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10拾い
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用事を済ませ、少し俯きながら道を歩いていると。
足元に、灰色がかった金の毛玉がじゃれてきた。2号だ。なんでこんな所に、まさか脱走じゃないでしょうね。
「.......」
がじゃん、と何かが落ちる音がした。
「おいっ!? ルノ、この馬鹿野郎!!」
大家さんの怒鳴り声も。
顔を上げれば、青い瞳をまん丸にしたルノが、口を開けて呆然とこちらを見ていた。大家さんは大慌てでルノの足元に屈んで何かをしている。
「おいっ! 足は大丈夫か! 工具箱落とすやつがあるか!! そこは鍛えようがねえんだよ!!」
「嘘っ!? ルノ、大丈夫!?」
「.......拾い主さん、その」
おろおろと、ルノは何度か口を開け閉めして。
「.......髪、どうしたん、ですか?」
「あぁん!?」
大家さんがいきなり私を振り返って、カッと目を見開いて私の肩に手を置いた。いや、ルノの足を見なさいよ。
「どうしたアリッサ!! 誰にやられた!!」
「普通に美容院で切っただけよ」
「一言声かけろ.......」
いきなりクールダウンした大家さんに、ぎゅ、と抱きしめられる。ばっさり切って、肩より上になった髪が頬に当たってくすぐったかった。
「でも似合ってるぞ、アリッサ」
「ふふ」
大家さんの大きな手に頭を撫でられる。切ったかいがあった。結構良い値がついたし。
「おい、ルノ。お前も一言ねえのか」
「お似合いです! 拾い主さん!」
「よし」
言わされてる感がすごい。ルノは大家さんにものすごく従順だ。もうちょっと逆らった方がいい。
「そう言えば、2人はなんでこんな所にいるの?」
「あぁ。服屋にある電話が壊れたってんで、修理にな。ここら辺じゃ唯一の電話だってのに、電気屋もお手上げだってんで、ルノを連れてきたんだ」
「大家さん.......」
こき使わないで。大事にしてよ。
「まさか本当に直しちまうなんてな! 俺にはあんなのなんの線だかさっぱりだったぜ!」
「あはは。通信機にはいっぱい線がありますからねー」
ヘラヘラ笑って工具箱を持ち直したルノが、2号のリードを持って歩きだす。しかし、その足はすぐに止まった。
「.......ルノ?」
ルノの目線の先には、先程見た軍人がいた。なんとあのチョビ髭軍人と話している。というより、なんだかお叱りを受けているようだった。
「ほお。ついこの間まで殺し合いしてた相手なのになぁ。軍人ってのは大変なもんだ」
大家さんがしみじみと言った。ルノはピクリともしない。
「まあ、負けちまったから仕方ねえか。せいぜい終わった後ぐらいは頑張って欲しいもんだ」
「.......大家さん、早く帰ろう。ルノも」
「ん? ああ、そうだな」
黙ってしまったルノを引っ張るように、2号がグイグイと進む。もう完全にアパートの場所を覚えたようで、道を間違えることなく進んでいく。
「ねえ、ルノ。今日はシチューにしましょう」
「.......豪勢だねぇ」
「プレゼントもあるのよ? とっても豪勢と言いなさい!」
「いえっさー.......って、プレゼント?」
きょとん、と大家さんの部屋のドアの前で目を丸くするルノ。大家さんが早く入れ、と私達を中に押し込んだ。2号は我が物顔で暖房の前に座りんだ。
「はい、これ」
本当はもう少しちゃんと渡したかったが、まあ良いかと先程買った大きめの紙袋を渡す。
「.......拾い主さん、これは?」
「開けて」
「いえっさー」
紙袋を開けたルノ顔が、びき、と強ばる。私の心臓も掴まれたように痛い。
「.......ごめん、好みじゃなかった?」
「.......これは」
「コート。もっと寒くなったら、さすがに耐えられないでしょう?」
大家さんが袋をのぞき込んで、中々いい色だな、と笑った。少し良い生地の濃紺のコートは、きっと澄んだ青い瞳に似合うと思って買ったのだ。
「.......髪は、そのために切ったの?」
「えっ!? ま、まあ、そうだけど.......別に、元々売るために伸ばしてたのよ。ほら、あんまり長いと野暮ったいし、そろそろ乾かすの面倒だったし、別に、別にたまたまだから!」
ルノを思って切ったことを言い当てられるとなんだか恥ずかしい。別になにも悪いことはしていないはずなのに、大家さんの背中に隠れてやけに熱い顔を下げた。
「.......僕は、君に何も返せない」
顔を伏せて、紙袋を閉じたルノ。
「.......別に、お返しが欲しくて買ったんじゃないもの。ルノが、暖かいって笑えばいいなって、思っただけだもの」
なんだか急に悲しくなって、大家さんのコートを握って顔を擦り付けた。すん、と鼻をすすれば、大家さんが低い声を出す。
「おい、ルノ」
「.......ダメです、大家さん。こんなにしてもらっては、僕はいつまで経っても」
「女心がわかんねえやつだな!! ちょっと呼びに行くまで待ってろ!」
大家さんはげし、とルノを部屋の外に追い出して、べそをかいている私を膝に乗せてソファに座った。
「泣くなアリッサ、こりゃアイツが悪い」
「.......なんで、受け取ってくれないんだろ」
「.......。.......。.......っだーー!! すまねえアリッサ! 半分は俺のせいだ! 俺がアイツに、アリッサに世話になるならその分アリッサに返せと言ったんだ!」
「えぇ!?」
初耳だ。それにそんなことしてもらわなくたって、私はルノが幸せになるならそれでいいのに。
「俺は.......俺は、ただアイツが、アリッサを抱きしめてくれりゃあそれでいいと思ってたんだ。お前は他人の幸せばかり見すぎる。アイツに、お前を幸せにして欲しかったんだ」
また涙が上がってきた。ぐすぐす泣いていると、ふと思い出すことがある。
「.......そ、そう言えば、抱きしめられた。ていうか、抱っこされた」
「.......アイツ、言葉そのまんまで捉えやがったな.......」
あれはそういう事だったのか。どんどん泣けてくる。
私の泣き声と、ガタガタと風に鳴る窓の音だけが、部屋に響いていた。
.......いや、カタカタと、ドアを引っ掻く音もする。
「2号! 2号が呼んでる!」
「なんで外に出てんだ?」
大家さんと慌ててドアを開ければ、ドアを引っ掻いていた2号がいきなり走り出した。
「待って! 2号!」
慌てて後を追いかける。私の部屋のドアを通り過ぎて、何故か風の強い冬の極寒の庭に走り出た2号は、わんっ、と立て続けに大声で鳴いた。
「2号! 寒いから外はダメ! 風邪ひいちゃうから!」
「.......おい何してやがる!」
いきなり怒鳴った大家さんに驚く。よく見れば、暗いアパートの影に溶け込むように、やけに大きく見える人影があった。この寒空の下でコートすら着ていない。
それは、肩幅に足を開き、腕を後ろに組んで、真っ直ぐ前を見ているルノだった。
「ルノっ!! 何してるの!!」
息の白い2号にまとわりつかれても、微動だにしない。なんでそんな所に。それにそんな格好では死んでしまう。
「?.......待てと言われ.......あ」
きょとんと目を丸くしてこちらを見たルノが、突然しまった、と言うように顔をゆがめた。
「.......間違え、ました」
よろよろと後ろで組んだ手を解き、青い顔を覆ったルノ。寒さで血の気が引いている。
「ルノ、早く部屋に入りましょう。風邪をひいちゃうわ」
「.......」
ゆるゆると首をふる。それに、隣に立っていた大家さんの血管がブチギレる音がした。
「いいから来いこのアホすけ! 凍死してえのか!!」
ルノを肩に担ぎ、ドカドカとアパートの廊下を進む。なんの躊躇いもなく私の部屋のドアを開けて、暖房の前にルノを乱暴に置いた。
「何をどう間違えたら待ってろってのが庭で立ってろになるんだ!」
「.......すみません」
「俺は、アリッサの部屋で待ってろって意味で言ったんだ! お前、その筋肉がなきゃ死んでたぞ!!」
「すみません」
どんどん小さくなっていくルノ。そっと、その目の前にしゃがんで、紙袋を差し出した。きっと、ルノにはハッキリ、逃げ道のない言い方をしなければダメなんだ。それで断られたら、ものすごく悲しいけど、それでもハッキリ言わなくては。
「もらって、ルノ。私、あなたに着て欲しくて買ったの」
「.......」
「私、あなたが好きだから買ったの。拾ったからってだけじゃなくて、好きだから幸せにしたいの」
ばっと真っ青な目がこちらを向いて、じわじわと顔が赤く染っていく。うわ、顔が良い。イケメンが可愛くてすごい。
「着てみて?」
「.......え、いや、その」
「.......っグダグダ言ってねえで着ろっ!! 俺の娘の何が不満だっ!! はっ倒すぞ!!」
割と本気の憎しみを込めた声で怒鳴られたルノは、ぱっと立ち上がり素早くコートに袖を通した。そのまま直立不動で前をみている。
「感想を言いやがれ」
「.......暖かいです」
「だとよ、アリッサ」
背の高いルノは、濃紺のロングコートが良く似合っていた。その表情が、辛そうに我慢する顔ではなく、笑顔だったらもっといい。
「てめえ、ルノぉ.......!!」
大家さんが腕をまくり額に青筋を浮かべた。なんでそんなに怒るのよ。
「.......」
でも、ルノが泣きそうに顔を歪めて、ぐしゃりと片手で自分の髪を握りしめたのを見て、私達は動けなくなった。
「.......暖かいです。ごめんなさい、暖かいです。」
その後ルノは、暖かいからと、ごめんなさいと何度も謝った。一体過去に何があったのか、私も大家さんもその辛い声には聞けなかった。
それから、私にお礼を言って、丁寧にコートを脱いだルノは、その日は寝るまでずっと立って壁にかけたコートを見ていた。
足元に、灰色がかった金の毛玉がじゃれてきた。2号だ。なんでこんな所に、まさか脱走じゃないでしょうね。
「.......」
がじゃん、と何かが落ちる音がした。
「おいっ!? ルノ、この馬鹿野郎!!」
大家さんの怒鳴り声も。
顔を上げれば、青い瞳をまん丸にしたルノが、口を開けて呆然とこちらを見ていた。大家さんは大慌てでルノの足元に屈んで何かをしている。
「おいっ! 足は大丈夫か! 工具箱落とすやつがあるか!! そこは鍛えようがねえんだよ!!」
「嘘っ!? ルノ、大丈夫!?」
「.......拾い主さん、その」
おろおろと、ルノは何度か口を開け閉めして。
「.......髪、どうしたん、ですか?」
「あぁん!?」
大家さんがいきなり私を振り返って、カッと目を見開いて私の肩に手を置いた。いや、ルノの足を見なさいよ。
「どうしたアリッサ!! 誰にやられた!!」
「普通に美容院で切っただけよ」
「一言声かけろ.......」
いきなりクールダウンした大家さんに、ぎゅ、と抱きしめられる。ばっさり切って、肩より上になった髪が頬に当たってくすぐったかった。
「でも似合ってるぞ、アリッサ」
「ふふ」
大家さんの大きな手に頭を撫でられる。切ったかいがあった。結構良い値がついたし。
「おい、ルノ。お前も一言ねえのか」
「お似合いです! 拾い主さん!」
「よし」
言わされてる感がすごい。ルノは大家さんにものすごく従順だ。もうちょっと逆らった方がいい。
「そう言えば、2人はなんでこんな所にいるの?」
「あぁ。服屋にある電話が壊れたってんで、修理にな。ここら辺じゃ唯一の電話だってのに、電気屋もお手上げだってんで、ルノを連れてきたんだ」
「大家さん.......」
こき使わないで。大事にしてよ。
「まさか本当に直しちまうなんてな! 俺にはあんなのなんの線だかさっぱりだったぜ!」
「あはは。通信機にはいっぱい線がありますからねー」
ヘラヘラ笑って工具箱を持ち直したルノが、2号のリードを持って歩きだす。しかし、その足はすぐに止まった。
「.......ルノ?」
ルノの目線の先には、先程見た軍人がいた。なんとあのチョビ髭軍人と話している。というより、なんだかお叱りを受けているようだった。
「ほお。ついこの間まで殺し合いしてた相手なのになぁ。軍人ってのは大変なもんだ」
大家さんがしみじみと言った。ルノはピクリともしない。
「まあ、負けちまったから仕方ねえか。せいぜい終わった後ぐらいは頑張って欲しいもんだ」
「.......大家さん、早く帰ろう。ルノも」
「ん? ああ、そうだな」
黙ってしまったルノを引っ張るように、2号がグイグイと進む。もう完全にアパートの場所を覚えたようで、道を間違えることなく進んでいく。
「ねえ、ルノ。今日はシチューにしましょう」
「.......豪勢だねぇ」
「プレゼントもあるのよ? とっても豪勢と言いなさい!」
「いえっさー.......って、プレゼント?」
きょとん、と大家さんの部屋のドアの前で目を丸くするルノ。大家さんが早く入れ、と私達を中に押し込んだ。2号は我が物顔で暖房の前に座りんだ。
「はい、これ」
本当はもう少しちゃんと渡したかったが、まあ良いかと先程買った大きめの紙袋を渡す。
「.......拾い主さん、これは?」
「開けて」
「いえっさー」
紙袋を開けたルノ顔が、びき、と強ばる。私の心臓も掴まれたように痛い。
「.......ごめん、好みじゃなかった?」
「.......これは」
「コート。もっと寒くなったら、さすがに耐えられないでしょう?」
大家さんが袋をのぞき込んで、中々いい色だな、と笑った。少し良い生地の濃紺のコートは、きっと澄んだ青い瞳に似合うと思って買ったのだ。
「.......髪は、そのために切ったの?」
「えっ!? ま、まあ、そうだけど.......別に、元々売るために伸ばしてたのよ。ほら、あんまり長いと野暮ったいし、そろそろ乾かすの面倒だったし、別に、別にたまたまだから!」
ルノを思って切ったことを言い当てられるとなんだか恥ずかしい。別になにも悪いことはしていないはずなのに、大家さんの背中に隠れてやけに熱い顔を下げた。
「.......僕は、君に何も返せない」
顔を伏せて、紙袋を閉じたルノ。
「.......別に、お返しが欲しくて買ったんじゃないもの。ルノが、暖かいって笑えばいいなって、思っただけだもの」
なんだか急に悲しくなって、大家さんのコートを握って顔を擦り付けた。すん、と鼻をすすれば、大家さんが低い声を出す。
「おい、ルノ」
「.......ダメです、大家さん。こんなにしてもらっては、僕はいつまで経っても」
「女心がわかんねえやつだな!! ちょっと呼びに行くまで待ってろ!」
大家さんはげし、とルノを部屋の外に追い出して、べそをかいている私を膝に乗せてソファに座った。
「泣くなアリッサ、こりゃアイツが悪い」
「.......なんで、受け取ってくれないんだろ」
「.......。.......。.......っだーー!! すまねえアリッサ! 半分は俺のせいだ! 俺がアイツに、アリッサに世話になるならその分アリッサに返せと言ったんだ!」
「えぇ!?」
初耳だ。それにそんなことしてもらわなくたって、私はルノが幸せになるならそれでいいのに。
「俺は.......俺は、ただアイツが、アリッサを抱きしめてくれりゃあそれでいいと思ってたんだ。お前は他人の幸せばかり見すぎる。アイツに、お前を幸せにして欲しかったんだ」
また涙が上がってきた。ぐすぐす泣いていると、ふと思い出すことがある。
「.......そ、そう言えば、抱きしめられた。ていうか、抱っこされた」
「.......アイツ、言葉そのまんまで捉えやがったな.......」
あれはそういう事だったのか。どんどん泣けてくる。
私の泣き声と、ガタガタと風に鳴る窓の音だけが、部屋に響いていた。
.......いや、カタカタと、ドアを引っ掻く音もする。
「2号! 2号が呼んでる!」
「なんで外に出てんだ?」
大家さんと慌ててドアを開ければ、ドアを引っ掻いていた2号がいきなり走り出した。
「待って! 2号!」
慌てて後を追いかける。私の部屋のドアを通り過ぎて、何故か風の強い冬の極寒の庭に走り出た2号は、わんっ、と立て続けに大声で鳴いた。
「2号! 寒いから外はダメ! 風邪ひいちゃうから!」
「.......おい何してやがる!」
いきなり怒鳴った大家さんに驚く。よく見れば、暗いアパートの影に溶け込むように、やけに大きく見える人影があった。この寒空の下でコートすら着ていない。
それは、肩幅に足を開き、腕を後ろに組んで、真っ直ぐ前を見ているルノだった。
「ルノっ!! 何してるの!!」
息の白い2号にまとわりつかれても、微動だにしない。なんでそんな所に。それにそんな格好では死んでしまう。
「?.......待てと言われ.......あ」
きょとんと目を丸くしてこちらを見たルノが、突然しまった、と言うように顔をゆがめた。
「.......間違え、ました」
よろよろと後ろで組んだ手を解き、青い顔を覆ったルノ。寒さで血の気が引いている。
「ルノ、早く部屋に入りましょう。風邪をひいちゃうわ」
「.......」
ゆるゆると首をふる。それに、隣に立っていた大家さんの血管がブチギレる音がした。
「いいから来いこのアホすけ! 凍死してえのか!!」
ルノを肩に担ぎ、ドカドカとアパートの廊下を進む。なんの躊躇いもなく私の部屋のドアを開けて、暖房の前にルノを乱暴に置いた。
「何をどう間違えたら待ってろってのが庭で立ってろになるんだ!」
「.......すみません」
「俺は、アリッサの部屋で待ってろって意味で言ったんだ! お前、その筋肉がなきゃ死んでたぞ!!」
「すみません」
どんどん小さくなっていくルノ。そっと、その目の前にしゃがんで、紙袋を差し出した。きっと、ルノにはハッキリ、逃げ道のない言い方をしなければダメなんだ。それで断られたら、ものすごく悲しいけど、それでもハッキリ言わなくては。
「もらって、ルノ。私、あなたに着て欲しくて買ったの」
「.......」
「私、あなたが好きだから買ったの。拾ったからってだけじゃなくて、好きだから幸せにしたいの」
ばっと真っ青な目がこちらを向いて、じわじわと顔が赤く染っていく。うわ、顔が良い。イケメンが可愛くてすごい。
「着てみて?」
「.......え、いや、その」
「.......っグダグダ言ってねえで着ろっ!! 俺の娘の何が不満だっ!! はっ倒すぞ!!」
割と本気の憎しみを込めた声で怒鳴られたルノは、ぱっと立ち上がり素早くコートに袖を通した。そのまま直立不動で前をみている。
「感想を言いやがれ」
「.......暖かいです」
「だとよ、アリッサ」
背の高いルノは、濃紺のロングコートが良く似合っていた。その表情が、辛そうに我慢する顔ではなく、笑顔だったらもっといい。
「てめえ、ルノぉ.......!!」
大家さんが腕をまくり額に青筋を浮かべた。なんでそんなに怒るのよ。
「.......」
でも、ルノが泣きそうに顔を歪めて、ぐしゃりと片手で自分の髪を握りしめたのを見て、私達は動けなくなった。
「.......暖かいです。ごめんなさい、暖かいです。」
その後ルノは、暖かいからと、ごめんなさいと何度も謝った。一体過去に何があったのか、私も大家さんもその辛い声には聞けなかった。
それから、私にお礼を言って、丁寧にコートを脱いだルノは、その日は寝るまでずっと立って壁にかけたコートを見ていた。
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