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第二章
第二章②
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歌い終えた悠翔は悩ましげな吐息を零した。隣の真澄も恍惚とした表情をしている。血を沸かせる快感。この瞬間だけはいつも、真澄と強く繋がっていると感じられた。
悠翔と真澄とは何もかもが正反対だ。真澄は優等生っぽい見た目に反して性格が不真面目なのに対し、悠翔は不良っぽく見えて生真面目。真澄は女泣かせで女誑しの軟派な男で悠翔は女に優しく紳士的で硬派。
お互い違うとこだらけで顔を合わせば喧嘩ばかりしていたけど、一つだけ馬が合うところがあった。それが音楽だ。
真澄の弾くギターと悠翔のボーカルは最強の組み合わせで、互いの音が共鳴し、えも言われぬ多幸感を生み出す。
悠翔は彼のギターの時が一番気持ちよく歌えるし、彼も悠翔の歌声の時が一番乗った演奏をする。音楽の相性はこれ以上ないほど抜群だった。
軽音部の十人は様々な組み合わせで演奏を行ってはいたが、圧倒的な人気を誇るのは悠翔のボーカルと真澄のギターの組み合わせであり、観客が悠翔と真澄の出演に期待を寄せていたのは、誰の目から見ても明らかだった。
演奏を終えた悠翔と真澄を大きな拍手と歓声が包み込む。
「名コンビの復活だね。かっこよかったよ、悠翔、真澄くん」
莉乃が頬を紅潮させる。
エリサと夏生も興奮した顔で二人を褒めたたえた。
「素敵よ、二人とも。プロの真澄にこういうのも変だけれど、二人が揃うとそこらのプロ顔負けね」
「ホント、悠翔も真澄も昔と変わらずサイコーだった」
いつもは大人しい有亜も「すごくよかった」と小声ながらも称賛する。
「悔しーけど、やっぱオマエらスゲーな。天才かよ」
光司が惜しげもなく拍手をしながら言った。語尾が微かに揺れていた。その感情の正体に悠翔はすぐに気が付いた。
静流はもっとはっきりしている。彼だけは拍手をせず腕を組んで、ただじっとこちらを見ていた。切れ長のその瞳に宿るのははっきりした嫉妬だ。
光司と静流の負の感情がじんわりと漂って、手放しで称賛する他の五人の歓喜に奇妙に混じる。だが、そんなことどうでもいいぐらい気分が高揚していた。
改めて思う。相性最悪の真澄だが、ステージの上でだけはまるで運命の恋人同士のようだ。共に音楽を奏でる時だけ、普段は涼しげな真澄が汗を掻き、頬を上気させて目を輝かせている。
今もそうだ。テレビでブラックサーカスとして演奏している時よりも、高揚した横顔。自分は彼に必要とされている。それは甘美な誇りだった。
「僕と東京に来てくれ、悠翔」
高校二年生の秋の学園祭の終わりの日に、真澄はまるでプロポーズでもしているかのように緊張と不安の混じった真摯な顔でそう言って、こちらに指の長い美しい手を差し出した。
あの時の彼の姿が脳裏に鮮明に蘇った。
もしもあの時、彼の手を取っていたら、今自分は大勢の観衆を前に歌っていただろうか。
自分の選んだ道に後悔はない。だが、大勢を前に歌う時、ふと潰えた未来を描かずにはいられない。
一度は真澄の手を取ろうとした。だけど、もう一人の手を、袖を引っ張る小さく華奢な白い手を、悠翔は振り払うことができなかった。
皮肉なことに、自分を引き留めたあの手はもうこの世には存在しない。
いや、違う。灰と骨となって、押し入れで今も自分の帰りを待っているのかもしれない。
ぞっとするような冷ややかな風がうなじを撫でた。まるで死者の吐息だ。
悠翔は後ろを振り返る。夜でもぼんやりと明るい東京とは違う、のっぺりと濃密な闇が背後に広がっている。闇の中で、ほっそりとした白い影が佇んで手招きしているような気がした。
「おい、学芸会の間に肉が焼けてしまっているぞ」
静流の咎めるような声ではっと我に返る。
網の上で焼け過ぎた肉が白い煙を登らせていた。
みんながバーベキューコンロを設置した明るい縁側の方に戻っていくなか、悠翔は闇に一人立ち尽くしていた。
「どうかしたんですか?」
静かな声に悠翔は肩をびくりと跳ねさせる。
声が聞こえた方に目を遣ると、漆黒に溶け込むように竜太が佇んでいた。
透明人間。
失礼だが、言い得て妙だ。彼はいつもどこにいても空気に溶け込み、そこにいるのに姿がないように錯覚させる。本人にとってそれが望ましいものかどうかわからないが、ある種の才能だと思う。
「いや、なんでもねぇ」
「そう、ですか。僕は幽霊でも見たのかと。ここは、そういう場所ですから―…」
「幽霊? そういう場所?」
「忘れて下さい。つまらないことを言ってしまいました」
「気になるじゃねえか、言ってくれよ」
「本当に、言ってもいいですか?」
印象の薄い小さな目がじっと悠翔を見下ろす。
どことなく陰気な視線だ。脅されているような気がしたが、彼の言葉の続きが気になる。
「ああ、言ってくれ」
「しあわせの村は幸福を引き寄せるという宣伝文句なのは知っていますよね。たしかにここに泊まった人が小説家デビューしたり、結婚したり、宝くじに当たるという話をよく聞きます。でも、それだけじゃない。ここでは、死者が幽霊となり現れるんです」
「死者が、現れる?」
悠翔は喉仏を上下させた。
冷や汗がこめかみを伝い落ちる。宿泊客しかいない廃村に幽霊が現れる。ぞっとしない想像だ。
「もうこの世にいない人です」
抑揚のない声で呟いた志村の虚ろな笑みが脳裏に浮かぶ。
志村はどういうつもりであんなことを言ったのだろうか。感傷に浸っていたふうじゃない。もっと昏く、混沌とした感情が彼の胸中に渦巻いていたように思う。
死者になど会いたくない。
悠翔は首を横に振る。
「まさか、死人は蘇ったりしねぇよ」
「……だと、いいですね。ここにいる全員、幽霊になって現れたら困る人がいますから。僕もそうです」
誰のことを言っているのだろう。悠翔は首を傾げる。
「獅子王君、わかりませんか?」
残念そうな顔で竜太が問い返す。
軽音部の全員にとって現れて困る人物なんかいるだろうか。全員に共通して死んでいる人物は、渡崇だけだ。少なくとも自分は、崇が現れたところで、別に困りはしない。
困惑する悠翔に静かに笑い掛けると、竜太は縁側のみんなの方に歩いて行った。
悠翔と真澄とは何もかもが正反対だ。真澄は優等生っぽい見た目に反して性格が不真面目なのに対し、悠翔は不良っぽく見えて生真面目。真澄は女泣かせで女誑しの軟派な男で悠翔は女に優しく紳士的で硬派。
お互い違うとこだらけで顔を合わせば喧嘩ばかりしていたけど、一つだけ馬が合うところがあった。それが音楽だ。
真澄の弾くギターと悠翔のボーカルは最強の組み合わせで、互いの音が共鳴し、えも言われぬ多幸感を生み出す。
悠翔は彼のギターの時が一番気持ちよく歌えるし、彼も悠翔の歌声の時が一番乗った演奏をする。音楽の相性はこれ以上ないほど抜群だった。
軽音部の十人は様々な組み合わせで演奏を行ってはいたが、圧倒的な人気を誇るのは悠翔のボーカルと真澄のギターの組み合わせであり、観客が悠翔と真澄の出演に期待を寄せていたのは、誰の目から見ても明らかだった。
演奏を終えた悠翔と真澄を大きな拍手と歓声が包み込む。
「名コンビの復活だね。かっこよかったよ、悠翔、真澄くん」
莉乃が頬を紅潮させる。
エリサと夏生も興奮した顔で二人を褒めたたえた。
「素敵よ、二人とも。プロの真澄にこういうのも変だけれど、二人が揃うとそこらのプロ顔負けね」
「ホント、悠翔も真澄も昔と変わらずサイコーだった」
いつもは大人しい有亜も「すごくよかった」と小声ながらも称賛する。
「悔しーけど、やっぱオマエらスゲーな。天才かよ」
光司が惜しげもなく拍手をしながら言った。語尾が微かに揺れていた。その感情の正体に悠翔はすぐに気が付いた。
静流はもっとはっきりしている。彼だけは拍手をせず腕を組んで、ただじっとこちらを見ていた。切れ長のその瞳に宿るのははっきりした嫉妬だ。
光司と静流の負の感情がじんわりと漂って、手放しで称賛する他の五人の歓喜に奇妙に混じる。だが、そんなことどうでもいいぐらい気分が高揚していた。
改めて思う。相性最悪の真澄だが、ステージの上でだけはまるで運命の恋人同士のようだ。共に音楽を奏でる時だけ、普段は涼しげな真澄が汗を掻き、頬を上気させて目を輝かせている。
今もそうだ。テレビでブラックサーカスとして演奏している時よりも、高揚した横顔。自分は彼に必要とされている。それは甘美な誇りだった。
「僕と東京に来てくれ、悠翔」
高校二年生の秋の学園祭の終わりの日に、真澄はまるでプロポーズでもしているかのように緊張と不安の混じった真摯な顔でそう言って、こちらに指の長い美しい手を差し出した。
あの時の彼の姿が脳裏に鮮明に蘇った。
もしもあの時、彼の手を取っていたら、今自分は大勢の観衆を前に歌っていただろうか。
自分の選んだ道に後悔はない。だが、大勢を前に歌う時、ふと潰えた未来を描かずにはいられない。
一度は真澄の手を取ろうとした。だけど、もう一人の手を、袖を引っ張る小さく華奢な白い手を、悠翔は振り払うことができなかった。
皮肉なことに、自分を引き留めたあの手はもうこの世には存在しない。
いや、違う。灰と骨となって、押し入れで今も自分の帰りを待っているのかもしれない。
ぞっとするような冷ややかな風がうなじを撫でた。まるで死者の吐息だ。
悠翔は後ろを振り返る。夜でもぼんやりと明るい東京とは違う、のっぺりと濃密な闇が背後に広がっている。闇の中で、ほっそりとした白い影が佇んで手招きしているような気がした。
「おい、学芸会の間に肉が焼けてしまっているぞ」
静流の咎めるような声ではっと我に返る。
網の上で焼け過ぎた肉が白い煙を登らせていた。
みんながバーベキューコンロを設置した明るい縁側の方に戻っていくなか、悠翔は闇に一人立ち尽くしていた。
「どうかしたんですか?」
静かな声に悠翔は肩をびくりと跳ねさせる。
声が聞こえた方に目を遣ると、漆黒に溶け込むように竜太が佇んでいた。
透明人間。
失礼だが、言い得て妙だ。彼はいつもどこにいても空気に溶け込み、そこにいるのに姿がないように錯覚させる。本人にとってそれが望ましいものかどうかわからないが、ある種の才能だと思う。
「いや、なんでもねぇ」
「そう、ですか。僕は幽霊でも見たのかと。ここは、そういう場所ですから―…」
「幽霊? そういう場所?」
「忘れて下さい。つまらないことを言ってしまいました」
「気になるじゃねえか、言ってくれよ」
「本当に、言ってもいいですか?」
印象の薄い小さな目がじっと悠翔を見下ろす。
どことなく陰気な視線だ。脅されているような気がしたが、彼の言葉の続きが気になる。
「ああ、言ってくれ」
「しあわせの村は幸福を引き寄せるという宣伝文句なのは知っていますよね。たしかにここに泊まった人が小説家デビューしたり、結婚したり、宝くじに当たるという話をよく聞きます。でも、それだけじゃない。ここでは、死者が幽霊となり現れるんです」
「死者が、現れる?」
悠翔は喉仏を上下させた。
冷や汗がこめかみを伝い落ちる。宿泊客しかいない廃村に幽霊が現れる。ぞっとしない想像だ。
「もうこの世にいない人です」
抑揚のない声で呟いた志村の虚ろな笑みが脳裏に浮かぶ。
志村はどういうつもりであんなことを言ったのだろうか。感傷に浸っていたふうじゃない。もっと昏く、混沌とした感情が彼の胸中に渦巻いていたように思う。
死者になど会いたくない。
悠翔は首を横に振る。
「まさか、死人は蘇ったりしねぇよ」
「……だと、いいですね。ここにいる全員、幽霊になって現れたら困る人がいますから。僕もそうです」
誰のことを言っているのだろう。悠翔は首を傾げる。
「獅子王君、わかりませんか?」
残念そうな顔で竜太が問い返す。
軽音部の全員にとって現れて困る人物なんかいるだろうか。全員に共通して死んでいる人物は、渡崇だけだ。少なくとも自分は、崇が現れたところで、別に困りはしない。
困惑する悠翔に静かに笑い掛けると、竜太は縁側のみんなの方に歩いて行った。
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