婚約破棄された偽聖女と森の古代竜

みやび

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4 魔の森

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 頑丈な金属の檻でできた馬車に乗せられ、私は北へと運ばれる。
 王都を発って一週間。ようやく、魔の森と呼ばれる地にたどり着く。

 馬車が入口で止まり、扉が軋む音を立てて開いた。


「ここより先が……魔の森です」


 見張り役として同行してきた衛兵が、心配そうにこちらを覗き込みながら声をかけた。

 彼は、かつて魔物との戦いで片腕を失い、命すら危うかった男だった。
 だが私が五体満足になるまで治療してやったからか、厚く恩義を感じているようだった。


「聖女様。今なら逃げ出しても、私しか見ていませんよ?」

「ダメダメ。バレたらキミが処罰されるじゃない。もうすぐ子どもも生まれるんでしょう? 奥さん、大事にしないと」

「アイツだって……わかってくれます」

「気持ちは嬉しいけどさ。子どもと奥さんを優先しなきゃ」


 王太子の言葉を誰もが妄信しているわけではない。
 彼や、監視役に彼を選んだ騎士団長のように、私に対して恩義を忘れない人間だっている。

 道中の旅は、決して快適ではなかった。けれど、耐え難いほどでもなかった。
 食事は出たし、水浴びもお手洗いも、きちんと外で、しかも監視なしでさせてもらった。
 普通なら監視を続けるのが当然の場面でも、彼は視線を外していた。

 配慮は、単なる羞恥心への気遣いにとどまらず、「逃げてもいい」という黙認の意思すら感じられた。
 ──でも、逃げなかった。


「聖女様」

「だから私はニセモノだってば。本当のことよ」

「いえ、私にとっては、あなたが聖女様です」

「頑固だなあ」

「聖女様ほどではありませんよ」


 まあ確かに、逃げろと暗に告げられても、魔の森に突っ込もうとしている私のほうが、よっぽど頑固かもしれない。


「ま、私のお願いは一つだけ」

「なんでしょうか?」

「命を懸けてでも、幸せに生きて。奥さんと、子どもと、老衰するまで一緒に」


 彼の顔が、ぐしゃりと歪む。
 もしかすると、彼は魔の森まで同行することも考えていたのかもしれない。

 でも、私は許さない。
 私が治療した命だからこそ、幸せに生きてほしいのだ。

 彼から、食料といくつかのサバイバル道具が入った袋を受け取る。
 その視線を背に感じながら、私は森の中へと一歩、踏み出した。



◇ ◇ ◇ ◇



 魔の森。

 その名に恥じぬ異様な空気が、入口からすでに漂っている。
 湿った空気には濃密な魔力が漂い、土や草の匂いと獣の気配が混じっていた。

 振り返る。
 もう、馬車は見えない。衛兵の気配も感じ取れなかった。

 ──きっと、私の姿が見えなくなったのを確認して帰ってくれたのだろう。
 生まれてくる子どものためにも、それが正しい。
 あの約束は、絶対に守ってもらわないと困るのだ。


「さて……」


 誰にも聞こえないような独り言をつぶやき、私は深く息を吸った。

 木々は高く、葉は厚く、昼間とは思えぬほど陽の光が遮られている。
 根や岩でごつごつした地面に足を取られながらも、私は進む。
 一歩進むごとに、体力が削られていく。

 それでも、不思議と恐怖はなかった。
 王太子の玉座の前に立たされたあの瞬間より、今のほうがずっと自由で、生きていると感じられるからかもしれない。


「生き延びてみせる。必ず」


 ただの魔女でも、ニセ聖女でもなく。
 一人の人間として、生き延び、証明してみせる。

 ──それに、私にはひとつの“あて”がある。

 かつてこの魔の森に居を構えていた誰かが書いた手記。
 リュミエール家の図書室の隅で偶然見つけたその古い手記には、魔の森の生態や生活術、そしてその手記の著者が住んでいた場所についても記されていた。

 少なく見ても100年以上前の手記だったが、それでも希望はあった。
 もしそこが今も存在するなら、何かが残っているかもしれない。

 その手記の記憶を頼りに、私は森の奥へ奥へと進んでいった。


◇ ◇ ◇ ◇


 やがて、小さな開けた空間に出た。
 苔むした岩々と、自然に囲まれた泉。
 泉のほとりにはぽつんと建つ一軒の石造りの小屋があった。


「……あった。ほんとに……」


 手記の記述と寸分違わぬ光景だった。

 近づいてみると、小屋の扉はかすかに開いていた。
 中をのぞけば古びた家具やら、今もかすかに魔力を帯びた魔道具が置いてある。

 長い時を経ているだろうにもかかわらず、小屋の中は案外きれいなままだった。


「……ひとまず、ここを拠点にしよう」


 この先どうなるかはわからない。
 けれど、行き当たりばったりでも、私は自由だ。

 ならばまずは、ここで──生きてみせよう。

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