婚約破棄された偽聖女と森の古代竜

みやび

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5 古代竜

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 森の中からは見えずらかったそらを見上げると、太陽はかなり高い位置にあった。
 小屋の中身の確認は後回しにして、ひとまず昼食でも取るか。

 入り口の部屋の隅に荷物を置くと、袋から堅パンを取り出して、小屋の裏にあった泉まで移動し、そのほとりに腰を下ろす。
 足を水に浸すと、ひんやりとした感触が肌に心地よく、自然とため息が漏れた。

 堅パンをちびちび齧りながら、水面をぼんやりと眺める。
 衛兵さんが気を利かせて多めに持たせてくれた食料とはいえ、節約しても一週間が限界だろう。

 ……食料調達、考えないとなあ。

 そんなことをぼんやりと思いながら視線を巡らせていると――


「ひっ!?」


 視線がふと止まった森の奥、暗がりの中に、“目”があった。
 金色の、大きな瞳。木陰にひっそりと潜むそれは、光を反射してぎらりと輝いている。

 ぶわっ、と背筋を冷たい汗が伝う。

 瞳の高さ、間隔、光の奥行きからして、相当な巨体の持ち主だ。
 大きさからして人間ではない。狼にしても大きすぎるし、熊か……あるいは、古代竜……?

 私はゆっくりと堅パンを口から離し、水に足を浸したまま、できるだけ慎重に立ち上がった。

 小屋に戻れば、なんとか籠城できるかもしれない。
 けれどそのためには、相手に背を向けなければならない。
 逃げようとした瞬間に襲われたら、間違いなく終わる。

 頼れる武器なんて何もない。手元にあるのは、さっきまで齧っていた堅パンだけ。

 
(……これで注意を引いて、その隙に逃げる?)
 

 浅はかな作戦だと自分でも思う。だが、他に手はない。
 私は意を決し、水から足を引き上げて一歩、また一歩と後ずさる。緊張で呼吸が浅くなる。

 ――そのとき。森の奥で、がさりと音がした。
 藪をかき分けるようにして、何かが姿を現す。

 
(来たっ!)
 

 反射的に、堅パンを全力で投げつけた。
 それはまるで投擲競技の一瞬のように、美しい回転を描いて飛んでいき――


 ぽこんっ。

 
「いたっ」


 乾いた音と、間の抜けた声。
 堅パンは藪から現れた人間の男性の額に見事命中した。

 ――え? 獣はどこいった?
 あまりにも予想外すぎて、思考が止まる。

 相手は額を押さえながらこちらの様子をうかがっている。金色の瞳が目立つが、それ以外はごく普通の青年だ。
 かっこよくもなく、かといって不細工でもない。どこにでもいそうな、ちょっと優しそうな雰囲気のある顔立ちの男性だ。

 彼は額を撫でながら、落ちた堅パンを拾った。

 
「あの、ご、ごめんなさい?」
 

 私は恐る恐る声をかける。
 見知らぬ相手だ、警戒するに越したことはない。

 けれど彼ののんびりした空気感に、少しだけ緊張が和らいだ。

 
「うう……いきなり物を投げられるとは思わなかったよ……。人間を驚かせないように人型になったのに、まだ怖かったかなぁ……」

 
 え?

 人間を驚かせないように? 人型になった?
 

「……え、い、今、“人型になってる”って……?」

「うん、そう。僕、古代竜だからさ。元の姿だと結構大きいんだよ」

 
 サラッと、とても自然に言う。まるで「今日はちょっと暑いね」くらいのノリで。

 
「じょ、冗談……じゃないよね?」

「冗談なら、もっと面白いこと言うよ。たとえば……このパン、実は五百年前に勇者アルスが残した食べ残しだ、とか?」

「いえ、それは私の食べ残しですよ」
 

 なんだその雑な設定の嘘は。
 たぶんこの人――いや、この竜、冗談が下手なんだろう。

 もう一度彼を見つめる。金色の瞳が、じっとこちらを見返してくる。
 その色と光の反射――あれは間違いない。森の奥で見た“目”と同じだ。

 
「……じゃあ、さっきの大きな影が、本当に……あなた?」

「うん、あれが本来の僕。驚かせてごめんね。人は僕の竜の姿を見ると怖がるから、人型になって出てきたんだけど……やっぱりもっとカッコよくならないとダメかなぁ」
 

 いや、藪から出てこられたらイケメンでも驚くけど。
 でも、なんとなく彼の言葉には悪意がなく、ただ不器用なだけに思える。

 
「確認したいんだけど……あなた、一体何者なの?」
 

 彼は少しだけ間を置いて、穏やかに微笑んだ。
 

「僕の名前はリュカ。この森に棲んでる、しがない古代竜だよ」
 

 古代竜――その名を聞いただけで、背筋がひやりとする。
 伝承に語られる、災厄の象徴。山を崩し、国を焼き払うという伝説の獣。
 けれど、目の前にいるのはそのイメージとは真逆の、のんびりした青年だった。

 
「それで……何でここに? もしかして、あの小屋ってあなたのだったり……?」

「ああ、小屋はね、友達のおばあちゃんが建てたやつだよ。もう百年……いや、二百年だったかな、すこし前に亡くなったはずだから、今は空き家だよ。自由に使っていいよ」

 
 今の住民はいないようで、使ってもいいと教えてもらったのだから、遠慮なく使わせてもらおう。

 
「で、君に会いに来た理由だけど……」

「ごくり」


 そんな自身も悪名だけど有名な古代竜リュカが私に何をしに来たのか、緊張して聞いていると……


「暇だったから」

「……はい?」

「ここに人が来るの、久しぶりでさ。どんな人が来たのかなって、ちょっと気になって」
 

 にへらっと笑う彼に、私は完全に気が抜けてしまった。
 まあ、古代竜なんて、私がどうこうできる存在じゃないし目の前のリュカは悪い人?竜?ではなさそうなのでのでご近所づきあいはちゃんとして仲良くなっておくべきだろう。

 
「えっと……私の名前はアリシアです」
 

 ひとまずは自己紹介から始める。
 ちなみに、追放と同時にリュミエール家の姓は剥奪されている。今はただの“アリシア”だ。

 
「アリシアか。かわいい名前だね」
 

 この一言で、私の彼への好感度はぐっと上がった。
 王都では名前すら平民臭いなどと侮辱されてきた日々であったので、こうして素直に褒められるのは、ただそれだけで少し泣きそうになる。

 ふわっと心が温かくなってきた、そのとき――

 

 ぐ~。

 

 腹の音が静寂を破った。
 

「おなかすいちゃって……これ、食べ物だよね? もらってもいい?」

「どうぞ」
 

 どうやら彼も空腹だったらしい。
 古代竜の餌付けというのも、なかなか面白い話になりそうだし、私の歯形が残った堅パンを、私は快く彼に差し出したのだった。
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