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第一章 男爵領の平和な日々と突然訪れる困難
2 これでも一応貴族です
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ボクの家庭は、ちょっと複雑です。
母と、義父と義兄の4人家族ですが、義父と義兄とは血がつながっていません。
もともと都会の方に住んでいた母はボクの小さいころに今いる村までボクを連れて移住してきた、と聞いています。実の父親は移住直前に亡くなったとか。
この辺り、まだボクの物心つく前だから全く覚えてないんですよね。
赤ん坊のころから記憶がある転生者の話も前世では見たことありましたが、残念ながらボクの場合はそんなことは全くないようです。
何にしろ、今住んでいる村に来て、母は義父と結婚しました。
なので物心ついたころから父親というと義父ですし、兄と言ったら義兄です。
そんな関係ですから、義父も義兄も血がつながってないわけですが、二人ともボクには駄々甘です。
そういう意味では結構幸せな生活をさせていただいているわけです。農業辛いですが。
そんな義父ですが、実は男爵様で貴族だったりします。
貴族というとすごそうですが、領地である男爵領は村一つで、住民は200人もいません。
ぶっちゃけて言えば村長さんですね。村長さんというと弱そうですが、男爵様というと強そうに聞こえるのは何なのでしょう。
ですから私も男爵令嬢というれっきとした貴族だったりします。
まあ、毎日畑を耕して、時には熊やら猪やらを狩る、なんて貴族とはかけ離れた生活をしていますが。
正直、貨幣経済が発達していませんから、租税と言っても麦であり、うちでも死ぬほど取れますから貰ってもしょうがないんですよね……
村のみんなも一生懸命農業していますから、基本食料は結構余り気味です。バリエーションが少ないせいで、ボクが肉を狩ってくると毎回お祭り騒ぎですがせいぜいそのレベルであり、餓死とかそういったことはボクがこの村に来てから一度もありません。
貴族令嬢とは、もっとおしとやかに生きる生き物ではないのだろうかと思うこともあります。
もっとも、刺繍してお茶を飲んで過ごすとかボクにはとても無理無理カタツムリな生活ですので、今の方がいいのでしょう。
過去を語らないので正確なところはわかりませんが推定結構いいところの貴族出身だろう母も、毎日楽しそうに仕事しているのを見ると、貴族と言ってもこんなものなのかな、と思ったりしてしまいます。
純人である母はボクほど身体能力が高いわけではないので、やっているのは基本薬草を取ってきてお医者さんのまねごとですが、医者がいないこの村では非常に重宝されています。
さて、そんな男爵家なウチですが、他の村人と大きく違うところが一つあります。
貴族というのは自分の領を守るため戦わないといけません。なので男爵軍が結成されているんですね。
メンバーは、義父がリーダーで、隊員として義兄とボク、以上です。
これで軍という度胸がすごいと思います。総勢3人。前世で言う小隊どころか分隊にも足りていません。
まあ村人がだいたい200人ですから3人もいれば上出来なのかもしれません。
前世日本の戦国時代末期には1万石当たり150人程度の兵士が準備できたそうです。
1万石を住民1万人と大体同義と考えれば、1.5%です。200人の村なら3人で割合的にも正しいわけです。
そんな少数で精鋭でもない間に合わせの男爵軍ですが、暴力機関の所属である以上、武術の修行が必要なわけです。
修行と行っても教えるのは義父で、素振りをしたり、試合といった、あまり変わり映えのしないことばかりです。
今日は畑を耕したので素振りを飛ばして早速義兄と試合することになりました。
お互いいつもの木刀をもって、向かい合って構えます。
ボクの木刀は1mを優に超える長いもので、義兄の木刀は義父と同じ1m弱の長さのモノです。パワーがあるボクは普段から大きな剣をぶんまわしているので、それに合った長さの木刀を使っています。
ボクの方は大上段に構え、義兄の方は八双と言われる、野球のバットのような構えを取ります。
「じゃあ行きますよ」
「……」
兄の返事を待たずに、ボクは思いっきり木刀を振り下ろしました。
ドゴォ!! と地面を抉る一撃を、義兄は冷静に一歩下がって躱します。
ボクはそのまま、切り返して木刀を振り上げました。
下から跳ね上がる木刀を義兄はまた躱します。
「せやっ!!」
「……」
「とりゃっ!!」
「……」
横なぎ、袈裟懸け、突き、そしてまた上段から唐竹割り、と、ボクはどんどんと攻めますが、義兄は冷静にかわしていきます。
初めて試合をした時は、受け止めようとした義兄の木刀をへし折って脳天をぶん殴って大騒ぎになりましたが、今では冷静に見切られてしまうのが少し悔しいところです。
「どっっっせい!!」
「っ!!」
再度きり上げた時、躱し損ねた義兄はボクの木刀を自分の木刀で受け止めました。
そのままボクが全力で振り上げると、義兄の木刀は天高く吹き飛んでいきました。
「よし、そんなところだろう。アーシェはまた速くなっているな。いいぞ」
「えへへ」
「クリスもよく見ていたのは良かったが、最後のをうまく受け流せれば満点だったな」
「あれは厳しいよ、父さん」
試合を見ていた義父がボク達の試合の内容について講評を始めます。
純粋な身体能力ならボクも義兄もすでに義父を超えていると思いますが、技術的には義父の方が圧倒的ですので、教わることが多いです。
男爵家に伝わる剣術ということですが、田舎で細々と伝わっている技術とは思えないぐらい多彩な技があります。
「じゃあ今からアーシェの剣を受け流すから、見て学べよ。アーシェ、かかってこい」
「それでは早速」
いつもの大上段から、全力で木刀を振り下ろします。
そのまま横に構えていた義父の木刀に当たると……
ぬるり、という感触とともにボクの振り下ろした木刀が義父から逸れ、真横の地面を砕きます。
木刀同士がぶつかる感覚でもなく、かといって、互いがこすれる感覚でもなく、蛸か何かの表面を撫でたかのようなぬるり、という感覚で木刀が逸れました。
木刀の勢いを技術で逸らされてしまいます。このやり方は、ボクも教えてもらったのですが、余りあっていないようで、全くうまく使えません。
「えいっ! えいっ!!」
「やはりアーシェの一撃は重いな」
最初のように受け流されてすっころぶ、なんてことはなくなりましたが、それでも体勢を崩さないようにするのは結構大変です。このまま続ければ、結局ボクの方が不利でしょう。
なので……
「ここっ!!」
「くっ!?」
受け流されそうな剣筋を途中で強引に方向を変えます。
技術も何もない、純粋な力技ですが、そのおかげでガチッ、と木刀同士が垂直に当たります。
「ふんっ!!」
もっとも、このまま鍔迫り合いに持ち込んでもまた流されるなりしてしまうでしょう。
なので接触した瞬間、ほんのわずかだけ木刀を引き、その見えない距離に全集中力をつぎ込んで再度木刀を義父の木刀にぶち当てました。
バンっという音を立てて、お互いの木刀がはじけとびます。
「……ここまでにしよう。教えた技は上手く使えているようだね」
「こっちの方がボクには向いていそうです」
「向き不向きはあるからね。得意を伸ばすか、苦手を克服するかはアーシェに任せるよ」
今木刀を砕いた技は地の技と呼ばれる、義父に教えてもらった技の応用です。
気、と呼ばれる魔力の運用法の一つであり、肉体や物体を強化する技術です。いまのは、短い距離、短い時間に気をすべて注ぎ込みたたきつけるという、本当に力技ですが、一度触れてしまえばいくらでも使えそうなのでなかなか便利そうです。木刀が粉砕するとは思いませんでしたが。
ちなみに義父が使っていたのは水の技と呼ばれるものであり、気によって勢いを操る技術ということですが、正直いまだによくわかりません。
あと、義兄がボクの剣を躱していたのは風の技と言われるもので、また違う技術です。こちらもよくわからない部分が多い技術なのですが……
この三種類の技を状況に合わせて使い分けるのが男爵家に伝わる剣術です。ボクには正直手に余ります。
相性のいい力技でとにかく制圧前進するという、脳筋スタイルしかできないのが非常にもどかしいところです。
何にしろ、今日はこれで終わりでしょう。お辞儀をして、ボクの試合は終わりました。
母と、義父と義兄の4人家族ですが、義父と義兄とは血がつながっていません。
もともと都会の方に住んでいた母はボクの小さいころに今いる村までボクを連れて移住してきた、と聞いています。実の父親は移住直前に亡くなったとか。
この辺り、まだボクの物心つく前だから全く覚えてないんですよね。
赤ん坊のころから記憶がある転生者の話も前世では見たことありましたが、残念ながらボクの場合はそんなことは全くないようです。
何にしろ、今住んでいる村に来て、母は義父と結婚しました。
なので物心ついたころから父親というと義父ですし、兄と言ったら義兄です。
そんな関係ですから、義父も義兄も血がつながってないわけですが、二人ともボクには駄々甘です。
そういう意味では結構幸せな生活をさせていただいているわけです。農業辛いですが。
そんな義父ですが、実は男爵様で貴族だったりします。
貴族というとすごそうですが、領地である男爵領は村一つで、住民は200人もいません。
ぶっちゃけて言えば村長さんですね。村長さんというと弱そうですが、男爵様というと強そうに聞こえるのは何なのでしょう。
ですから私も男爵令嬢というれっきとした貴族だったりします。
まあ、毎日畑を耕して、時には熊やら猪やらを狩る、なんて貴族とはかけ離れた生活をしていますが。
正直、貨幣経済が発達していませんから、租税と言っても麦であり、うちでも死ぬほど取れますから貰ってもしょうがないんですよね……
村のみんなも一生懸命農業していますから、基本食料は結構余り気味です。バリエーションが少ないせいで、ボクが肉を狩ってくると毎回お祭り騒ぎですがせいぜいそのレベルであり、餓死とかそういったことはボクがこの村に来てから一度もありません。
貴族令嬢とは、もっとおしとやかに生きる生き物ではないのだろうかと思うこともあります。
もっとも、刺繍してお茶を飲んで過ごすとかボクにはとても無理無理カタツムリな生活ですので、今の方がいいのでしょう。
過去を語らないので正確なところはわかりませんが推定結構いいところの貴族出身だろう母も、毎日楽しそうに仕事しているのを見ると、貴族と言ってもこんなものなのかな、と思ったりしてしまいます。
純人である母はボクほど身体能力が高いわけではないので、やっているのは基本薬草を取ってきてお医者さんのまねごとですが、医者がいないこの村では非常に重宝されています。
さて、そんな男爵家なウチですが、他の村人と大きく違うところが一つあります。
貴族というのは自分の領を守るため戦わないといけません。なので男爵軍が結成されているんですね。
メンバーは、義父がリーダーで、隊員として義兄とボク、以上です。
これで軍という度胸がすごいと思います。総勢3人。前世で言う小隊どころか分隊にも足りていません。
まあ村人がだいたい200人ですから3人もいれば上出来なのかもしれません。
前世日本の戦国時代末期には1万石当たり150人程度の兵士が準備できたそうです。
1万石を住民1万人と大体同義と考えれば、1.5%です。200人の村なら3人で割合的にも正しいわけです。
そんな少数で精鋭でもない間に合わせの男爵軍ですが、暴力機関の所属である以上、武術の修行が必要なわけです。
修行と行っても教えるのは義父で、素振りをしたり、試合といった、あまり変わり映えのしないことばかりです。
今日は畑を耕したので素振りを飛ばして早速義兄と試合することになりました。
お互いいつもの木刀をもって、向かい合って構えます。
ボクの木刀は1mを優に超える長いもので、義兄の木刀は義父と同じ1m弱の長さのモノです。パワーがあるボクは普段から大きな剣をぶんまわしているので、それに合った長さの木刀を使っています。
ボクの方は大上段に構え、義兄の方は八双と言われる、野球のバットのような構えを取ります。
「じゃあ行きますよ」
「……」
兄の返事を待たずに、ボクは思いっきり木刀を振り下ろしました。
ドゴォ!! と地面を抉る一撃を、義兄は冷静に一歩下がって躱します。
ボクはそのまま、切り返して木刀を振り上げました。
下から跳ね上がる木刀を義兄はまた躱します。
「せやっ!!」
「……」
「とりゃっ!!」
「……」
横なぎ、袈裟懸け、突き、そしてまた上段から唐竹割り、と、ボクはどんどんと攻めますが、義兄は冷静にかわしていきます。
初めて試合をした時は、受け止めようとした義兄の木刀をへし折って脳天をぶん殴って大騒ぎになりましたが、今では冷静に見切られてしまうのが少し悔しいところです。
「どっっっせい!!」
「っ!!」
再度きり上げた時、躱し損ねた義兄はボクの木刀を自分の木刀で受け止めました。
そのままボクが全力で振り上げると、義兄の木刀は天高く吹き飛んでいきました。
「よし、そんなところだろう。アーシェはまた速くなっているな。いいぞ」
「えへへ」
「クリスもよく見ていたのは良かったが、最後のをうまく受け流せれば満点だったな」
「あれは厳しいよ、父さん」
試合を見ていた義父がボク達の試合の内容について講評を始めます。
純粋な身体能力ならボクも義兄もすでに義父を超えていると思いますが、技術的には義父の方が圧倒的ですので、教わることが多いです。
男爵家に伝わる剣術ということですが、田舎で細々と伝わっている技術とは思えないぐらい多彩な技があります。
「じゃあ今からアーシェの剣を受け流すから、見て学べよ。アーシェ、かかってこい」
「それでは早速」
いつもの大上段から、全力で木刀を振り下ろします。
そのまま横に構えていた義父の木刀に当たると……
ぬるり、という感触とともにボクの振り下ろした木刀が義父から逸れ、真横の地面を砕きます。
木刀同士がぶつかる感覚でもなく、かといって、互いがこすれる感覚でもなく、蛸か何かの表面を撫でたかのようなぬるり、という感覚で木刀が逸れました。
木刀の勢いを技術で逸らされてしまいます。このやり方は、ボクも教えてもらったのですが、余りあっていないようで、全くうまく使えません。
「えいっ! えいっ!!」
「やはりアーシェの一撃は重いな」
最初のように受け流されてすっころぶ、なんてことはなくなりましたが、それでも体勢を崩さないようにするのは結構大変です。このまま続ければ、結局ボクの方が不利でしょう。
なので……
「ここっ!!」
「くっ!?」
受け流されそうな剣筋を途中で強引に方向を変えます。
技術も何もない、純粋な力技ですが、そのおかげでガチッ、と木刀同士が垂直に当たります。
「ふんっ!!」
もっとも、このまま鍔迫り合いに持ち込んでもまた流されるなりしてしまうでしょう。
なので接触した瞬間、ほんのわずかだけ木刀を引き、その見えない距離に全集中力をつぎ込んで再度木刀を義父の木刀にぶち当てました。
バンっという音を立てて、お互いの木刀がはじけとびます。
「……ここまでにしよう。教えた技は上手く使えているようだね」
「こっちの方がボクには向いていそうです」
「向き不向きはあるからね。得意を伸ばすか、苦手を克服するかはアーシェに任せるよ」
今木刀を砕いた技は地の技と呼ばれる、義父に教えてもらった技の応用です。
気、と呼ばれる魔力の運用法の一つであり、肉体や物体を強化する技術です。いまのは、短い距離、短い時間に気をすべて注ぎ込みたたきつけるという、本当に力技ですが、一度触れてしまえばいくらでも使えそうなのでなかなか便利そうです。木刀が粉砕するとは思いませんでしたが。
ちなみに義父が使っていたのは水の技と呼ばれるものであり、気によって勢いを操る技術ということですが、正直いまだによくわかりません。
あと、義兄がボクの剣を躱していたのは風の技と言われるもので、また違う技術です。こちらもよくわからない部分が多い技術なのですが……
この三種類の技を状況に合わせて使い分けるのが男爵家に伝わる剣術です。ボクには正直手に余ります。
相性のいい力技でとにかく制圧前進するという、脳筋スタイルしかできないのが非常にもどかしいところです。
何にしろ、今日はこれで終わりでしょう。お辞儀をして、ボクの試合は終わりました。
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