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9、ひどく退屈なただの昔話

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「帆波さんは文芸部でね」

  河辺先生は缶のオレンジジュースを響季と柿内君に出してくれた。

  「一年生の時に書いた作文なんかが次々賞を獲ったの。中一にしては大人っぽい文章を書いてね」
  「先生は文芸部の顧問とか?」

  響季が訊く。

  「ううん。一年と三年の時の担任」
  「ああ」
  「私は社会担当なんだけど、文芸部の顧問の先生から、私のクラスの子ですごく面白い文章を書く子がいるって言われて。一度見せてもらったら、…こう言うとありきたりだけれどなんていうか、目の付けどころが、着眼点が面白いのよね。なんでこんなこと思いつくんだろうっていう。大人びた文章なんだけど、それだけじゃなくて色んな面、女の子の視点とか、小さい頃の自分の視点とか、親の世代の視点とか、消費者としての視点とか、もし自分が無機物だったらっていう視点とか、ありとあらゆる目線で物事を見た文章だったわ」

  響季が昨日見た少女を思い出す。
  大きなアーモンドアイ。零児はあの目で様々なものを見て、頭で考え、言葉を紡いでいったのだろう。

  「でもあんなにすごい文章を書くのに、コンクールに出しても優秀賞は獲れなくて、帆波さんはいつも審査員賞みたいのばかりだった。私はそれがなんだか悔しくて。それは自分の生徒の評価が、担任である自分に繋がるとかそういうことではなくて、純粋になんでこんなにすごい文章を書く子が選ばれないんだろうって」

  響季はそれだけで、河辺先生が良い先生なのだとわかった。

  「それでもあまりにも賞を獲るから、先輩の子達からはあまりいいように思われてなかったみたい」

  たった一、二年年下の、自分より優れた存在に対する嫉妬、やっかみ。
  それはほんの三年前、女子高生がまだ子供で、中学ニ、三年生がまだ子供だった頃の話だ。

  「それで、ペンネームみたいのは使えないのかって相談してきたみたい。文芸部が公募するのは実名が条件なのがほとんどだから。でもそのうち帆波さんは賞を獲らなくなって。作品自体出さなくなったみたいなの。逆に帆波さん以外の一年生が賞を獲るようになったわ」
  「それって」

  柿内君が眉を顰め、河辺先生が頷く。

  「代筆、影武者。たぶん帆波さんが文を考えて、他の一年生部員が公募してたんでしょうね。賞を獲った評価はそのまま内申に繋がるし。一年生はアドバイスを受けただけだと言ってたらしいわ。どこまでそうかわからないけどね。一年の間はそんな感じ。二年生はあまりわからないけど、 三年になったらそうね、もう総攻撃」

  笑いながら河辺先生が言う。最高学年となったら誰も文句は言わない。
  煩い先輩方がいなくなって、思う存分創作活動に打ち込み、本領発揮したらしい。

  「いろんな作品で賞を獲ってたわ。短歌、作詞、川柳、ショートストーリー、キャッチコピー。それこそ毎月、毎週のように朝礼で表彰されてて。一度、作文コンクールで最優秀賞を獲って表彰式にも出たの。あなたが帆波さんを見たのはたぶんその時ね」
  「えっ?ああ、たぶん、そうっすね」

  響季が慌てて河辺先生に合わせる。自分で適当に作った話なので忘れていた。

  「でも帆波さん自身はあまり表に出るのが嫌だったのか、いちいち表彰しなくてもいいって言ってたわ。で、部での活躍が認められて推薦合格」
  「どこに?」
  「それは教えられない」

  一番知りたい情報に、河辺先生が笑いながら首を振る。

  「彼氏とかは、いたんでしょうか」

  だったらと切り口を変え、響季は零児の人となりを訊く。好意を寄せる者からしたら一番の関心事かもしれないが、訊いてはみたもののあまり興味がない。

  「いたのかはわからないけど、男の子とは普通に話してたわ。女の子からも人気はあったみたい」
  「それは、恋愛感情を含む人気?」
  「そうじゃなくて、なんていうのかしら。会話の中心にはいないけど話すと話術というか、人を惹きつける力はあるみたいな。あれだけ面白い文章を考えるんだし、同年代の子に比べて頭の構造が違うのかもね。はっとするような観点で話をしたり、こう、ウィットに飛んでいたり。でもあたしの前では話してくれなかったわ」
  「なんでですか?」
  「警戒してるみたいで。会話も、クラスメイトと話してるのをそれとなく聞き耳を立てる感じで聞いててね。でもきちんと話してみたいと思ってたわ。進路面談で雑談しても、はいとかいいえしか言ってくれなくて」

  響季はルームで嗅ぎとった頑なな雰囲気を思い出した。

  「大人が嫌いなんですかね」

  柿内君が訊く。

  「どうかしら。顧問の先生とは普通に話してたみたい。その先生からこんな話をしていた、みたいなことは聞いてて。だから話してみたかったんだけどね」
  「信頼した人にしか心を開かない、とか」
  「そうかもね。悲しいけど」

  河辺先生が寂しそうに言い、

  「よくケータイをいじってませんでしたか?」

  響季がそんな女性教諭まっすぐ目を見て訊いてくる。河辺先生はその目に気押されながら、

  「えっ、ええ。そうね。まあ中学生だし、帰りのホームルームを始める前とかにケータイはいじってたわね」
  「頬杖をつきながら音楽プレーヤーをよく聴いていた?」
  「それは…、わからないわ。昼休みとかは、私は教室にいなかったし」
  「どちらかというとアナログを好む?」

  断片的な質問ばかりで河辺先生が怪訝な顔をしだしたので、響季は切り上げる。

  「あー、あのー、珍しい名前ですよね、零児って。かっこいい」
  「ああ、それはね」

  それを聞いて、河辺先生が思い出したというように話し出す。

  「面談の時に会話が続かなくて。ご両親は進路については?特に何もって。で、そういえば帆波さんの名前はご両親がつけてくれたのかしらって訊いたら」
  「訊いたら?」
  「…すごく怖い顔をされたわ」

  その時の顔を思い出したのか、河辺先生は視線を少し下げる。

  「なんで」
  「いやわかるでしょ」

  柿内君が疑問を抱き、響季はなぜわからないと訊く。河辺先生も疑問顔だった。

  「ほんとにわかんないんですか?」

  無神経な男友達と元担任に響季が苛立った声をあげると、

  「あれ?うわっ、ここ使ってます?」

  空気を読まない声とともに女の子が入ってきた。
  入ってきたのは髪を金に近い色に染めた、ややギャルっぽい風貌の、すらりとした女の子だった。

  
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