警視庁特殊影動課トカゲ

都貴

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第三章

幸福の会 終幕

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幸福の会はカルト教団とみなされて解体された。

教祖の桃源はもちろん、十塚や穂村などの幹部、信者からも逮捕者が続々とでた。
桃源の罪状は詐欺罪と脅迫罪に問われただけでそれほど重い罪にはならなかったが、穂村は放火罪や傷害致死罪に問われて教祖よりも長い刑期が与えられた。

十塚は数えきれない殺人罪を犯していて、死刑が確定した。

梅雨真っ只中だというのに晴れて美しい空につられて、黒須は公園のベンチで東京新聞の幸福の会の記事を読んでいた。

新聞には幸福の会の犯罪を暴き、隠れた殺人の温床を見つけた警視庁を褒めたたえる記事が大々的に掲載されていた。

しかし、特殊影動課である黒須、那白、忍の決死の大活躍については一文字も触れられていない。

トカゲは影の部隊。世間的には存在しないのだから当然だけど、そのことを黒須はちょっとだけ残念に思った。

「よっ、クロ。こんなとこで新聞読んでるなんて文化人気取りか?脳みそ筋肉のくせに」
「お疲れ様です、慶さん。大活躍でしたね」

 二つの声に顔をあげると、普段着の那白と月尋が笑いながらこちらを見ていた。
二人ともパーカーにジーンズ姿で、年相応の恰好をしている。

こうしてみると、普通の高校生なんだな。

黒須は感慨深い気持ちで二人を見た。

「なんだよ、クロ。その親戚のおじさんみたいな目やめろよ」

 那白が可愛くない態度をとる。

黒須は新聞を畳んで立ち上がると、二人の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。

「やめろよ。髪ぐしゃぐしゃになるじゃん」
「慶さん、くすぐったいです」

 嫌がる那白とくすぐったそうにする月尋をひとしきり撫でまわすと、黒須はもう一度ベンチの真ん中に腰かけた。那白と月尋が左右に腰を下ろす。

 しばらく日常的な会話を楽しんでいた。
今日の日差しは暑くて、喉が渇いてきたので黒須は腰を半分あげる。

「ジュース買ってくるわ、二人は何がいい?」
「ジュースなら、俺が買ってきます」
「いいよ月尋。俺が飲みたいんだし、買ってきてやるよ」
「いえ、俺が行きます。何がいいですか?」

 自分が行くと聞かない月尋を説き伏せるのは大変だ。黒須は千円札を渡し、冷たいブラックコーヒーをお願いする。那白はレモンスカッシュを頼んだ。

 月尋が公園の近くにある駄菓子屋に向かっていくのを見送ると、那白が神妙な顔でこちらを見た。

「それで、クロは仕事続けんの?」

 いきなりの質問に「は?」と思わず聞き返すと、那白はじれったそうな顔になった。

「だからさ、クロはもうすぐ研修期間終了だろ。正式に契約すんのかって聞いてんの」
「ああ、その話な」

「今日の新聞読んでわかっただろ。あんな命がけで犯人逮捕したって、トカゲは称賛されない。
危険なのに報われない仕事だ。給料だってそんな高くないしさ。
クロさ、この仕事にちょっと嫌気さしてただろ。だから、やめるのかなって思ってさ」

「……そうだな、嫌気がさしたことがあるのは認めるよ」
「じゃあ―…」

 那白の青い瞳が不安げに揺れる。珍しい顔だ。

迷子みたいな顔になんだか癒されてしまって、黒須は頬の筋肉を緩めた。

「やめねーよ。珍しく、この仕事続けたいって思った。もっとシロのパートナーでいたいしな。お前と仕事すんの、楽しいよ」

 にっと笑いかけると、那白の白い耳が真っ赤になる。

「バッカじゃねーの、パートナーでいたいなんてさ。その台詞、くっさ」

「くさくねえだろ、失礼だな。それよりお前こそ仕事続けるのか?幸福の会がお前の両親を殺した犯人かもって言ってただろ。そうなら、続ける理由なくなるじゃねぇか」

「違ったよ。幸福の会は俺の家を襲った奴らとは違う。幹部の十塚の自白を手伝った。穂村の聴取にも付き合ったけど、違った。だから、オレはまだ続けるよ」

「なら、よかった。シロがいなくなったら、つまんねぇ職場になっちまう」

「なんだよ、それ。そっか、でも続けるならよかった。明日からもよろしくな、クロ」

 那白が眩しいくらい晴れやかな笑顔を浮かべて、こちらに手を差し出す。
まだ高校生なのにいろいろなものを背負って生きている小さな手。

「おう、こっちこそよろしくな」

 黒須は小さな手を握り返して、那白に負けないくらいの笑顔を浮かべた。

相棒の少年を見詰める琥珀色の瞳には、太陽のような眩しい光が宿っていた。



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