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7、少女の残像はクロスバイクの早さで
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謎のラジオネタ職人ガールと出逢った次の日。
響季が通う高校では球技大会が行われていた。期末テストも終わり、あとは夏休みを待つぐらいだ。
「ねえねえカッキー。昨日さあ」
ニ棟校舎の一階渡り廊下。グランドで行われているフットサルの試合を見ながら、響季は隣にいる同じクラスの柿内君に昨日の出来事を話し出す。
お互い参加したバスケとバレーの試合を順調に一回戦で敗退し、二人は怠惰な自由を満喫していた。
「献結ルームでキングに逢ったよ。ナイトワーカーの。ナイトキング」
「へえ、どんなだった?」
「可愛い女の子」
「えっ?」
「ナンパしたら逃げられた」
「なんだよそれ」
柿内君が笑いながらいつものように適当に聞き流し、手に持ったスポーツドリンクを一口飲む。適当な親友のことだから真面目に取り合っても仕方ないとばかりに。
細いながらも比較的かっちりとした体格と、眉との距離が近い目。
そして生まれつき口角の上がった口許は、いつも楽しそうなことを見つけて大笑いしたがっていた。
響季の親友である柿内君は、一見すれば快活そうな少年だが、実際は人生というものの退屈さゆえ、背は猫背気味で、口許は皮肉そうに釣り上がり、その眼の奥にある光はいつも死んでいた。
「あーあ。もっとお話したかったー。女の子のネタ職人ってそうそういないでしょ?しかもキングだよ?」
「クイーンじゃないのか?」
「ああ、女の子はそうだっけ。うわー、ラジオネームなんだろう。知りたいー」
「賞品クオカ五千円だっけか。結構旨味だよなあ」
家で凍らせてきた半解凍のスポーツドリンクを、早く溶けろとばかりに柿内君がガシャガシャ振る。
「あたしだったらコンビニとかでパンめっちゃ買うわ」
「じゃあここら辺のコンビニでパンめちゃ買いしてたらその子じゃないか?」
「ここら辺だけでコンビニ何個あんだよぉー。ばかぁー」
「でも住んでるのはここら辺だろ?」
適当な会話をしてはいるが、二人は少しづつ、的確にプロファイリングしていく。
「うん…。駅前のルームを利用してた訳だし」
「ナイトワーカーのサイトのキング一覧に、ラジオネームの前に東京とか住んでるとこ書いてあるだろ。そこから絞り込めばラジオネームはある程度わかるんじゃないのか?」
「…そっか」
響季は腕組みをし、しばらく考え込むと渡り廊下をゆっくりと歩きだす。
そのまま昇降口へと向かう。柿内君は何も言わずに着いてきてくれた。
昇降口に着くと、響季はすぐ近くに設置されてある生徒用ノートパソコンを開き、《長野琉氷のナイトワーカー》の番組サイトを検索した。
出てきたサイトから、ホットク歴代キング/クイーンという項目をクリックするが、
「うわっ。何人いんだよ」
ずらりと並んだ歴代王者達のラジオネームに響季が眉を顰める。
歴代というだけあってコーナー開始以来、何十人ものキングがいた。それに比べ、クイーンは歴代でもかなり人数が少ない。
「クイーンは少ないじゃん。これならすぐわかるだろ」
柿内君が楽観的な声で言う。ラジオ番組において、パーソナリティが男性アイドルか男性声優かイケメン歌手でもなければ女性リスナーの絶対数は少ない。当然ナイトワーカーでもそれは同じで、おまけに面白いネタを書ける女性リスナーというのはもっと少ないのだ。
だが響季の頭にある考えが浮かんだ。
「いや…、でももしかしたら、キングとして登録されてるのかも」
「なんで」
「その子、本名すごいかっこいい名前で、男の子みたいな名前なんだよ。女の子で優勝出来る子なんて稀でしょ?だからスタッフが名前だけ見て男の子って思ったかも。現に最近クイーンの名前登録されてないし」
言って響季がディスプレイを指差す。確かに歴代キング/クイーンの名を見ると、クイーンはここ何シーズンか出ていない。
クイーンなら選択肢は少ない。しかしキングなら被疑者の数は途端に多くなる。響季が住んでいる県だけでもかなりのキングがいた。
加えて帆波零児に届いた優勝賞品がいつの分の、いつのシーズンのものかもわからない。
ラジオのノベルティグッズが思いだした頃に、数年越しで届くのは珍しいことではない。前シーズン、前々シーズン、それよりもっと前の優勝賞品が今さら届いたという可能性もある。
「いやはや柿内氏。これは」
「なかなか難しい事件になりそうですなあ、響季デカ長代理補佐見習い」
仲のいいクラスメイトが二人揃って首を捻る。
思った以上に捜査は難航しそうだぞと。
「まあでも、この中のどれかかなあ」
わかりそうでわからない。響季が無意味に歴代キング/クイーンが記されたページをマウスでスクロールさせる。
「まだ登録自体されてないかもな。スタッフの仕事が遅かったら」
「ああ、そっか。ああー、じゃあもう仕方ないっ」
柿内氏の言葉に響季は一度頭を抱えると、決意したようにキーボードに指を置く。
「どうすんだよ」
「本名検索だ」
「うわっ、えげつな」
友人が今から何をやろうとするかを知って、柿内君が顔を顰める。
本名検索。それはネットを使う上ではある種禁断の遊びだった。
有名人ならともかく、一般人がそれをすれば、自分と同姓同名の殺人犯がいることもあれば、知り合いが自分の本名をあげて誹謗中傷の限りを尽くしていることもある。
見たくなかった、知りたくなかった情報が出てきてしまう、禁断の遊戯だった。
「帆波零児、と」
軽やかなブラインドタッチで、響季が昨日出逢った気になる女の子の名前を、ルームの職員さんがわざわざ漢字表記で教えてくれた名前を大手検索サイトにかける。
ほどなくして、コスプレイヤー、医療系ドラマの登場人物、大学の准教授、生まれたばかりの赤ちゃんの画像などがヒットした。
「これは、違うよなあ」
検索結果が出た画面をスクロールし、響季は更に帆波零児の名前と一緒に自分達が住んでいる県名も合わせて検索した。
すると、今度は中学生を対象とした作文コンクールの受賞者一覧ページがヒットした。
クリックすると、受賞者の名前と所属中学が記載されているページが出てきて、帆波零児という子が最優勝賞を獲っていた。所属中学は響季の地元の学校、要はここら辺にある学校だ。
開催年と所属学校からして、どうやらこの子が昨日の帆波零児のようだ。
ラジオのネタ職人などという仮面を被っていても、本人の個人情報なんてものはネットを使えば意外と簡単に見つかるものだ。
「この子か」
意外とあっさり見つかった探し人に、さっきまでしかめっ面で見ていた柿内君がディスプレイを覗きこむ。
「っぽいね。おっ、顔写真。おおーっ」
ページをスクロールさせると、壇上で賞状を受け取る中学生の画像や、手にした賞状をカメラに魅せる女の子の画像があった。
その少女の画像を拡大すると、まさに探していた帆波零児だった。今よりも、昨日響季が見た時よりも髪が長い。大きくて理知的なアーモンドアイが印象的だった。
「可愛いな」
「いや、あたしのだから。あたしが見つけた子だから」
柿内君が高校一年男子らしい意見を述べ、響季が横取りするなとばかりに制する。
とりあえず出身中学はわかった。しかしそれしかわからない。
「こういうのって進学した学校とか教えてもらえないのかな」
「まあ個人情報だからなあ」
しかしその個人情報をルームの職員は昨日あっさり漏らしていた。
「……よしっ」
意を決したように気合を入れると、響季が表示された中学名をドラッグ&コピーして、検索バーにペーストする。
リターンキーを押すと、すぐに中学校のサイトと簡単な周辺マップが出てきた。クリックしてそのマップを印刷する。
「行ってみよう」
「は?」
「カッキー、ついてきてよ」
「はあっ?」
男子高校生の疑問の声を、仲のいい女子高生は古いプリンターの印刷音で聞こえなかったことにした。
距離は自転車で30分程度。
響季のクロスバイクと、柿内君のロードバイクならもっと早く着けるはずだ。
球技大会なんてくだらないものには体力を使いたくないが、面白そうなことにはそこそこ全力で。響季はそういう考えで今まで生きてきた。
体操服から制服に着替えると、教室にいたクラスメイトに二人揃って早退の旨を伝える。
ママチャリやシティサイクルよりかはいくらか軽い通学用自転車二台を、校舎を囲うフェンスから敷地外へ投げ捨て、自分たちもフェンスを越える。
気になる女の子の母校へ、気の合う男友達と向かう。その行動力、原動力は恋をしている時のそれに似ていた。
気温は32度を越えていた。
響季が通う高校では球技大会が行われていた。期末テストも終わり、あとは夏休みを待つぐらいだ。
「ねえねえカッキー。昨日さあ」
ニ棟校舎の一階渡り廊下。グランドで行われているフットサルの試合を見ながら、響季は隣にいる同じクラスの柿内君に昨日の出来事を話し出す。
お互い参加したバスケとバレーの試合を順調に一回戦で敗退し、二人は怠惰な自由を満喫していた。
「献結ルームでキングに逢ったよ。ナイトワーカーの。ナイトキング」
「へえ、どんなだった?」
「可愛い女の子」
「えっ?」
「ナンパしたら逃げられた」
「なんだよそれ」
柿内君が笑いながらいつものように適当に聞き流し、手に持ったスポーツドリンクを一口飲む。適当な親友のことだから真面目に取り合っても仕方ないとばかりに。
細いながらも比較的かっちりとした体格と、眉との距離が近い目。
そして生まれつき口角の上がった口許は、いつも楽しそうなことを見つけて大笑いしたがっていた。
響季の親友である柿内君は、一見すれば快活そうな少年だが、実際は人生というものの退屈さゆえ、背は猫背気味で、口許は皮肉そうに釣り上がり、その眼の奥にある光はいつも死んでいた。
「あーあ。もっとお話したかったー。女の子のネタ職人ってそうそういないでしょ?しかもキングだよ?」
「クイーンじゃないのか?」
「ああ、女の子はそうだっけ。うわー、ラジオネームなんだろう。知りたいー」
「賞品クオカ五千円だっけか。結構旨味だよなあ」
家で凍らせてきた半解凍のスポーツドリンクを、早く溶けろとばかりに柿内君がガシャガシャ振る。
「あたしだったらコンビニとかでパンめっちゃ買うわ」
「じゃあここら辺のコンビニでパンめちゃ買いしてたらその子じゃないか?」
「ここら辺だけでコンビニ何個あんだよぉー。ばかぁー」
「でも住んでるのはここら辺だろ?」
適当な会話をしてはいるが、二人は少しづつ、的確にプロファイリングしていく。
「うん…。駅前のルームを利用してた訳だし」
「ナイトワーカーのサイトのキング一覧に、ラジオネームの前に東京とか住んでるとこ書いてあるだろ。そこから絞り込めばラジオネームはある程度わかるんじゃないのか?」
「…そっか」
響季は腕組みをし、しばらく考え込むと渡り廊下をゆっくりと歩きだす。
そのまま昇降口へと向かう。柿内君は何も言わずに着いてきてくれた。
昇降口に着くと、響季はすぐ近くに設置されてある生徒用ノートパソコンを開き、《長野琉氷のナイトワーカー》の番組サイトを検索した。
出てきたサイトから、ホットク歴代キング/クイーンという項目をクリックするが、
「うわっ。何人いんだよ」
ずらりと並んだ歴代王者達のラジオネームに響季が眉を顰める。
歴代というだけあってコーナー開始以来、何十人ものキングがいた。それに比べ、クイーンは歴代でもかなり人数が少ない。
「クイーンは少ないじゃん。これならすぐわかるだろ」
柿内君が楽観的な声で言う。ラジオ番組において、パーソナリティが男性アイドルか男性声優かイケメン歌手でもなければ女性リスナーの絶対数は少ない。当然ナイトワーカーでもそれは同じで、おまけに面白いネタを書ける女性リスナーというのはもっと少ないのだ。
だが響季の頭にある考えが浮かんだ。
「いや…、でももしかしたら、キングとして登録されてるのかも」
「なんで」
「その子、本名すごいかっこいい名前で、男の子みたいな名前なんだよ。女の子で優勝出来る子なんて稀でしょ?だからスタッフが名前だけ見て男の子って思ったかも。現に最近クイーンの名前登録されてないし」
言って響季がディスプレイを指差す。確かに歴代キング/クイーンの名を見ると、クイーンはここ何シーズンか出ていない。
クイーンなら選択肢は少ない。しかしキングなら被疑者の数は途端に多くなる。響季が住んでいる県だけでもかなりのキングがいた。
加えて帆波零児に届いた優勝賞品がいつの分の、いつのシーズンのものかもわからない。
ラジオのノベルティグッズが思いだした頃に、数年越しで届くのは珍しいことではない。前シーズン、前々シーズン、それよりもっと前の優勝賞品が今さら届いたという可能性もある。
「いやはや柿内氏。これは」
「なかなか難しい事件になりそうですなあ、響季デカ長代理補佐見習い」
仲のいいクラスメイトが二人揃って首を捻る。
思った以上に捜査は難航しそうだぞと。
「まあでも、この中のどれかかなあ」
わかりそうでわからない。響季が無意味に歴代キング/クイーンが記されたページをマウスでスクロールさせる。
「まだ登録自体されてないかもな。スタッフの仕事が遅かったら」
「ああ、そっか。ああー、じゃあもう仕方ないっ」
柿内氏の言葉に響季は一度頭を抱えると、決意したようにキーボードに指を置く。
「どうすんだよ」
「本名検索だ」
「うわっ、えげつな」
友人が今から何をやろうとするかを知って、柿内君が顔を顰める。
本名検索。それはネットを使う上ではある種禁断の遊びだった。
有名人ならともかく、一般人がそれをすれば、自分と同姓同名の殺人犯がいることもあれば、知り合いが自分の本名をあげて誹謗中傷の限りを尽くしていることもある。
見たくなかった、知りたくなかった情報が出てきてしまう、禁断の遊戯だった。
「帆波零児、と」
軽やかなブラインドタッチで、響季が昨日出逢った気になる女の子の名前を、ルームの職員さんがわざわざ漢字表記で教えてくれた名前を大手検索サイトにかける。
ほどなくして、コスプレイヤー、医療系ドラマの登場人物、大学の准教授、生まれたばかりの赤ちゃんの画像などがヒットした。
「これは、違うよなあ」
検索結果が出た画面をスクロールし、響季は更に帆波零児の名前と一緒に自分達が住んでいる県名も合わせて検索した。
すると、今度は中学生を対象とした作文コンクールの受賞者一覧ページがヒットした。
クリックすると、受賞者の名前と所属中学が記載されているページが出てきて、帆波零児という子が最優勝賞を獲っていた。所属中学は響季の地元の学校、要はここら辺にある学校だ。
開催年と所属学校からして、どうやらこの子が昨日の帆波零児のようだ。
ラジオのネタ職人などという仮面を被っていても、本人の個人情報なんてものはネットを使えば意外と簡単に見つかるものだ。
「この子か」
意外とあっさり見つかった探し人に、さっきまでしかめっ面で見ていた柿内君がディスプレイを覗きこむ。
「っぽいね。おっ、顔写真。おおーっ」
ページをスクロールさせると、壇上で賞状を受け取る中学生の画像や、手にした賞状をカメラに魅せる女の子の画像があった。
その少女の画像を拡大すると、まさに探していた帆波零児だった。今よりも、昨日響季が見た時よりも髪が長い。大きくて理知的なアーモンドアイが印象的だった。
「可愛いな」
「いや、あたしのだから。あたしが見つけた子だから」
柿内君が高校一年男子らしい意見を述べ、響季が横取りするなとばかりに制する。
とりあえず出身中学はわかった。しかしそれしかわからない。
「こういうのって進学した学校とか教えてもらえないのかな」
「まあ個人情報だからなあ」
しかしその個人情報をルームの職員は昨日あっさり漏らしていた。
「……よしっ」
意を決したように気合を入れると、響季が表示された中学名をドラッグ&コピーして、検索バーにペーストする。
リターンキーを押すと、すぐに中学校のサイトと簡単な周辺マップが出てきた。クリックしてそのマップを印刷する。
「行ってみよう」
「は?」
「カッキー、ついてきてよ」
「はあっ?」
男子高校生の疑問の声を、仲のいい女子高生は古いプリンターの印刷音で聞こえなかったことにした。
距離は自転車で30分程度。
響季のクロスバイクと、柿内君のロードバイクならもっと早く着けるはずだ。
球技大会なんてくだらないものには体力を使いたくないが、面白そうなことにはそこそこ全力で。響季はそういう考えで今まで生きてきた。
体操服から制服に着替えると、教室にいたクラスメイトに二人揃って早退の旨を伝える。
ママチャリやシティサイクルよりかはいくらか軽い通学用自転車二台を、校舎を囲うフェンスから敷地外へ投げ捨て、自分たちもフェンスを越える。
気になる女の子の母校へ、気の合う男友達と向かう。その行動力、原動力は恋をしている時のそれに似ていた。
気温は32度を越えていた。
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