おかしなモノを拾いまして。

青菜にしお

文字の大きさ
10 / 15

10拾い

しおりを挟む
 用事を済ませ、少し俯きながら道を歩いていると。
 足元に、灰色がかった金の毛玉がじゃれてきた。2号だ。なんでこんな所に、まさか脱走じゃないでしょうね。

「.......」

 がじゃん、と何かが落ちる音がした。

「おいっ!? ルノ、この馬鹿野郎!!」

 大家さんの怒鳴り声も。
 顔を上げれば、青い瞳をまん丸にしたルノが、口を開けて呆然とこちらを見ていた。大家さんは大慌てでルノの足元に屈んで何かをしている。

「おいっ! 足は大丈夫か! 工具箱落とすやつがあるか!! そこは鍛えようがねえんだよ!!」

「嘘っ!? ルノ、大丈夫!?」

「.......拾い主さん、その」

 おろおろと、ルノは何度か口を開け閉めして。

「.......髪、どうしたん、ですか?」

「あぁん!?」

 大家さんがいきなり私を振り返って、カッと目を見開いて私の肩に手を置いた。いや、ルノの足を見なさいよ。

「どうしたアリッサ!! 誰にやられた!!」

「普通に美容院で切っただけよ」

「一言声かけろ.......」

 いきなりクールダウンした大家さんに、ぎゅ、と抱きしめられる。ばっさり切って、肩より上になった髪が頬に当たってくすぐったかった。

「でも似合ってるぞ、アリッサ」

「ふふ」

 大家さんの大きな手に頭を撫でられる。切ったかいがあった。結構良い値がついたし。

「おい、ルノ。お前も一言ねえのか」

「お似合いです! 拾い主さん!」

「よし」

 言わされてる感がすごい。ルノは大家さんにものすごく従順だ。もうちょっと逆らった方がいい。

「そう言えば、2人はなんでこんな所にいるの?」

「あぁ。服屋にある電話が壊れたってんで、修理にな。ここら辺じゃ唯一の電話だってのに、電気屋もお手上げだってんで、ルノを連れてきたんだ」

「大家さん.......」

 こき使わないで。大事にしてよ。

「まさか本当に直しちまうなんてな! 俺にはあんなのなんの線だかさっぱりだったぜ!」

「あはは。通信機にはいっぱい線がありますからねー」

 ヘラヘラ笑って工具箱を持ち直したルノが、2号のリードを持って歩きだす。しかし、その足はすぐに止まった。

「.......ルノ?」

 ルノの目線の先には、先程見た軍人がいた。なんとあのチョビ髭軍人と話している。というより、なんだかお叱りを受けているようだった。

「ほお。ついこの間まで殺し合いしてた相手なのになぁ。軍人ってのは大変なもんだ」

 大家さんがしみじみと言った。ルノはピクリともしない。

「まあ、負けちまったから仕方ねえか。せいぜい終わった後ぐらいは頑張って欲しいもんだ」

「.......大家さん、早く帰ろう。ルノも」

「ん? ああ、そうだな」

 黙ってしまったルノを引っ張るように、2号がグイグイと進む。もう完全にアパートの場所を覚えたようで、道を間違えることなく進んでいく。

「ねえ、ルノ。今日はシチューにしましょう」

「.......豪勢だねぇ」

「プレゼントもあるのよ? とっても豪勢と言いなさい!」

「いえっさー.......って、プレゼント?」

 きょとん、と大家さんの部屋のドアの前で目を丸くするルノ。大家さんが早く入れ、と私達を中に押し込んだ。2号は我が物顔で暖房の前に座りんだ。

「はい、これ」

 本当はもう少しちゃんと渡したかったが、まあ良いかと先程買った大きめの紙袋を渡す。

「.......拾い主さん、これは?」

「開けて」

「いえっさー」

 紙袋を開けたルノ顔が、びき、と強ばる。私の心臓も掴まれたように痛い。

「.......ごめん、好みじゃなかった?」

「.......これは」

「コート。もっと寒くなったら、さすがに耐えられないでしょう?」

 大家さんが袋をのぞき込んで、中々いい色だな、と笑った。少し良い生地の濃紺のコートは、きっと澄んだ青い瞳に似合うと思って買ったのだ。

「.......髪は、そのために切ったの?」

「えっ!? ま、まあ、そうだけど.......別に、元々売るために伸ばしてたのよ。ほら、あんまり長いと野暮ったいし、そろそろ乾かすの面倒だったし、別に、別にたまたまだから!」

 ルノを思って切ったことを言い当てられるとなんだか恥ずかしい。別になにも悪いことはしていないはずなのに、大家さんの背中に隠れてやけに熱い顔を下げた。

「.......僕は、君に何も返せない」

 顔を伏せて、紙袋を閉じたルノ。

「.......別に、お返しが欲しくて買ったんじゃないもの。ルノが、暖かいって笑えばいいなって、思っただけだもの」

 なんだか急に悲しくなって、大家さんのコートを握って顔を擦り付けた。すん、と鼻をすすれば、大家さんが低い声を出す。

「おい、ルノ」

「.......ダメです、大家さん。こんなにしてもらっては、僕はいつまで経っても」

「女心がわかんねえやつだな!! ちょっと呼びに行くまで待ってろ!」

 大家さんはげし、とルノを部屋の外に追い出して、べそをかいている私を膝に乗せてソファに座った。

「泣くなアリッサ、こりゃアイツが悪い」

「.......なんで、受け取ってくれないんだろ」

「.......。.......。.......っだーー!! すまねえアリッサ! 半分は俺のせいだ! 俺がアイツに、アリッサに世話になるならその分アリッサに返せと言ったんだ!」

「えぇ!?」

 初耳だ。それにそんなことしてもらわなくたって、私はルノが幸せになるならそれでいいのに。

「俺は.......俺は、ただアイツが、アリッサを抱きしめてくれりゃあそれでいいと思ってたんだ。お前は他人の幸せばかり見すぎる。アイツに、お前を幸せにして欲しかったんだ」

 また涙が上がってきた。ぐすぐす泣いていると、ふと思い出すことがある。

「.......そ、そう言えば、抱きしめられた。ていうか、抱っこされた」

「.......アイツ、言葉そのまんまで捉えやがったな.......」

 あれはそういう事だったのか。どんどん泣けてくる。
 私の泣き声と、ガタガタと風に鳴る窓の音だけが、部屋に響いていた。

 .......いや、カタカタと、ドアを引っ掻く音もする。

「2号! 2号が呼んでる!」

「なんで外に出てんだ?」

 大家さんと慌ててドアを開ければ、ドアを引っ掻いていた2号がいきなり走り出した。

「待って! 2号!」

 慌てて後を追いかける。私の部屋のドアを通り過ぎて、何故か風の強い冬の極寒の庭に走り出た2号は、わんっ、と立て続けに大声で鳴いた。

「2号! 寒いから外はダメ! 風邪ひいちゃうから!」

「.......おい何してやがる!」

 いきなり怒鳴った大家さんに驚く。よく見れば、暗いアパートの影に溶け込むように、やけに大きく見える人影があった。この寒空の下でコートすら着ていない。

 それは、肩幅に足を開き、腕を後ろに組んで、真っ直ぐ前を見ているルノだった。

「ルノっ!! 何してるの!!」

 息の白い2号にまとわりつかれても、微動だにしない。なんでそんな所に。それにそんな格好では死んでしまう。

「?.......待てと言われ.......あ」

 きょとんと目を丸くしてこちらを見たルノが、突然しまった、と言うように顔をゆがめた。

「.......間違え、ました」

 よろよろと後ろで組んだ手を解き、青い顔を覆ったルノ。寒さで血の気が引いている。

「ルノ、早く部屋に入りましょう。風邪をひいちゃうわ」

「.......」

 ゆるゆると首をふる。それに、隣に立っていた大家さんの血管がブチギレる音がした。

「いいから来いこのアホすけ! 凍死してえのか!!」

 ルノを肩に担ぎ、ドカドカとアパートの廊下を進む。なんの躊躇いもなく私の部屋のドアを開けて、暖房の前にルノを乱暴に置いた。

「何をどう間違えたら待ってろってのが庭で立ってろになるんだ!」

「.......すみません」

「俺は、アリッサの部屋で待ってろって意味で言ったんだ! お前、その筋肉がなきゃ死んでたぞ!!」

「すみません」

 どんどん小さくなっていくルノ。そっと、その目の前にしゃがんで、紙袋を差し出した。きっと、ルノにはハッキリ、逃げ道のない言い方をしなければダメなんだ。それで断られたら、ものすごく悲しいけど、それでもハッキリ言わなくては。

「もらって、ルノ。私、あなたに着て欲しくて買ったの」

「.......」

「私、あなたが好きだから買ったの。拾ったからってだけじゃなくて、好きだから幸せにしたいの」

 ばっと真っ青な目がこちらを向いて、じわじわと顔が赤く染っていく。うわ、顔が良い。イケメンが可愛くてすごい。

「着てみて?」

「.......え、いや、その」

「.......っグダグダ言ってねえで着ろっ!! 俺の娘の何が不満だっ!! はっ倒すぞ!!」

 割と本気の憎しみを込めた声で怒鳴られたルノは、ぱっと立ち上がり素早くコートに袖を通した。そのまま直立不動で前をみている。

「感想を言いやがれ」

「.......暖かいです」

「だとよ、アリッサ」

 背の高いルノは、濃紺のロングコートが良く似合っていた。その表情が、辛そうに我慢する顔ではなく、笑顔だったらもっといい。

「てめえ、ルノぉ.......!!」

 大家さんが腕をまくり額に青筋を浮かべた。なんでそんなに怒るのよ。

「.......」

 でも、ルノが泣きそうに顔を歪めて、ぐしゃりと片手で自分の髪を握りしめたのを見て、私達は動けなくなった。

「.......暖かいです。ごめんなさい、暖かいです。」

 その後ルノは、暖かいからと、ごめんなさいと何度も謝った。一体過去に何があったのか、私も大家さんもその辛い声には聞けなかった。

 それから、私にお礼を言って、丁寧にコートを脱いだルノは、その日は寝るまでずっと立って壁にかけたコートを見ていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...