おかしなモノを拾いまして。

青菜にしお

文字の大きさ
2 / 15

2拾い

しおりを挟む
 いきなり飛び起きた男に、押し倒された。

「.......あ」

 やっと焦点を結んだ青い瞳が、私を捉えてゆらりと揺れた。私の手首と首を驚くほど強く押さえつけた手が、こわごわと離される。

「ご、めん」

 男は、そう言って青白い顔でぱたりと倒れた。

「ちょっと! 起きて! お願い! ご飯を食べて!」

「.......」

「食べたら寝たっていいから! 食べないと死んじゃうの! ね、お願いだから起きて!」

「.......なんで?」

「私、戦争が終わったら好きなだけ拾うって決めてたの! はい、口開けて! あーん!」

 男は拾った時よりいくらか腫れの引いた顔で、困ったように眉を寄せながら、スプーンを掴んだ私を見る。
この男、思っていたより大人びた顔をしている。というか、随分キリッと整った顔立ちをしている。年下だと思っていたのは間違いだったのかもしれない。だけどもう今更だ、あーんとか言っちゃったし。

「.......いや。僕は、もう出るよ、ありがとう。お世話になりました、お嬢さん」

 ベッドから降りようともたもたと動いている男の肩を、軽く押した。先程の力はどこへやら、男はびっくりするくらい簡単に倒れた。何がもう出るよ、フラフラじゃない。

「食べて」

「.......でも」

「食、べ、て! 」

「.......あはは、頑固ちゃんだったかぁ」

 へらりと笑った男の口に、ぬるくなったスープを掬ったスプーンを突っ込んだ。青い目を丸くした男は、ごくん、とそれを飲み込んで。

「.......う」

 顔色を無くして、口元を押さえうずくまった。

「え! ご、ごめんなさい! 不味かった.......?」

 味見はしたはずなのに。
 青い顔の男は、冷や汗を浮かべながらヘラヘラと笑った。

「.......いや、違うんだ。久しぶりに、食べたから.......胃が、受け付けない」

「.......これ、スープよ? あなた、どれだけ食べてないの?」

「あはは、美味しかったのになぁ」

 とりあえず急いで男をベッドに寝かせて、貰った薬を持ってくる。

「.......薬は飲める?」

「飲めないかなぁ」

 生き物は、食べなくては死んでしまう。死んでしまうのは、嫌だ。

「わ、泣かないでよ、お嬢さん」

「泣いてないわ.......あ」

「ん?」

 澄んだ青い瞳が、私を見上げる。今は傷だらけだが、それでなお美しい顔立ちは、さぞ女の子にモテたことだろう。

「ねえ、あなた名前は? 私はアリッサ。アリッサ・グリフィス」

「.......名前.......」

「そう。名前よ、教えて」

 男は、一瞬だけ曇らせた表情を直ぐに隠して、ヘラりと笑った。

「.......ルノ。ただの、ルノだ」

「そう。ルノ、頑張れ」

「へ?」

 また、青い瞳が丸くなる。

「ルノ、頑張ってご飯を食べて、薬を飲んで元気になって。そしたら、いつだって出ていったっていいから」

「.......なんで、君はそんなに僕に親切なのかな?」

 そんなの、決まっている。

「拾ったからよ。私が、あなたが欲しくて拾ったの。元気いっぱいで、幸せにするために拾ったの」

 私には、両親が居ない。正確に言えばそんなことは無いのだが、10年前、私が8歳の頃に別れた。自分達で産んでおいて邪魔になったのか、それまでのように暇つぶしに殴ることも蹴ることもやめて、いきなりぽい、と街の外に捨てられたのだ。
 いらない、とポイ捨てされた私は、まあ良いかと死のうとして。

 拾ってもらったのだ。

 だから、私も拾う。いらないと捨てられた物たちを、私が欲しいから拾うのだ。こんなに幸せにしてもらったから、大家さんに養子にまでしてもらったから、幸せにするために拾うのだ。
 やっと終戦を迎え、やっとやっと拾えるようになったのだから、誰にも文句は言わせない。

「元気いっぱいになるまで、どこにも行かせないわ。幸せになるまで、出ていかせない。それまでは、ルノは私のよ」

 うつむいてしまった灰色がかった金髪を、そっと胸に抱いた。ルノが傷だらけなのは、何も体だけではないのだろう。それはそうだ。戦争で傷つかない心など無い。
 私の腕の中で、細かく震える声が、ぽつりと落ちる。

「.......僕には、拾う価値なんてないよ」

「もう、頑固ちゃんね。私が欲しいって言ってるんだから欲しいのよ。価値なんて、拾った私が決めるの」

「.......」

「拾い主の言うことは聞くものよ」

「.......いえっさー」

 へら、と泣きそうな顔で笑った男の頭を、よしよしと撫でた。

「ねえ、ルノ。本当に薬飲めない?」

「.......苦いからなぁ」

 澄んだ瞳を逸らしながら、いきなり下手くそな作り笑いをしたルノ。正直者か。

「はい、あーん」

「.......」

「拾い主の言うことが聞けないの?」

 真顔で薬を受け取り、真顔で飲み込んだルノは、それからぱたりと気を失った。

「えっ!? 嘘!! やだ、起きて!!」

 急いで大家さんを呼んで医者を呼んで、結果寝ているだけ、これはゴキブリ並の生命力だ.......! と言われた時の気持ちは複雑だった。

 それからまた丸一日経って、また起きたゴキブリ並のルノはヘラヘラ笑ってスープを飲んでまた寝た。多分ゴキブリより強い。

 それから、ルノが部屋を歩き回るようになるまで1週間しかかからなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...