おかしなモノを拾いまして。

青菜にしお

文字の大きさ
4 / 15

4拾い

しおりを挟む
「ん.......」

 ベッドの上で寝返りをうった。なんだか寝苦しい。お腹が空いた。
 ぴいぴいと、鳥の鳴き声が聞こえた。かちゃかちゃ、と軽い4本足の足音も聞こえる。みんな元気そうで良かった、早く朝ごはんを。

「.......あっ!」

 ガバッと起き上がった。
 慌てて見た部屋の隅では、青い目でキリリとした眉のイケメンが、子犬にじゃれつかれながら、笑顔で鳥の雛にエサをやっていた。絵本の中かここは。

「あ、おはようございます拾い主さん」

「お、あ、おはよう」

 ボサボサの髪を抑えながら、慌ててベッドから降りて靴を履いた。いつもは私の方がルノより早く起きているから、こんな寝癖を見られるのは初めてで少し照れる。ではなくて。

「ルノ! 私ベッドで寝てない!」

「? 寝てたよ?」

「違うわよ! ねえ、まさか運んだの!? あなた怪我してるのよ!? 私、私重いのに!」

「軽かったよ? それに、怪我はもう大丈夫だから」

 そんな訳ない。まだ包帯に血は滲むし、熱だって出るし、顔色だって悪いし、ご飯だって全然食べないのに。全然、元気じゃないのに。全然、幸せじゃないのに。

「泣かないで、拾い主さん」

 2号を抱いて近寄っててきたルノが、心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

「.......泣いてないわ」

「拾い主さんは泣き虫さんだね」

 もふ、と2号のお腹がおでこについた。泣かないでー、と裏声で喋っている1号から2号を受け取り、ぐいっと目元を拭った。

「優しく拭ってー」

「随分可愛い声だったのね、2号」

「うんー」

 もごもごと口を動かしながら、甲高い裏声で話すルノは、ちょっと可愛い。もしかして腹話術のつもりだろうか。めちゃくちゃ口動いてるわよ。

「あぁ、お腹空いた! 昨日のシチューがあるから、食べましょう?」

「やったぁー」

「ふふ、まだやるの?」

 へらへら笑いながら、2号を受け取り私がシチューをよそうのを見ているルノ。背は私よりずっと大きいのに、私のあとを付いてくるのは小さな子供みたいで、なんだか笑ってしまう。
 テーブルにシチューのお皿を置いて、ルノの正面に座った。

「はい、どうぞ」

「.......いただきます」

 静かな笑みを残しつつ、ルノは静かすぎる動きでスプーンを取った。下で2号が食器を鳴らしながらがっついているのを見習って欲しい。

「.......食べたくない?」

「えっ」

 まだ口に入れる前のスプーンを止めて、ルノが私を見た。明らかに焦っている。正直者か。

「.......まだ、調子が悪いの?」

「.......」

 はい、調子は悪くないのね。この正直者め。目がウロウロしすぎよ。

「ならなんで食べたくないの? .......シチュー、やっぱり嫌いだった?」

「そうじゃないよ。そうじゃないんだ。だから、泣かないで」

「泣いてないってば」

 ルノは、ヘラりと笑った。
 いつもとは違って、全然かっこよくも可愛くもない笑顔だった。この笑顔じゃ、イケメンも台無しだ。

「.......僕は、こんなに美味しい物を食べられないんだよ」

「その口を開けて、歯で噛んで飲み込めばいいのよ」

「あはは、そっかぁ。知らなかったなぁ」

 またヘラヘラ笑ったルノ。下で2号はとっくにご飯を終えて、1号の足にじゃれていた。

「.......ルノは、なんでそんなに自分をいじめるの?」

「うぅーん。いじめてはないかなぁ」

 困ったようにヘラヘラ笑って、また誤魔化される。どうしても、ルノは踏み込ませてくれない。踏み込んでも来ない。いつだって出ていけるこの距離感が、たまらなく嫌だった。

「ルノ、私のルノ。お願いだから元気になって。幸せになって」

「.......うん」

 嘘だ、また嘘をついた、この男は。
 そろそろ私だって怒るというものだ、うん、怒る。

「私が拾ったんだから、幸せにするのよ! 心も元気いっぱいにして、シチューを美味しいって食べられるようになるまで、絶対どこにも行かせないから! 幸せになれ! ばかルノ!」

 青く澄んだ瞳が、まん丸になって私を見ている。

「この世に幸せになっちゃいけない子供なんていないんだから! みんな、愛されるべきなのよ!」

 私を拾った人が、死のうとした私に言った言葉だ。
 だから、私は生きて幸せになった。部屋を借りて、働いて、シチューを食べて、拾いたいものを拾って、幸せになったのだ。

「.......僕、今年でもう27歳なんだけど」

「まだ子供よ! 私がそう言うんだからいいの!」

「.......あんまり、良い子じゃ、ないんだけどなぁ」

「ご飯さえ食べたらルノはいい子よ。ご褒美をあげちゃうくらい」

 結局、ルノはよそった分しか食べなかった。
 それでも、少し頬に赤みがさして、噛み締めるように、辛そうに美味しそうにシチューを食べていた。

 この日から、ルノは放っておいても水を飲むようになった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...