届いたその言葉はとても甘い誘惑に満ちている。両者の命はいま、天秤にかけられた。ホーキンスとエレノアか、マーリナスとロナルドか。
悩むまでもなく答えは出る。
だけど――
「やめろ、アレク」
「ここで俺たちの命を救っても、より多くの死者が出る。そのことにきみは耐えられないだろう。命令に従う必要はないよ」
マーリナス、次いでロナルドが声を上げて立ち上がる。ケルトもまた国王を睨みつけ立ち上がった。
「国王だと思って下手に出ていれば。あんた一体どういうつもりなんだよ。呪いを使ってひとを殺せっていうのか? それが一国の王がすることかよ!」
「無礼な! わきまえよ!」
「大体さっきから気になってたんだけど、そこにいるローブの奴。魔女の芳香がだだ漏れなんだよ。ここにいるだけで気分が悪くなる。そのことは知ってんのか?」
「魔女の芳香だと?」
エレノアの脇に黙って佇むローブ姿の人間を指さしてケルトが唸りをあげる。
魔女の芳香という聞き慣れない言葉に首を傾げたマーリナスの傍らでは、アレクが目を丸くしてローブ姿の人間を振り返る。
じっと目を凝らしてみたところでおかしな所は見当たらない。
だけどアレクは知っている。ケルトには視る目があること。
ケルトが持つその能力は、血筋による影響が大きいと言われている。
かつて魔術を行使できた者、占術に長けていた者。それらを総じて、ロンテ・ミリナスの末裔と呼ぶ。彼らだけが視る目を備えているのだ。
ロンテ・ミリナスはこの世に初めて魔術を生み出した者。
彼は自身の血肉を媒体とした魔術を生み出したが、その過程でひとつ大きな発見をした。媒体とする血肉にはあらかじめ魔力が備わっていなければならないということ。
魔術は自身の血に宿る魔力を源とする。
一方で魔法は魔術と違い、研磨を重ねれば誰しもが行使できるもの。
目に映ることはないが、いまも自分達の周囲に満ちているだろう魔法の源は、その土地に満ちる精霊の恩恵とされる。精霊に呼びかける呪文を介して力を借り受け、行使する。
そのため個々に相性の良し悪しがあり、簡単に行使できる者とそうでない者に分かれる。
水の豊かな地に生を受ければ水魔法が得意となったり、火山近くの小さな街では年端もいかない子供が中級の火魔法を操ることもあるらしい。
ケルトは前者。ロンテ・ミリナスの末裔の一人である。
そのためケルトの一族は長年モンテジュナルの王室に仕えていた。アレクの両親、または兄に至るまで従者として一族が付き従う。それは当然、術者の死を以てしか解除することが適わない魔術から王族を守るため。
だからケルトの言葉を疑う理由などない。それでもアレクは問わずにいられなかった。
「嘘でしょ、ケルト。本当なの?」
「間違いありません。きっと俺が地下街で見た奴と同じです。禍々しいオーラが体中から漏れていますから。おい、そいつは何者なんだよ」
じっとローブ姿の人間を睨みつけ、無作法な言葉を投げかけるケルトにジュリアス王は大して気を悪くした様子もなく、むしろ待っていましたとばかりに鼻で笑ってみせた。
「おまえが誰か知りたいそうだ。顔を見せよ」
鼻先まで深く被ったフードに手をかけ、すっと後ろに下ろしたその男は鬱陶しげに首元の留め金を外し、ローブを脱ぎ捨てた。
鳶色の短髪に頬に刻まれた大きな傷痕。筋骨隆々とした腕に奔る二頭の蛇。俯いた顔をゆっくりと上げたその男の名は――
「ベイン……」
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる