アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第六章

夜の怪奇

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 スタローン王国からベローズ王国までは馬で五日ほどかかる。それまでには荒野と砂漠を数日かけて移動し、郊外の村で宿を取らなくてはならない。

 パチパチと火の粉を散らすたき火をくべて、暖を取るギルの元へ二人は腰を下ろした。

 あれだけの警戒網を突破したベローズ王国警備隊の強さは言うまでもないが、よくよく見ると数はそれほど多くない。

 改めて彼らの強さを思い知らされた気がするが、警戒を解くにはまだはやい。

  アレクは交代で見張りを行う隊員達に目を向ける。

 周囲の見通しはいいが、連なる砂丘に目を光らせる彼からはピリピリとした空気が流れてきていた。

 なりゆきでここまでやってきたけど、これからどうするべきなのか。

 自分の素性だけでなく、バレリアの呪いにかかっていることまで明かされた。

 明かしたのは獄中にいるはずのベインであり、そのベインの体を操っていたのは……間違いなくバレリアだ。

 あの話し方。あの、声。

 いったい何が起きているのだろう。

 それにギルはどうしてまたスタローン王国に戻ってきたんだろう。

 ここ数日、逃げることに必死で落ち着けなかったけれど、やっと一息つけるところまで来た。警備を隊員達に任せたギルの表情も心なしが強張りが解けたようにみえた。

 マーリナスもきっと同様の疑問を抱いていたに違いない。タイミングを見計らったように口を開いた。

「ギル殿。あなたにはなんとお礼を述べてよいものか……」

「礼には及ばぬ。わたしは王命に従ったまで」

「王命……ですって?」

「さよう。我らがベローズ王国のクラリス国王が直々に命じられたのだ。アレク殿を救い出し、国に連れてくるようにと」

 ギルは思い出す。

 あれは拘束したモーリッシュ一味を連れて帰国する道中のことだった。

 それこそ、この場所からほど遠くない砂漠の一角でテントを張り、交代で見張りを立ていた。まるで今夜のように風は穏やかで静かな緊張感に満ちた夜。

 だがあの時の警備はいまより厳重であった。国際指名犯のモーリッシュを捕らえていたのだから。さらにバロンやその一味まで連行していたのだ。

 逃亡防止に魔法封じの枷を手足に嵌めさせた上で猿ぐつわを噛ませ、檻付きの馬車に閉じ込めた。周囲には武装した警備隊。鍵は小隊長に持たせ、会話も一切禁じていた。

 逃げられるはずなどなかった。

 それなのに、ことは起きた。

 不気味なほど穏やかな夜だったのにも関わらず、急に竜巻が巻き起こったのである。

 それは一瞬の出来事だった。

 陣営の中心から音もなく立ち上がった竜巻は怒濤の勢いで大きさを増し、陣営を丸ごと飲みこんだ。中央のたき火をかき消し、隊員達や檻付きの馬車まで視界から奪い取った。

 囂々と唸る竜巻に周囲の音は飲みこまれ、支離滅裂な叫び声だけが四方八方から聞こえていた。

 自分の体すら見て取ることができない黄色の世界。ざらざらとした砂が、まるで飛礫(つぶて)のような威力で体全体を打ちつける。

 顔を覆い隠して声を張り上げ、彷徨うように歩いてみたが、自分がどこにいるのかさえ分からなかった。

 しばらくすると徐々に風が弱まり、砂の勢いも落ちて視界がよくなってきた。竜巻がどこかに移動したわけじゃない。この場所で収束したのだ。最後に小さな風を起こして消えたのは、檻付きの馬車の上だった。

 ギル達は国際警備隊である。この砂漠を横断したことは数知れず。迷うこともなければ、水辺の場所だって余すところなく知っている。何年、何十年とこの道を歩んだが、こんな竜巻はいままで経験したことがなかった。

 狼狽したのは隊員だけではなくギルも同じこと。

 ようやく落ち着きを取り戻し、互いの無事を確認しながら他に異常がないか指示を出そうとした時。

「おいっ! ベインがいねえぞ!!」

 馬車の中から砂まみれのバロンが叫んだ。傍にいた隊員が檻の中を見て目を丸くする。

「まさか」

 ギルは馬車に向かって駆けだした。

 周囲にいた隊員も同じだ。大勢の警備隊がベインを輸送していた馬車を取り囲んだ。檻は固く閉ざされたまま。それなのに中にいるのはバロンとモーリッシュのみ。ここには確かにベインもいたはずなのに。

 慌てて彼らの手下を輸送していた他の馬車も確認してみたが、ベインだけがいない。どこを見ても何度見ても。ベインだけがいなかったのだ。

 檻の鍵はしっかりと小隊長が握っていたのに一体どうやって。

 まるで幻のように消えたベインを追って、ギルは周囲を捜索するように指示を出した。

 だがここは砂漠。延々と連なる砂丘は月明かりだけで十分遠くまで見渡せる。動く人影や足跡などは見つからず、ギル達は騒然としながらも捜索を断念せざるを得なかったのである。
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