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8、怪しいものではありませんが、個人情報教えてください

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  途中、コンビニで三回休憩を挟み、響季と柿内君は帆波零児の出身中学に着いた。
  30分どころかとっくに昼を回っている。

  「うへあー。帰りもこの距離かあ」
  「帰る頃には気温下がってると良いけどな」

  乗っている自転車は二人とも上等なものだが、体力はそれほどでもない。

  「さあて。…どうやって聞き出すかな」
  「考えてなかったのかよ!」

  行き当たりばったりな響季に、柿内君が汗だく姿で呆れる。
  来る前には考えがあると言っていたのだが。

  「走ってる間に思い付くかと思ったんだけどね。この暑さじゃ考えまとまんないわ」

  言いながら響季は通学用バッグを漁る。
  若者とはいえ汗臭いのはいただけない。しかも女子高生が汗臭いのはいただけない。
  しかし香水は先生方の印象が悪い。響季は取りだしたデオドラントシートで服の中を拭けるだけ拭き、制汗スプレーを身体に吹き付け、終わると柿内君にもそれらを貸す。
  手鏡で髪を直し、一通り身なりを整えると、自転車を校門付近に止めた。
  《関係者以外立ち入り禁止》という看板は無視し、二人は正面玄関へ向かった。そしてすぐそばにあった事務室窓口へ。

  「すいません、こういう者なんですが」

  響季がカバンから取り出した生徒手帳を見せると、対応した眼鏡を掛けた事務員が不思議そうな顔をする。

  「ここの学校の卒業生で、帆波零児君という子がいると思うんですが」
  「どういったご用件で?」

  事務員は突然やってきた怪しい女子高生にもきちんと対応する。

  「ええとですね」

  響季は頭の中でストーリーを組み立てながら喋った。
  帆波零児という少年が雑誌に投稿した詩を見たこと、そしてたまたま出身校を知ったこと。
  ぜひ会いたい、できればどこの高校に通っているか知りたい。
  響季はできるだけ熱っぽく、恋心を匂わせて訴えた。
  零児を男の子としたのは、そちらの方が自然だからだ。
  初めてその名前を見て、女の子だとわかるだなんて第六感が働き過ぎている。

  「―ってことなんですけど」

  事務員は女子高生の話を黙って聞いていた。しかし聞き終わった後には怪訝な表情が浮かんでいる。
  その反応に、響季はストーリーの方向性を誤ったかと後悔した。

  「少々お待ちください。そちらの彼は?」

  事務員が壁際で様子を見ていた柿内君の方を見る。

  「ああ、友達です。ここまでの道案内を」

  好きな男の子のことが知りたいのに男連れというのを不審に思ったのだろう。そうですか、と言い残すと、事務員は奥へと引っ込んだ。
  しばらく年長の事務員に話した後、戻ってきたメガネの事務員は、

  「ダメですね」

  と言ってきた。

  「ここの卒業生ってことは合ってるんですか?」
  「それもお教えできません」
  「…そうですか。ありがとうございました」

  これ以上は無理だろうと響季は頭を下げ、後ろで腕組みをして見ていた柿内君に、口の動きと手振りだけで撤収、と伝える。
  二人は多少ひんやりして涼しかった正面玄関から、また暑い暑い外へと出る。

  「どうすんだよ」

  一時間でだいぶ焼けた肌を気にしながら、柿内君が響季に訊く。

  「どうしよっかぁ。ああ、日焼け止めあるよ。使う?」
  「今更だけど、貸してくれ」
  「じゃあどっか日陰になってて座れるとこ探そう」

  欲しかった情報は得られなかった。むしろ行ったこともない中学の事務員に、不審な高校生二人組という印象を与えただけだ。

  「気づいたんだけどさあ」

  太陽が照りつける敷地内を、日陰を探しながら響季が言う。

  「ルームに行けば職員さんから色々聞き出せそうな」
  「それを早く言えよっ!」

  職員は女性がほとんどだ。同年代の女の子に恋心を抱いてるとでも言えば、思春期少女の淡い想いに協力しようと色々教えてくれそうだ。

  「でもこんな情報化社会な世の中で、自分の足使って調べるってのも楽しいじゃん、柿内氏ぃ」

  二人はようやく見つけた日陰、一階渡り廊下の段差に腰を下ろす。
  場所は違えど、気付けばさっきと同じ場所だ。

  「夏に汗かくのは嫌いなんだよ」
  「それはミートゥー、自分もです」

  手で顔を仰ぎながら響季が柿内君の意見に同意する。
  そして女子高生が日焼け止めのボトルを渡し、男子高生がそれを腕に塗っていると、

  「あなたたちっ!」

  突然かけられた声に二人が振り向く。

  「何してるの?ここの卒業生?」

  黒のスキッパーポロにジーンズ姿という女性が立っていた。
  歳は30を過ぎたぐらいか。関係者以外らしき者が校内に立ち入ってることに警戒しているらしい。

  「違いますけど」
  「じゃあ何してるの?」

  高校生達が顔を見合わせ、女の子の方がすっと立ち上がる。

  「ここの先生ですか?」
  「そうだけど。あなたたちは?」

  険しい顔で、『ここの先生』は尚も訊いてくる。

  「あの、帆波零児さんって女の子がこの学校に通ってませんでしたか?」

  出来るだけ神妙な顔つきで響季が訊く。

  「どうして?」
  「実は、」

  さっきとは多少シナリオを変えて、響季はやはりその場で考えながら喋る。
  友達の付き添いで行った作文コンクールの表彰式で零児を見たこと。その時零児に一目惚れをしたこと。
  当時は思春期特有の勘違いだと思った。
  しかしつい先日、隣にいる彼に告白されるも、どうしても零児のことが引っかかっていること。
  自分の気持ちを確かめるべく、もう一度会いたいが手がかりは出身校という情報しかなく、彼女について何かわからないかとここに来てみたこと。

  響季は若者ならではの無鉄砲さ、無計画さ、衝動的な行動をアピールしながら喋った。
  柿内君はその間、先生にバレないようにこっそり日焼け止めを腕と顔に塗り、ボトルを響季のバッグに返した。

  「それで?」

  黙って聞いていた女性教諭が冷ややかな目で見つめながら問う。具体的にどうしたいのか、と。

  「できれば」

  響季はここからが重要だと、言葉に力を込めた。しかし、

  「できれば今どこの高校に通ってるか知りたいんですが」
  「残念だけど、個人情報だから」

  法を盾にあっさりとあしらわれた。

  「そう、ですか…」

  うなだれるように響季が下を向き、んだよ、クソと口の中だけで呟く。
  暑い中、脳をフル回転させ、散々喋って、結局まともな情報は何一つ得られない。
  気になる女の子は酷く遠い。

  「でも」

  うつむいたまま奥歯を噛み締める響季に女性教諭が言う。

  「どんな子だったかくらいの話をするならいいんじゃない。それなら個人情報というよりただの昔話だし」

  響季が顔をあげると女性教諭は少しだけ、そうとはわからない程度の笑顔を浮かべていた。

  「いらっしゃい、そっちの彼も。…彼、顔に何かついてるけど」
  「えっ!?あ、ああ、大丈夫です」

  柿内君が顔についた日焼け止めの残りを手の甲で拭うが、

  「はんたい、はんたい」

  拭った方とは逆の頬についていた日焼け止めを、響季が手で拭ってやる。そして、

  「……」
  「うわあ」

  手に着いた日焼け止めを柿内君のシャツで無言で拭いた。

  「どうしたの?行くわよ」
  「あっ、はい」

  先に歩く女性教諭に急かされ、響季と柿内君は渡り廊下で靴を脱ぎ、校舎に上がる。
  正面玄関でスリッパに履き替えるように言われたが断った。
  正面玄関には事務室がある。
  資料室と書かれた部屋で、帆波零児の出身中学の先生、河辺先生は話してくれた。

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