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【第1章】 捨てられ令嬢と氷の公爵
第13話 契約の終わり、愛の始まり
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ジークハルト様が目を覚ましたのは、日が傾き、部屋が茜色に染まる頃だった。
「……ん、ぅ……」
「ジークハルト様! 気が付かれましたか?」
私が覗き込むと、彼はゆっくりと目を開けた。
その瞳は、まだ少し焦点が合っていないようだったけれど、すぐに大きく見開かれた。
「エリス……!? なぜここにいる!」
彼は弾かれたように起き上がると、私の肩を掴んで自分から引き剥がそうとした。
「離れろ! 私は発作を起こしたはずだ! 部屋中が凍って……」
彼はそこで言葉を詰まらせた。
周囲を見渡す。
そこには、氷の欠片ひとつなかった。あるのは、暖炉の火が弾ける音と、夕陽に照らされた温かい寝室だけ。
「……氷が、ない? まさか、夢だったのか?」
「夢ではありません。すごい冷気でした。部屋中がダイヤモンドダストみたいにキラキラして、綺麗でしたけど……少し寒かったですね」
私が努めて明るく言うと、彼は呆然と私を見た。
そして、恐る恐る自分の手を見つめる。
「魔力が……凪(な)いでいる。いつもなら、発作の後は数日間、体中が暴れまわる魔力で痛むのに。……嘘のように静かだ」
「私が、手を握っていたからかもしれません」
私は、まだ少し赤い自分の手を彼に見せた。
「医師が言っていました。私は『魔力中和』の体質みたいです。あなたの溢れる魔力を、私が受け止めて逃がすことができるって」
「魔力中和……? そんな、都合の良い話が……」
彼は信じられないという顔で、けれど縋るように私の手に触れた。
恐る恐る。壊れ物に触れるように。
私たちの肌が触れ合う。けれど、氷は発生しない。ただ、お互いの体温が伝わるだけだ。
「……本当だ。触れても、魔力が暴走しない」
彼の瞳が潤んでいくのが分かった。
それは、長年彼を苦しめてきた「孤独」という呪いが解けた瞬間だった。
「すまない、エリス。……私は嘘をついていた」
彼は俯き、震える声で言った。
「『形だけの妻でいい』なんて、強がりだ。本当は、誰かに傍にいて欲しかった。凍りつく恐怖に怯える夜に、誰かに手を握って欲しかった。……だが、誰も私に触れることはできなかった」
歴代の婚約者たちは、彼に触れようとして凍傷を負ったり、恐怖で逃げ出したりしたという。
彼はずっと、一人でこの広い寝室で、寒さに耐えていたのだ。
「契約は破棄だ」
彼は顔を上げ、強い眼差しで私を射抜いた。
「『愛など期待するな』という条件は撤回する。……もう、手遅れだ」
「え……?」
「お前を手放すことなど、もうできない。私の魔力を鎮められるからではない。お前が……私の凍りついた心を、溶かしてくれたからだ」
彼は強く、私の体を引き寄せた。
今度は、ためらいなんてなかった。
力強い腕が私の背中に回り、痛いほどに抱きしめられる。
「愛している、エリス。……どうか、私の本当の妻になってくれないか」
耳元で囁かれたその言葉は、どんな魔法よりも熱く、私の胸を焦がした。
実家で「無能」と蔑まれ、誰からも必要とされなかった私。
そんな私が、この国で一番強くて孤独な人を、救うことができた。
「……はい。はいっ……!」
私は彼の首に腕を回し、涙声で答えた。
「私でよければ、ずっとお傍にいさせてください。……私も、あなたのことが大好きです」
言葉にした瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。
ジークハルト様は、子供のように泣きじゃくる私を、優しくあやすように背中を撫で続けてくれた。
「ありがとう。……ありがとう、私の救い主(アゲハ)」
窓の外では、夜の帳(とばり)が下りようとしていた。
けれど、この部屋はもう寒くない。
二人の体温と、通じ合った想いが、どんな強力な暖房よりも温かく、私たちを包み込んでいたから。
こうして私たちは、契約書など必要のない、心からの「夫婦」になったのだった。
「……ん、ぅ……」
「ジークハルト様! 気が付かれましたか?」
私が覗き込むと、彼はゆっくりと目を開けた。
その瞳は、まだ少し焦点が合っていないようだったけれど、すぐに大きく見開かれた。
「エリス……!? なぜここにいる!」
彼は弾かれたように起き上がると、私の肩を掴んで自分から引き剥がそうとした。
「離れろ! 私は発作を起こしたはずだ! 部屋中が凍って……」
彼はそこで言葉を詰まらせた。
周囲を見渡す。
そこには、氷の欠片ひとつなかった。あるのは、暖炉の火が弾ける音と、夕陽に照らされた温かい寝室だけ。
「……氷が、ない? まさか、夢だったのか?」
「夢ではありません。すごい冷気でした。部屋中がダイヤモンドダストみたいにキラキラして、綺麗でしたけど……少し寒かったですね」
私が努めて明るく言うと、彼は呆然と私を見た。
そして、恐る恐る自分の手を見つめる。
「魔力が……凪(な)いでいる。いつもなら、発作の後は数日間、体中が暴れまわる魔力で痛むのに。……嘘のように静かだ」
「私が、手を握っていたからかもしれません」
私は、まだ少し赤い自分の手を彼に見せた。
「医師が言っていました。私は『魔力中和』の体質みたいです。あなたの溢れる魔力を、私が受け止めて逃がすことができるって」
「魔力中和……? そんな、都合の良い話が……」
彼は信じられないという顔で、けれど縋るように私の手に触れた。
恐る恐る。壊れ物に触れるように。
私たちの肌が触れ合う。けれど、氷は発生しない。ただ、お互いの体温が伝わるだけだ。
「……本当だ。触れても、魔力が暴走しない」
彼の瞳が潤んでいくのが分かった。
それは、長年彼を苦しめてきた「孤独」という呪いが解けた瞬間だった。
「すまない、エリス。……私は嘘をついていた」
彼は俯き、震える声で言った。
「『形だけの妻でいい』なんて、強がりだ。本当は、誰かに傍にいて欲しかった。凍りつく恐怖に怯える夜に、誰かに手を握って欲しかった。……だが、誰も私に触れることはできなかった」
歴代の婚約者たちは、彼に触れようとして凍傷を負ったり、恐怖で逃げ出したりしたという。
彼はずっと、一人でこの広い寝室で、寒さに耐えていたのだ。
「契約は破棄だ」
彼は顔を上げ、強い眼差しで私を射抜いた。
「『愛など期待するな』という条件は撤回する。……もう、手遅れだ」
「え……?」
「お前を手放すことなど、もうできない。私の魔力を鎮められるからではない。お前が……私の凍りついた心を、溶かしてくれたからだ」
彼は強く、私の体を引き寄せた。
今度は、ためらいなんてなかった。
力強い腕が私の背中に回り、痛いほどに抱きしめられる。
「愛している、エリス。……どうか、私の本当の妻になってくれないか」
耳元で囁かれたその言葉は、どんな魔法よりも熱く、私の胸を焦がした。
実家で「無能」と蔑まれ、誰からも必要とされなかった私。
そんな私が、この国で一番強くて孤独な人を、救うことができた。
「……はい。はいっ……!」
私は彼の首に腕を回し、涙声で答えた。
「私でよければ、ずっとお傍にいさせてください。……私も、あなたのことが大好きです」
言葉にした瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。
ジークハルト様は、子供のように泣きじゃくる私を、優しくあやすように背中を撫で続けてくれた。
「ありがとう。……ありがとう、私の救い主(アゲハ)」
窓の外では、夜の帳(とばり)が下りようとしていた。
けれど、この部屋はもう寒くない。
二人の体温と、通じ合った想いが、どんな強力な暖房よりも温かく、私たちを包み込んでいたから。
こうして私たちは、契約書など必要のない、心からの「夫婦」になったのだった。
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