おかしなモノを拾いまして。

青菜にしお

文字の大きさ
3 / 15

3拾い

しおりを挟む
「おかえりなさい」

 仕事を終え自室に入れば、ニッコリ笑ったイケメンが出迎えてくる。よく見ればそのイケメンはまだ傷だらけなのだが、整った顔と柔らかい笑顔の前ではなんの問題にもならない。こんな所を勤め先のパン屋の娘に見つかれば拷問されそうだ。
 まだ絶対安静のはずのルノは、私が帰ってくると必ず起きて出迎えてくれる。いや寝てろ。

「あはは、また拾ってきたかぁ」

「.......だって」

「綺麗にしようか」

 へら、と笑ったルノは、私の手の中から泥だらけの子犬を受け取った。くぅん、と鳴いた子犬は、ルノに抱かれるとより小さく見える。
 私が年下だと思って拾った男は、実際には私より9も歳上だったし、身長も筋肉も大家さんぐらいはあった。誤算だらけだ。

「拾い主さんも、着替えた方がいいね。泥がついちゃってるから」

「私は後ででいいから、まずその子を洗いましょう」

「いえっさー」

 桶にお湯を張って、泥だらけの子犬を洗う。思っていたより元気そうで、ルノの手の中から逃げようと暴れていた。

「わあ、ルノと同じ毛の色ね! 可愛い!」

 ルノの髪と同じ灰色がかった金の毛並みを持つ子犬は、とても可愛らしかった。
 私と一緒の色じゃなくて良かった。私の髪は赤みがかった茶色で、量も多く毛先はうねっていて好きでは無いのだ。それでも我慢して伸ばしているのはいつか売ってお金にしようと思っているからだ。そろそろ売れるだろうか。

 桶のお湯を変えて、わしゃわしゃと子犬を洗うルノは楽しそうに口を開いた。

「ルノ2号、君も今日から拾い主さんの言うことを聞くんだぞ」

「ルノ.......名前のセンス無さすぎ」

「ピーちゃんとくまちゃんとハナちゃんに比べればましだと思うなぁ」

 ルノが笑いながら目線をやったのは、先日拾った鳥の雛と、片腕が取れたくまのぬいぐるみと、しおれかけの花。

「.......名前は可愛さだから、いいのよ」

「可愛さかぁ」

 ルノはほい、と桶から子犬を取り出し、私が持ったタオルでくるんだ。子犬は初めは悲しそうに鳴いていたが、だんだんと安心したのか大人しくなった。

「じゃあ、私着替えてくるから」

「僕はここでルノ2号と待ってます」

「結局その名前なの?」

 ルノは、不思議な人だった。
 いつもヘラヘラしているのに、私が拾ったものの世話は自分から一生懸命やっている。だからピーちゃんは私よりルノに懐いている。別にいいけど。
 さらに、ルノは私が仕事に行っている間に家の掃除までしている。窓枠までピッカピカになっていた。しかし、料理は苦手なのかこの間はじゃがいもと包丁を持ってオロオロしていた。それから料理は私担当に、というか、怪我人は寝てろ。

「着替えたから、もう出ていいわよ。ダブルルノ」

「いえっさー」

 風呂場から出てきたルノから、ルノ2号を受け取る。平たい皿に昨日の残り物をよそって、ルノ2号の前に置いた。綺麗にした口周りを汚しながら、一心不乱に食べている。

「いっぱい食べなさい。それで元気いっぱいになって、幸せになってね」

「.......」

 ルノ(1号の方)が、青い瞳を細めていた。笑ったのかと思ったが、どうも泣きそうに見えてしまう。

「.......ルノ?」

「ん? ってあ、そうだ。昼間大家さんが来てね、庭の木の枝を切ったんだけど」

「怪我人は寝てなさいよ」

 大家さんも何こき使ってるのよ。
 ルノの筋肉を見て異常な仲間意識を持った大家さんは、ちょこちょこルノにかまう。自分の若い頃の服をあげたり、世間話に付き合わせたり、筋肉を見せつけたり、自慢のラジオを聞かせたり、筋トレを見せつけたりと、随分楽しそうだ。最近若返ったようにすら見える。

「これ、お小遣い貰ったんだ」

 本当に嬉しそうに、ふわりと笑ったルノが手のひらの上に乗せていたのは、1枚の銀色の小銭。えんぴつとノートぐらいは買えそうだ。

「はい」

 なぜかそれを私に握らせて、ルノはにんまりと笑った。うっ、顔が良い。

「.......って、ルノ! なんでくれるの? ルノのお小遣いでしょ?」

「僕は拾い主さんの物だから。僕の物は拾い主さんの物だよ」

 そんな暴君みたいなこと言ったことないわよ。どこで覚えてきたの。

「.......いらない?」

「うっ」

 顔が良い。
 身長が高いので少し屈んで、私の顔をのぞき込みながらキリッと整った眉を気弱そうに寄せるルノ。まずその顔でそんな表情をしてはいけません。捕まりますよ、パン屋の娘に。

「.......じゃ、じゃあ、貯金しましょう。あのカップの中に入れておくから、いつでも使っていいってことにしましょう」

「わかった」

 フチがかけたマグカップの中に、硬貨を落とす。ルノは終始楽しそうだった。

「.......今日はシチューにしましょうか」

「おぉ、豪勢だねぇ」

 ルノは少食だった。
 好きな物は何かと聞いても、特にないよと答えるし、放っておくと水すら飲まない。食事中もヘラヘラ笑っているが、本当に美味くてたまらないという風に食べる姿は見たことがない。
 だから、少しでも美味しく沢山食べて欲しくて、ちょっと財布に無理をしてでも良いご飯を作ることにした。

「ルノはシチュー好き?」

「.......うん」

「!」

 やった、やった。
 10人に聞いたら9人は好きだと答える定番メニューだが、ルノが初めて食べ物を好きだと言った。

「いっぱい作るからね! 待ってて、ルノ!」

 張り切って作ったじゃがいも大きめのシチューをお皿に盛る頃には、ルノは2号を抱いてソファの上で寝ていた。
 最近ではルノの寝床になりつつある小さなソファだが、当然のように長い足ははみ出しているしそもそも怪我人はベッドで寝て欲しい。
 しかし、これだけはいくら言ってもルノは言うことを聞いてくれなかった。むしろ放っておくと外で寝ようとするので、毎回体力が尽きて寝落ちするまで話しかけて室内で寝かせている。手のかかる子だ、まったく。

「ルノ、ご飯できたよ。ルノ」

 血の気の引いた青い顔。それはそうだ、血が足りていないと医者に言われている。酷い怪我だったのだ、本当に。

「.......ルノ。元気になって」

 1度台所へ戻ってシチューの鍋に蓋をして、床に座ってソファに頭を預けた。薄く上下する胸に安心して、そのまま目を閉じた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...