しあわせの村

都貴

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第一章

第一章⑥

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 買った食材を車に積み込み、再び走り出して五分。景色が野原や田畑が広がる寂寥としたもの変わった。

 道の舗装すらなくなり、フロントガラスに橋が現れる。
 昔話に出てきそうな吊り橋だ。

 前を行く車の窓が開いて、顔を出した志村がこちらに叫ぶ。

「この吊り橋は一台ずつしか渡れません。私の車が渡りきってから渡って下さい」

 そう言うと、志村は躊躇うことなく吊り橋につっこんだ。

 志村の車が渡りきったところで、竜太の運転する車も吊り橋を徐行する。
 木製の踏み板の上を車で走るスリルに真澄がはしゃいでいるのに対して、有亜は不安げに窓ガラス越しに橋を見下ろしている。橋の遥か下は轟々と水が流れる川だ。荒くれた岩がところどころ隆起しており、落ちれば死ぬだろう。楽しそうな真澄が異常なのだ。

 この吊り橋以外に、しあわせの村に行く道はないのだろうか。そうだとしたら、吊り橋が壊れたら村に閉じ込められてしまう。数日後に大事な仕事を抱えているので、それは困る。

 心配しているうちに長い橋を無事に渡り終え、舗装されていない集落を車が走りだす。
 走り出してすぐの場所に役場だった建物があった。そこを過ぎると僅かに民家が点在し、ほんの小さな食堂や商店があるだけの、寂れて古ぼけた集落。
 しあわせの村という看板だけがやけに新しく、不釣り合いだ。

 村の中心部にあるひときわ大きな民家の庭で車が停まった。

 悠翔は竜太に礼を言って車を降りる。他のメンバーもぞろぞろと車から出てきた。
 志村は全員が見える位置に立ち、ぺこりと一礼した。悟りを開いた仏のような顔で微笑む。

「あらためまして、ようこそしあわせの村へ。ここは見ての通り村全体が廃村となった場所です。この村には幸福をもたらす神様が棲んでいて、写真を撮るとオーブがたくさん映ったり、誰もいない筈なのに足音が聞こえたり、風がないのにカーテンが揺れたり、白い人影が見えたりと、様々な不思議な現象が起きます。そういった現象を目の当たりにしたお客様は、男性なら出世したり、女性なら子宝に恵まれたり。他にも宝くじや福引に当選したりと様々な幸運が訪れています」

「宝くじいいなー、五億くらい欲しいーぜ」

 光司が頭の後ろで腕を組みながらケラケラと笑って茶々を入れる。
 志村は子供みたいに話の邪魔をする光司にむっとすることなく、仏の笑みを浮かべている。

「みなさんにもきっと、幸せが訪れますよ。他にも『会いたい人に会えた』という体験談もあります。みなさん、会いたい人はいらっしゃいますか?」

「芸能人に会いたいとか、そう言うハナシっすか?」
「光司、芸能人ならすでに一人いるじゃないの。ねえ、真澄」

 エリサが真澄の腕にしな垂れかかる。彼女がこの同窓会に参加したのは、真澄が目当てのようだ。

「オレはどうせなら朝ドラ女優の桃花ちゃんに会いたいぜ」
「下らないな、光司。俺なら、総理大臣や天皇などの雲の上の人に会ってみたいと思うぞ」
「はいはーい、ボクはメジャーリーガーに会ってみたーい」
「あら、夏生ったら意外とミーハーじゃないの」

 誰に会ってみたいという談義で盛り上がる旅行客達を、志村は静かな目で見ていた。

「みなさん微笑ましいですね。私はもっと違う想像をしました」
「違う想像ってなんですか?」

 キョトンとする莉乃に、志村は虚無的な笑みを向ける。

「もうこの世にいない人です」

 辺りがシンと静まり返った。気詰まりな空気が流れる。
 その空気をものともせず、志村は仏のような笑顔に戻って説明を再開した。

「さて、宿泊にあたってこちらをご拝読下さい」

 志村が光司にラミネート加工されたA4用紙を渡す。

「今日から二泊三日、この村で最も大きいこの民家にお泊り頂きます。ただ、ここ以外でも橋のこっち側はどの家を使ってくださっても結構ですし、廃校や廃役場など、どこで何をしていただいても構いません。ただし、村の物を持ち去ったり、故意的に窓を割ったり椅子を壊す等の器物破損をしたり、放火はおやめください。詳しい禁止事項はお手元のルール表をご覧ください」
「あら、そんなことをする非常識な宿泊客がいるのかしら」

 エリサの質問に志村は眉を八の字に下げた。

「ええ。酒に酔ってふざけた大学生グループが大暴れしたことがあるのです」
「災難だったな」

 悠翔が労いの言葉をかけると、志村は静かに笑んだ。

「人間の本性には悪意が潜んでいますから。万一故意に器物を棄損した場合は修理費や賠償責任を問いますので、ご注意ください。でも、寝相で障子に穴をあけたり、うっかり皿を割ったりくらいは気にしませんのでご安心を。しあわせの村には電波は来ておらず電話線もありませんが、電気とガスと水道は生きていますので、冷蔵庫やガスは好きに使えます」
「怪我人とか急病人が出たらどーすればいいの?」

 手を挙げて質問した夏生に志村は穏やかに答える。

「基本的には管理人の私が村の入り口の旧役場の敷地内の小さな管理人室に控えています。私が出掛けていて不在の場合は、ご足労ですが橋を渡って音無村の役場で電話を借りて下さい。他に何かご質問はございますか?」

 志村が悠翔達を見回し、特に質問がないことを確認して頷く。

「それでは私は退散します。九月十二日の月曜の午後十二時にお迎えに上がります。どうぞ、二泊三日のスローライフをお楽しみください」

 志村がこちらに背を向けて車に向かっていく。成人男性の平均ぐらいの身長に太った体。不意に渡崇の姿が脳裏に蘇った。

「あ」

 思わず声を上げてしまった悠翔を志村が振り返る。

「なにかありましたか?」
「い、いや。悪い。なんでもない」
「そうですか、では失礼します」

 にこやかに頭を下げて志村が遠ざかる。彼の車が三日分の食材や荷物を降ろして去った。

「楽しい同窓会の始まりだな。さっそく庭で乾杯しちまおーぜ」

 酒が入ったビニール袋を持ち上げて笑う光司に、 悠翔は呆れた目を向ける。

「馬鹿言ってんじゃねえよ、光司。食材が腐っちまうだろうが。まずは荷物の片付けと、部屋の確認をするのが先だ」
「チェッ、悠翔はチャラそうに見えてかてーよな」
「お前が軽すぎるんだよ」
「悠翔の言う通りだよ、まず片付けをしなくちゃ」

 悠翔に莉乃が同調し、みんなが動き出す。

「肉体労働は嫌なのよね」

 エリサが真澄に擦り寄り、会話をはじめた。二人とも手伝う気はないようだ。
 静流が二人を睨みつける。だが、軽音部のプリンスと女王様に注意をするのは躊躇われるようで、何も言わなかった。他の連中も二人のサボリを見て見ぬ振りする。

 いつもこうだ。

 悠翔は後頭部をくしゃくしゃと掻き回し、溜息を吐いた。

「オラ、真澄。さぼってんじゃねえよ。軟弱でもお前は一応男なんだから、重い荷物を持つぐらいの度量をみせやがれ」

 流石に米が入った袋を渡すのはかわいそうなので、キャベツやトマトなどの野菜が詰まった袋を差し出す。

「ええ、僕も運ぶの? いつもは大事な手を守る為に、マネージャーが荷物を運んでくれるよ」
「ここは同窓会の場だ、お前の職業なんざ知ったこっちゃねえよ。ギタリストなら筋トレも必要だろうが、つべこべ言わず運べ」
「はいはい。わかったよ、悠翔」

 真澄は唇を尖らせながらも袋を受け取って、肉類を運ぶ莉乃の隣に並んだ。親しげに話しながら二人が遠ざかっていく。

 寄り添う二人の後ろ姿に僅かに胸が痛んだ。
 痛みを振り切るように、悠翔はてきぱきと片付けを行う。

 平屋の広い屋敷は少し変わった構造だ。玄関が広く、家のほぼ真ん中を暗い中廊下が走っている。
 玄関から入って中廊下の右手側は玄関から順に小さな和室、大きな和室、茶の間が並んでいて三つの部屋の縁側は繋がっている。茶の間の隣は台所、洗面所だ。

 左手側は同じくらいの広さの和室が四つあり、どの部屋も中廊下と外廊下から出入りできる。

 扉はすべて、中廊下側は襖、縁側や外廊下側は障子であり、どの部屋もプライベート空間という感じがせず、落ち着かない。
 開き戸なのは洗面所とトイレだけだ。台所には扉はなく、暖簾で区切られている。

「んしょっと」

 夏生が酒の入った重そうな袋を両手に下げて運んでいるのが見えた。バーベキューコンロを降ろして夏生の傍に寄り、彼女の手から袋を奪う。

「これは重いから俺が運ぶ。夏生はあっちの菓子の袋を頼む」
「えー、いーよいーよ。ボク、そこらの男より力持ちだから」
「そうだな。でも、これは俺に任せときな」

 夏生がくりっとした目を見開いてきょとんとする。
 悠翔が唇の端を持ち上げて不敵に笑うと、彼女は一瞬だけ視線を余所に泳がした。それからまた悠翔を見て、子供みたいにニコッと無邪気に笑う。

「ありがと、悠翔。じゃあ、任せるよ。ボクより小さいけど、悠翔は男前だよー」

 夏生がお菓子の袋を持って、軽やかな足取りで家に入っていく。

 悠翔は両腕にのしかかる飲料の重みをものともせず、スタスタと彼女の後に続いて家に上がる。
 木造の床の古き良き日本家屋といった風情の民家の中は、ひんやりとしていた。今は昼間で明るいが、裸電球一つが吊るされただけの廊下は、夜はさぞかし暗いだろう。

 ここで謎の跫を聞いたり、白い人影を見たりしたら、たとえそれが福の神だったとしても恐ろしいに違いない。

 人一倍度胸があって精神的にも肉体的にも強い悠翔だが、実のところホラーは少し苦手だ。
 天井の隅の影が蠢いたような気がして思わず足を止める。

 じっと影を見詰めていると、冷やりとした手が首筋に触れた。
 悠翔は細い肩をびくりと跳ねさせる。

「ねえ、幽霊だと思った?」

 耳朶に甘く響く声。
 悠翔はチッと大きく舌打ちをして振り返った。

「足音もなく近付いてくるんじゃねえよ、真澄」
「悠翔がびびってるから、ついからかいたくなっちゃった」
「ビビッてねえ」
「この村、しあわせの村なんてお目出度い名前だけど、なんか陰気じゃない? 僕はこういう退廃的でミステリアスな雰囲気は好きだけどさ、不吉さは否めないよね」
「不吉?」
「この同窓会、妙なことが起るかもしれないね」

 どういう意味だ。
 問い返す前に邪魔が入った。

「ねえ、真澄。お風呂場を洗うの、手伝ってちょうだいよ。一人じゃ大変なのよね」

 スポンジを手にしたエリサが、甘えるような声で真澄を呼ぶ。真澄は踵を返してエリサと恋人同士のように身を寄せ合って風呂場に歩いていった。

 悠翔は小さく息を吐く。

 
 真澄の言葉がいやに不気味に頭の中で響いて離れなかった。


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