瑞原大学物語 ~ボクと狐ちゃんのほのぼのキャンパス生活~

みやび

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ボクと狐ちゃんのキャンパス巡り 1

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4月2日
いつも通り朝7時に起き、のんびり電気ポットのスイッチを入れる。
お湯が沸けるまで、服を着替える。いつも通りのTシャツとスパッツというラフな格好をしようとして、そういえば今日はクーちゃんと会うことになっていたのを思い出した。
さすがにTシャツとスパッツでは外出できないので、少しだけ気を遣うかと思いタンスをあさるが…… ユニクロで買った服ばかりで大した服は入っていなかった。黒のショートパンツに黒のVネックシャツ、白のパーカーを着て、まあこれでいいかと自分の中で納得する。
お湯に粉を溶かして、コーンスープを作り飲む。今日から新聞をとるようにしていたので、スープを飲みながらゆっくり新聞を読み始める。なんというか、気分だけだが大人になった気がした。

家から大学まで徒歩で5分ぐらいだが、昨日着ていたスーツをクリーニングに出したいので8時に家を出る。昨日着ていたスーツが紺色でぱっと見わからなかったが、黒い毛がそこかしこについていた。昨日の猫ちゃんの毛だろう。ガムテープをペタペタして、大体とったがちゃんと洗ったほうがいいと思い、クリーニング屋に持ってきた。近くにあるクリーニング屋に、朝8時からやっているところがあり、ちょうどよかった。
朝早い時間は客も少なく、特に手間取ることも待たされることもなかった。スーツを預けて大学に着いたのはだいたい8時半ぐらいだった。
さすがに朝早めだからか、構内の人はまばらだった。今日もボクの入った学部とは別の学部の入学式があるが、時間は10時かららしいし、新入生の姿もまばらだった。勧誘の準備をしている人たちや、早く来た人にチラシを配っている人はいたが、普段着のボクは新入生と思われなかったようで、特に声もかけられなかった。

クーちゃんもさすがにまだ来てないよな、と思いながらふらふらと銅像の方へ向かうと、まばらな人の中に金髪で狐耳をはやした和服の女の子が目に留まった。桜の模様のピンクの着物に、桜の刺繍が入った紺色の袴を着ている。昨日と服が違うが、明らかにクーちゃんだった。
こちらがクーちゃんを見つけたのとほぼ同時にクーちゃんもこちらを見つけたようで、耳をピンとたてて尻尾もぶんぶんと振りながら、こちらにパタパタと駆け寄ってくる。ご主人様が帰ってきたときの飼い犬を、不覚にも連想してしまった。
それにしてもすごく遅い。一生懸命パタパタ走っているように見えるのに、隣を歩いている人に抜かれる。一人だけスローモーションか何かのようだった。

「はぁ、はぁ、おはよう!! ショウちゃん!」
「おはよう、クーちゃん」

息を弾ませながら挨拶をするクーちゃん。あの遅さの走り方とこの距離で、なんでそんなに息が弾むのか、若干不思議なレベルであるが、楽しそうなので触れないでおく。

「ひとまず、どこ行くか決めようか。一度腰を下ろしたいけど、妖怪同好会のブース借りられるかな」
「使って大丈夫だと思うよ」

路地を通って昨日利用した妖怪同好会のブースに行くと、昨日の猫ちゃんがベンチの真ん中でくつろいでいた。ボクたちが近寄ると、一瞬こっちを見た後、端によってくれたので、空いたスペースにクーちゃんと二人、隣り合って座る。肩掛けカバンを机の上に置くと、猫ちゃんが膝の上に乗っかってきた。今日もモフモフだった。ショートパンツだから太ももで直接モフモフ感を感じられて、前日比幸せ2倍である。
資料として持ってきた大学が作ったキャンパス案内と、学生の有志が作ったらしい、本屋で売っていたキャンパス案内を肩掛けカバンから取り出す。クーちゃんは何を持ってきたかな、と思ったが、クーちゃんはニコニコみているだけだった。

「クーちゃん、資料は?」
「資料?」

心底不思議そうに首をかしげるクーちゃん。何も持ってきていないようだ。よく考えたらクーちゃんがその手にもっていたのは小さな巾着1つである。大きさ的に財布と小物ぐらいしか入りそうにないし、分厚い資料を持っているわけがなかった。本当にお嬢様だな、とちょっと思った。

「へー、こんな資料あるんだ」
「それ、大学でもらったやつだけど」
「みてないや」

えへーとホンワカとほほ笑むクーちゃん。これ、入学までにやらなきゃいけないこと一覧が書いてあるのだが、見ていなくて大丈夫なのだろうか。クーちゃんと手続したか心配になる。
一応ボク自身のためにもやらなきゃいけない手続きを再確認したほうがいいだろう。

「選択科目の登録、今日までだけど、ちゃんとやった?」
「……え?」

驚きで瞳孔が開くクーちゃん。なんか目がちょっと狐っぽい気がした。

「授業開始後に二次登録もあるけど、選択科目の登録をしないと、単位取れないよ?」
「え? え? だって、語学とか、自動で登録されたって連絡来てたよ?」
「必修のやつでしょ、それ。一般教養は選択科目だから別に登録しないとダメだよ」

必修科目は勝手に大学側に登録されて、その通知は紙で受け取ったが、選択科目はWeb登録だ。スマホでも登録できるという話だが、ボクはスマホが苦手なので、PCを使って登録したのだが…… クーちゃん、登録すらしてなさそうである。

「あ、あう、いつまでだっけ?」
「今日までだよ。今日の5時までって書いてあるよ」

さっき机の上に出した資料の、付箋が張ってある該当ページを開く。カレンダー形式にかかれたそのページには『科目登録(Web登録) 3月31日9時~4月2日17時』と書いてある。ちなみにボクは入学式前に済ませた。
困っているのか、半笑いみたいな微妙な表情をするクーちゃん。

「て、てへ、どうしようか」
「んー、登録にはひとまずパスワードとIDが必要だけど…… わかる」
「わがんにゃい」

形の良い眉が山形を描いた。IDは入学前の書類で記載するものだからまだ覚えている可能性があるが、パスワードは大学からランダムで配布されるものだ。さすがに覚えていないだろう。
ボクの膝の上の猫ちゃんが、前足でクーちゃんの太ももを、てしてしし始めた。慰めているのか、叱っているのかどちらかわからない動きだった。

「あ、でもお母さん家にいるし、見てもらって教えてもらうね!!!」

そういいながら電話をするクーちゃん。悪戦苦闘しながらスマホで電話を始める。耳の位置違うけど、電話どうやって持つのだろう、と思っていたのだが、ほかの人と変わらなかった。耳がへにょーんとスマホに覆いかぶさるように倒れている。耳の可動域広いな、という場違いな感想が浮かんだ。
少しすると、クーちゃんのお母さんなのだろう、上品そうな女性の声がもれ聞こえた。

「お母さん? 葛葉だよ」
「……」
「あのね、IDとパスワードが必要なの」
「……」
「えっと、科目登録が今日までで…… ごめんなさい……」

悪いことをしたのがばれた子供のようにシューンとするクーちゃん。まあ現に親に自分のミスがバレている最中だから間違っていないのだろう。立っていた片耳がへにょーんと最低値を更新する。ちょっと先をつまんでピーンと上にあげたいぐらいのへにょり方だった。

「それでね、友達が、IDとパスワードがあればって。うん」
「……」
「机の上にある、たぶんそれだけど」
「……」
「うー、どれだろう……」
「……」
「メールアドレス? それかなぁ、そのパスワードを教えてくれる?」
「クーちゃん。メールアドレスは別のだよ」
「ええ、じゃあどれだろう」
「……」
「うう、わかんにゃい……」

クーちゃんのお母さんに何か見てもらっているようだが、そもそもクーちゃんが何を必要なのかがわかってないため、伝わっているかが非常に怪しい。クーちゃんの眉毛がどんどん寄ってくるし、徐々に目が涙ぐんでくるし、耳も尻尾もどんどん元気がなくなってきている。徐々にかわいそうになってきている。

「クーちゃん。代わってもらっていい?」
「ショウちゃん? えっと、友達に代わるね」

ボクは一通り手続き終えたし、もしかしたら手伝えるかなと思って、電話を替わってもらう。出しゃばりかなとも思ったが、見てられないし、さっさと終わらせて早く楽しいキャンパス巡りをしたいのである。

「葛葉さんのお母様でしょうか。わたくし、葛葉さんの友人の鈴木と申します」
「ショウちゃんが外行きの声を出してる」
「うるさいわ。電話になると声代わるのはよくあるでしょ」

電話口から顔を離し、クーちゃんに反論する。正直、外行きの声で電話するのが久しぶりである。変な声が出ていた自覚はあるのだ。ひとまずお母様とお話を再開しよう。

「葛葉の母の裏葉と申します。葛葉がいつもご迷惑をかけているみたいで申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ楽しくお付き合いさせていただいております。それでですね、『科目登録用IDとパスワードのお知らせ』というページを見ていただけますか。黄色い表紙の冊子の中にあると思うのですが」
「ちょっと待ってくださいね…… この冊子の中にあるんですね。はい、見つかりました」
「それのIDとパスワードを教えてください」
「わかりました。IDが……」

あっけなくIDとパスワードを聞き出すことができた。現状必要な情報が手に入った。ひとまずこれがあれば登録手続きはできるはずだ。

「IDとパスワード、わかりました。ありがとうございます」
「こちらこそ葛葉がご迷惑かけて申し訳ありませんでした。足りないところもある子ですが、末永くお付き合いしてください」
「わたくしも、楽しく付き合いをさせていただいています。それでは葛葉さんに代わりますね。はい、クーちゃん」
「なんか、声が別人みたいだった」
「いいから早くとりなさい」

クーちゃんは、そのあと、お母さんと言葉を交わすと電話を切った。ずいぶん上品でしっかりしたお母さんだったが、クーちゃんも大きくなったらあんな感じのしっかりしたお母さんになるのだろうか…… なる、のだろうか? 非常に疑問だった。
猫ちゃんが、ボクの膝の上で大きなあくびをした。
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