しあわせの村

都貴

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第二章

第二章①

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 白い煙と肉が焼ける香ばしい匂いが夜空に立ち昇る。
 悠翔達は黄金色の液体で満たされたグラスを掲げて、杯を交わした。澄んだグラスの音が静かすぎる闇に響く。

「プハーッ、あっつい夏の夜のビールさいっこー!」

 光司が一気にビールを飲み干し、すぐに二杯目を注ぐ。
 暑い夏の夜というには今夜は涼し過ぎるが、罪悪感なくビールを飲む為の言い訳を奪うほど無粋じゃない。悠翔は敢えて突っ込まなかった。

 ホテルのレストランやお洒落な飲食店での豪勢な同窓会ではないが、廃村を貸切った軽音部一期生の同窓会はなかなか華やかな場となっている。

 網の上ではバーベキュー用の肉や野菜だけじゃなくて、悠翔が作ったおつまみ用のアヒージョ、トマトとチーズで煮込んだチキンも並んでいるし、前菜として用意したアボカドとマグロのタルタル、スモークサーモンのサラダ、スパニッシュオムレツもある。酒もたっぷり買い揃えた。

 みんな思い思いに好きなものを食べ、酒を飲んで笑顔を浮かべている。

 悠翔は乾杯の時に強制的に注がれたビールを飲み干すと、ジンライムを注いだ。爽やかなライムの酸味と炭酸が喉を通る。缶カクテルにしては上出来の味だ。ジンライムをからにすると、今度は美しいルビー色のサングリアでグラスを満たす。

「なんだよ、悠翔。女っぽい酒飲んでるじゃん」

 ケラケラ笑いながら光司がこちらを指さす。
 悠翔は堂々と赤い液体の揺れるグラスを掲げた。

「いいじゃねぇか。俺はワインやカクテルが好きなんだよ」
「マジかよ、だっせーな悠翔。日本男児ならビールか焼酎、日本酒だろーが」

 光司が勝ち誇った顔をする。静流も同調するように頷いた。

「日本酒が駄目なら、せめてウイスキーやバーボンだろう。甘いカクテルやワインは女が好きな酒だな」
「ははっ、嗜好に男女の区別なんざあるかよ」

 不敵な笑みを浮かべて悠々と言い放つ悠翔に、莉乃がクスリと小さく笑う。

「悠翔、中学の時から変わらないね。あたし、悠翔の周りに流されないところ尊敬してるの。男だからとか女だからとか、今時そんなの古いよね」
「そうそう、莉乃の言う通りだよ。ボクは男に並んでバリバリの営業職として頑張ってるよ。早く出世してもっとえらくなって、女だからって見下されないようになりたいなー。四十歳前に課長に昇進を目指してるんだ」
 生き生きと語る夏生を、エリサが鼻で笑う。
「夢見るのはいいけれど、それは難しいわよ夏生。業種にもよるけど、営業職はやっぱり男の舞台だわ」
「えー、そうかな。エリサ、その考え古くない?」

「古くないわよ。私の会社の同期の子、ハウスメーカーの営業職を目指して就活をしていたらしいんだけれど、就職課に文系の女で営業職は難しいって言われてやっぱり一次選考落ちして、私と同じ事務職勤めよ。ちなみに夏生はなんの会社の営業職なのよ」

「ボクは理化学機器の商社だよ。顕微鏡や実験器具を売ってるんだ」
「なら、余計に男社会ね。保険とか化粧品の営業ならともかく、重い物を扱うし、夏生は地元を出て佐賀県の大学に行って、そのままそこで就職したんだったわよね」

「そうだけど、それがなに?」
「地方はまだまだ男尊女卑よ。女は出産で仕事を抜けるから、重要なポストにはつきにくいのよね」
「ボクは結婚なんて考えてないもん。キャリア積んで、一人で生きていく」

 夏生の宣言にエリサは肩を竦めて呆れたような顏をする。
 一方、莉乃は夏生に尊敬の眼差しを向ける。

「夏生は昔から男子より男前だよね。あたし、憧れちゃうな」

 莉乃が簡易テーブルに頬杖を突き、悩ましげな溜息を吐いて空を見上げた。

「莉乃は地元で小学校の先生してるじゃん。しかも正職員。そっちの方が尊敬だよ。すごいじゃん莉乃」
「そんなことないよ、夏生。学校の先生はブラック職業だって人気がないから、あたしでも採用試験通っただけなの。じっさいに働いてみると、ほんと大変。残業だらけでプライベートの時間なんて一切ないの。いくら子供が好きでも、離職を考えちゃう」 

「そんな仕事大変ならよー、女だし結婚して主婦になればいいじゃん。莉乃はアイドル張りに可愛いから、いくらでも稼ぎがいい男捕まえられんだろー。オトコオンナの夏生と違ってな」

 ヘラリと光司が笑うと、莉乃は眉を下げて光司を嗜める。

「光司、夏生に失礼だよ。夏生だって、可愛いじゃない」
「いいよ、莉乃。ボク、自分が女らしくないことはわかってるし、男みたいでカッコイイって言われる方が嬉しいくらいだよ」
「変わんねーな、夏生。カレシいない歴生まれた年か? 二十四で処女はヤベーだろ」

 尚もニヤニヤと笑う光司に夏生は頬を赤らめる。
 羞恥の中に僅かに不快と痛みが混じったことに気付き、悠翔は光司をぎろりと睨んだ。

「光司、そういうからかいは止めろ。気分わりぃんだよ」
「なんだよ、悠翔。んなことぐらいで怒んじゃねーよ。オマエ、見かけに寄らず潔癖だよな。だから真澄にオンナ盗られるんだよ」
「それは俺じゃなくて、真澄に問題があるんだよ」
「それは僕が魅力的すぎるってことかい、悠翔」

 真澄が艶然と笑いながら、悠翔の肩に手を置く。
 悠翔は肩にべったりと触れる手を軽く払い退けた。

「お前の性格が最低だってことだよ、馬鹿」
「手厳しいね。僕は至っていい人間さ。女の子にはとっても優しいよ」
「飽きたらすぐに別の女に手を出す浮気男がよく言うぜ」
「こう見えて、僕は一途さ」

 真澄の涼やかな茶色い瞳がじっとこちらを見詰める。

 意味ありげな瞳の奥には、仄昏い影が渦巻いている。悠翔は背筋がぞくりと震えるのを感じた。
 理由は分からない。いつもならポンポンと出てくる悪態が引っ込み、言葉を失う。

「ははっ、ウソつくなよ真澄。オマエ、高校時代だけで何人のオンナと寝たんだよ。いろんなウワサがあるんだぜ。マスコミに流れたらヤバいんじゃね? オレ、オマエのヤバイネタけっこう知ってるんだぜ。へへ、タレ込んじまおっかな」

 冗談めかして笑う光司の垂れ目の奥はいやらしくぎらついていた。
 卑しい目だ。光司には昔から卑屈で攻撃的な一面があったが、ここまでじゃなかった。

 光司は大学進学時に県外に出て行ったので、高校卒業後の足取りも現在の職業も知らないが、歪な喜悦の滲んだ目を見ると、彼の道行が輝かしいものではなかったのがなんとなくわかる。

 悠翔はさり気なく光司から目を背けた。

 脅されている張本人の真澄は余裕の笑みを浮かべている。
 その一方で、予想外の人物が光司の言葉に反応を示した。

 バーベキュー開始後から一人輪を外れ、無言でポツンと立っていた有亜が光の届かない闇から、硝子玉のような双眸で冷たく光司を見ていた。殺気すら漂う視線だ。

 そうだ、彼女は密かに真澄の信者だった。

 有亜の視線に気付いた真澄が彼女に視線を遣る。緩やかに三日月に細められた真澄の瞳は『やれ』と言っているようだった。
 有亜がバーベキューのステンレスの串を握り締めた。

 高校の部活の同窓会で殺人事件勃発。不吉な新聞記事が頭にちらつく。

 冗談じゃない。

 悠翔が場の空気を変えようと動く前に、莉乃が天真爛漫に笑顔でパンと手を叩いた。
 おかげで妙な空気がさっと吹き飛んだ、ナイスアシストだ。

「ねえ、せっかくの軽音部の同窓会だし、みんなで歌おうよ」

 莉乃の提案に静流が整った眉を寄せる。

「合唱なんて俺は御免だな、小学生じゃないんだぞ」
「そうだね。ごめんね、静流。じゃあ、バンド演奏はどうかな。って、ボーカルはいても楽器はないよね」
「ところが、オレはギター持ってんだよ」
「光司、なんでお前がギターを持っているんだ。お前はベースかボーカル担当だった筈だ」

 静流の言葉に光司が胸を張る。

「じつはオレ、大学時代に趣味でギター弾いてたんだ。ユーチューブでシンガーソングライターの真似事してて、学内ではちょっと有名だったんだぜ。だから弾き語りは任せとけよ。さっそく披露してやるよ」

 得意げな光司の提案を、エリサがすげなく却下する。

「ギターなら真澄に演奏してもらいましょうよ。私、プロの音楽が聴きたいわ」
「ボクも真澄のギターが聴きたいっ」

 夏生が真っ先に手を挙げてエリサに同意する。
 いそいそと縁側に置いてあったギターを持ってきた光司は、苦笑を浮かべてワックスで立てた金髪を掻きながら、ギターを真澄に差し出した。

「そりゃそーだよな。そんじゃあ、オレは歌を……」
「歌は悠翔に歌ってもらおうよ。なんたってウチら軽音部が誇る天才ボーカルだもんね。ねっ、みんなも賛成だよねっ?」

 夏生の提案に、珍しく有亜がまっさきに賛成を口にする。

「私も白川君と獅子王君のデュエットが見たい……」
「素敵だわ。私も賛成よ」
「あたしも。ね、悠翔。歌ってよ」

 不満げな光司と冷めた顔の静流を無視して、女達がきゃあきゃあと盛り上がる。
 高校を卒業して以来、飲み会や合コンでしょうがなく大勢の前で歌うことはあれども、自分から観衆を前に歌うことは避けてきた。ステージで歌えば高校時代の快感を思い出してしまうから。

 それは甘い快感でもあり、苦い痛みでもある。

「ねえ、悠翔。お願い歌って」

 莉乃の大きな瞳に強請るように見上げられて、逃げ道を失う。彼女の上目遣いには、男を動かす力がある。
 悠翔は前髪を掻き上げ溜息を吐くと、片眉を下げて笑った。

「いいぜ。真澄、曲を頼む」
「了解」

 真澄がギターをかき鳴らす。

 高校時代に真澄が創った曲が夜の闇に響いた。激しさの中に切なさの混じるメロディが胸を揺さぶる。悠翔は音に入り込むように目を閉じる。

 前奏が終わるタイミングで瞼を開いた。鋭い琥珀色が闇に閃く。

 マイクも舞台もない。だけど、自分の声と真澄のギターの音色があればそれで十分だ。真澄のギターに合わせ、悠翔は歌を奏でた。ややハスキーな声が高い音も低い音も難なく歌い上げる。時折ギターを弾く真澄がハモリを入れる。

 二人の声と音が一体となって融け、ドラッグのようにオーディエンスを興奮させ、魅了した。


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