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その声がいつも魂の叫びでありますように

15、やれやれ、違う魂が入り込んでしまったようだ

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 ある日の放課後。
  特に響季との約束も、献結の予定もない零児はいつも行くショッピングモールの本屋にいたが、

 「あれ?」

  適当に読んでいたテレビ情報誌にひっかかる記事があった。
  人気ドラマの映画化や、人気バラエティのDVD発売記念イベントの様子などを紹介したページの中に、《人気ネットアニメ お針子カガリ 待望のテレビアニメ化!》という記事があった。
  以前、零児が漫画版の箱フィギュアをジャケ買いした作品だ。
  お針子カガリはパラパラマンガ風アニメとしてネット配信されていたモノクロショートアニメだ。
  海外のアニメ制作会社がアメ車で逃げ出すほどぬるぬる動く、手書きアニメ。
  お針子が主人公なのに、扱う生地にすら色はなく、教科書の隅に書いた鉛筆書きパラパラマンガのようなアニメだったが、そこに妙な奥深さ、侘び寂びがあった。
  だがテレビアニメ版は何の特徴もない、総天然色フルカラーのよくあるアニメに成り下がっていた。
  更に、

 「あーあ、キャスト…」

  声優がすべて入れ替わっている。
  ネット配信版は実力派を揃えてきたのに、主人公のカガリちゃんは聞いたこともない新人になっていた。
  おまけに主題歌はその声優が本人名義で歌い、それがデビュー曲だという。スポンサーであるレコード会社の思惑も垣間見えた。
  放送は当然のように30分枠。
  お針子カガリはほぼ内容など無い。
  これでは三分のショートアニメだからこそのテンポの良さが潰されてしまうのではと零児は考える。
  記事には縫製や扱う布の説明、服飾業界の裏側も描くとあるが、ファンはそんなものが見たいのだろうか。

 「あ…、そっか」

  もしやと思い、零児は立ち読み客の間をするりと抜けて店を出る。
  フロアを抜けエスカレーターで目的の階、そして目当ての場所へと一直線で向かう。
  そこは、響季との初デートで行ったアニメショップだ。
  ふらっと店内に入り、新作アニメのPVなどを流しているモニターを見ていく。
  それを横目に、特に欲しくもないグッズを手に取ってみたり、凝視するように箱入りフィギアの棚を眺めていると、予想通りお針子カガリのテレビアニメ版PVが流れてきた。
 《脅威の進化を遂げたぬるぬる紙芝居、遂にテレビアニメ化!》というええ声ナレーションの後にテレビアニメ版の映像が流れるが、

 「うわ…」

  零児が眉をひそめる。
  カガリちゃんの声が、合っていない。
  口数こそ少ないが、カガリちゃんは仕事に関してはプロだ。
  だからこそぽつりと喋る言葉に絶対的な力が、魅力があったのにそれが無い。
  おまけにカガリちゃんは作業が長引き、真夜中のある一定時間を過ぎると、ネジが吹っ飛び、唐突に歌い踊り出す。
  彼女にしか見えないお針子妖精を従えてのそれは、所謂ミュージカルアニメだった。
  語り過ぎず、歌いまくるカガリちゃんを変態ともいえる動画枚数で描かれたモノクロアニメ。
  だがモノクロだからこそ狂気が感じられたのに。
  これに色がついたらどうなるのだろうかと零児は思っていたのだが、実際にそれをされたら逆に色褪せて見えた。

  キャラクターと、当然色合いは増えたのに、尺が伸びた分圧倒的に動画枚数が少ない。
  進化は逆に遂げていた。
  そして何より、歌がダメだった。
  キャラクターの、カガリちゃんの歌声に、声優本人の灰汁が出過ぎている。
  はみだし、主張が強過ぎる。
  下手ではなく、CDデビューが出来るほどなのだからむしろ上手いのだが、こうじゃないんだよ感がひどい。
  本人の灰汁が強すぎ、逆に役者としての独特の味が無かった。

 「声って大事だな」

  誰にも聞こえない声で零児が呟く。
  アニメーションへの声入れというのは魂入れの工程に近い。
  画竜点睛、声を吹き込むことによって別次元のキャラクターに命が宿る。
  命の宿っていないモニターを、零児が冷めた目で見る。
  誰かが見るだろう、応援するだろう。だがそれは自分ではない。
  きびすを返し、零児は店を出る。
  かつて愛したマイナー名作に背を向けるように。
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